2-7 狂気

 リンは振り返るより早く裏拳を繰り出す。

 だが、誰もいない。

 否。

 リンが頭上を見上げると、そこには天井から逆さにぶらさがる少女の狂った笑みがあった。

 踵の刃を天井に食い込ませて体重を支えているのだ。

 少女は逆さ吊りのまま両腕の刃を振り子のように突き下ろす。

 鮮血が飛び散る。

 左腕で刃を防御したリンは、滴り落ちる己の血を浴びながら右の拳銃で反撃する。

 銃弾は少女の額に命中し、火花を散らした。

 頭蓋骨も金属製か。

 少女は突き刺した相手の腕に自身の体重を預けながら、まるで鉄棒運動のような動きで両足の刃を腹部めがけて振り下ろす。

 リンは身体をひねるようにして刃を躱すと、強引に少女を床に叩きつけた。

 仰向けになった少女の上に、リンがすかさず覆い被さる。

 そのまま敵を窒息させるべく、左手で首を掴む。

 殺すことはできずとも、失神させることはできるだろう。

「あは」

 少女は笑っている。

 そこには恐怖も無く、苦痛も無く、ただ狂気があった。

 リンは左手に込める力を強めていく。

 少女は笑っている。

 笑ったまま、身体を脱力させ、やがて動かなくなった。


「手こずらせやがって」

 リンは少女の笑い顔を見下ろして言った。

「待ってくれ。最期はせめて俺が…………」

 不意に、うずくまっていた男が声を発した。

「やかましい。下がってろ」

「全部、俺のせいなんだ」

「知るか」

 リンと男が言葉を交わしたのはほんの僅かな時間だった。

 決して油断があったわけではない。

 だが、少女の蘇生は想像以上に早かった。

「あはははははははははははははははは」

 少女の胸が開いて、無数の刃が咲いた。

 本来であれば肋骨のあるべき部位から刃が伸びるその姿は、西洋の拷問器具を思わせるおぞましさであった。

 だがリンは表情を変えることなく、少女の眼窩に銃口を突き刺し、引き金を引いた。

 脳を貫かれた少女は一度だけ身体をびくんと痙攣させ、そのまま眠るように目を閉じた。

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