2-8 修道服

「生きてるだろうな。俺も頭を二つに割られたことがある」

 リンは血まみれの上着を脱ぎ捨てながらそう言った。

 その足元には、血溜まりの中で仰向けに目を閉じた少女がいる。

「そうか……」

 男は少女の傍らに膝をつくと、血で汚れた彼女の顔や手足を布で拭い始めた。

「後はお前らを引き渡して俺の仕事は終わりだ」

 拳銃をベルトに突っ込みながらリンが言った。

 男は何も言わなかった。

 二人の行き先は警察署でも拘置所でもない。

 少女の方はデータ目当てで生かされるかもしれないが、男の身柄は数日のうちに焼却場行きだろう。

 いずれにせよ、二人にろくでもない結末が待っているということはリンにもわかっていた。

 だが――――。


 気に入らない。

 いつにも増して気に入らない。

 別に、二人を助けたいわけではない。

 ただ。

 何も知らされぬまま現場に赴き、言われるがままに危険を冒し、終わればまた別の厄介事を押し付けられる。

 そうした自分の境遇が気に入らないのだ。

 それを受け入れるしかできないこの状況が気に入らないのだ。

 今まではそれでも耐えてきた。

 なぜならこうした仕事の相手は大抵が悪辣な犯罪者であり、そうした連中をぶちのめすことに対して満足していたからだ。

 だが今はどうだ。

 気分が最悪だ。

 相手が少女だからか。

 おぞましい人体改造を施された哀れな少女だからか。

 俺はこの少女を、助けたいのか。

 

「悩んでいますね」

 背後から声が聞こえた。

 男の声ではない。

 少女のものでもない。

「誰だ」

 リンは腰の拳銃に素早く手をかける。

「私ですか。見ての通りですよ」

 そこには、修道服に身を包んだ一人の女性が立っていた。

 顔立ちこそくっきりしているが、西洋の人間には見えない。

「シスター様が何の用だよ」

 リンは正面から女を睨みつける。

「手を貸そうと思ったのですが、余計でしたね」

 シスターは穏やかな顔で言った。

 彼女に敬虔な雰囲気は無い。

 修道服の着こなしも、どことなく崩れているように感じられる。

「答えろ。お前は誰だ」

「さて」

 シスターはリンを無視し、少女の側に立つ男の方を向いた。

「久しぶりですね」

 シスターが男の顔を見て微笑む。

 男は女の顔を見たまま、硬直していた。

「う、う、あ、ああ」

 尻餅をつき、震えた呻き声を上げる。

「おい、どうしたッ」

「この女だ、この女、この女が、俺の仲間を……」

「何?」

 男のただならぬ様子を察して、リンが銃口をシスターに向ける。

「殺意を向けられたから対処しただけですよ。ちょうど今みたいに」

 シスターはそう言って笑った。

「みんなおかしくなって死んだ! 殺されたんだ!」

 男の叫び声が廊下に反響する。

「殺しなんて、あなたも散々やってきたことでしょう。臆病な隊長さんですね」

「お……俺も殺すのか」

「それも今更でしょう」

 シスターは男に向かって掌をかざした。

 それで男は静かになった。

 全身をぐったりと脱力させ、それでいながら両目だけは魅入られたようにシスターへと釘付けになっている。

「何をした」

 リンが声を荒げる。

「彼女を保護するように仕向けたのは私ですからね。随分と余計な苦労をさせてしまったようなので、休息を」

「他人の精神に干渉するのがお前の力か?」

「そんなところです」

「何が目的だ」

「この一件を終わらせたい。それだけです」

 シスターは眠る少女を見下ろしてそう答えた。

「あなたはそのまま報告を。ただ一言、始末したと言えばそれで丸く収まります」

「……そいつは不死身だぞ」

「あちらの人間は知らないのでしょう。そうでなければ何度も暗殺を試みるはずもありませんから」

「俺が断ったらどうするつもりだ」

「がっかりしちゃいますね」

 そう言い残して、シスターは去っていった。


 どさり。

 糸の切れた人形のように男が倒れ込み、リンだけがその場に立ち尽くしていた。

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