2-5 鉤爪

 あれはいつのことだったか。


 俺はその作戦の指揮を任されていた。

 抵抗するようなら殺して構わないと、そう言われていた。

 それはつまり、殺せという意味だ。

 だから俺は部下に命じた。

 潜伏者は見つけ次第殺せと。

 そして。

 気づいた時には部下は全滅していた。

 殺されたのだったか。

 いや、自殺だったか。

 よく思い出せない。

 あの娘と、その側に誰かいたような。

 よく思い出せない。


 病院に一人取り残された俺は、あの娘と話をした。

 最初はあまり口を聞いてくれなかったが、少しずつ自分の過去を語ってくれるようになった。

 過酷な実験を受けていたことや、施設から逃げ出してきたことを聞いた。

 病院の雰囲気は、かつて過ごしていたその場所に少し似ているのだという。

 ここから逃げたほうがいいと言ったが、彼女は断った。

 国から命を狙われているのなら、どこにいても同じことだと自分でも気づいた。

 やがて別の刺客がやってきた。

 俺と同じように、名を持たぬどこぞの部隊だったのだろう。

 その時は俺が撃退した。

 あの娘はずっと怯えていた。

 誰かが自分を傷つけようとしているのが、怖いのだという。

 だから俺は言った。

 戦場でいつも自分に言い聞かせている、あの言葉を。


 殺されると思うから怖いのだ。

 近づいてくる者はみな獲物。

 狩人はただ、狩りを楽しめばいい。


 そして地獄が始まった。

 あの娘の中に、それが芽生えてしまった。

 愉悦の衝動が。

 もはや俺にはどうすることもできない。

 せめて、共に地獄へ落ちるまでは一緒にいようと、そう思っていたが、もう限界だ。

 お前が悲しむ姿は、もう見たくないよ。

 だから。


「殺してくれ」

 男は少女に向かって頭を垂れた。

 少女の右腕からは湾曲した大きな刃物が生えていて、それはまるで一本の鉤爪のように指先を越えて伸びている。

 刃は血で真っ赤に染まっており、そのすぐ下には一人の侵入者がうつ伏せに倒れている。

「おじさん」

 少女は涙を流していた。

 涙を流しながら、恍惚とした表情を浮かべて、笑っていた。

 それは、人を狩る者の愉悦であった。

 右腕から伸びた刃が、男の首筋へと触れる。

「おじさんも、獲物だったの?」

 狩人は問うた。

「ああ」

 男はゆっくりと、頷いた。

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