2-3 死臭

「やめておけ」

 男はそう言った。

 至って普通の服装であった。

 ポロシャツからは太く引き締まった二の腕が覗いており、なんらかの鍛錬を積んできた者であることが容易に想像できる。

「何をだ」

 リンが問う。

「命じられるままに、ここへやって来たのだろう。俺もそうだった」

「お前、ここに送り込まれた隊員か?」

「…………」

「ここで何をしている」

「…………」

 男は何も答えない。

「俺は標的について何も聞かされちゃいないんでな、試しにお前から排除することもできるがどうする?」

 リンはそう言いながら、無造作に拳銃を引き抜いた。

「よせ。発砲すれば、またあれが目覚めてしまう」

「あれとは何だ。二階には何がある?」

「……狩人だ」

 男の声が悲痛なものになった。

「もうそっとしておいてくれ」

 どうにも要領を得ない。

 狂っているのか。

「悪いが、手ぶらで帰る気は無い」

 リンは既に階段を上り始めている。

 男はリンが近づくと、その場に座り込んで、呟いた。

「だろうな。俺もそうだった……」

「…………」

 リンが男のすぐ前を通り過ぎる。

 男はただ、うなだれていた。

 

 二階へと上がり、廊下を見渡す。

 フロアは主に病室によって構成され、奥には手術室もある。

 窓はやはり布によって完全に塞がれていた。

 人影は、無い。

 リンが微かに眉をひそめる。

 死臭だ。

 辺りに死臭がこびりついているのだ。

 それも一人や二人のものではない。

 恐らくこの辺りで戦闘、あるいは殺戮があったのだろう。

 壁や床が黒ずんで見えるのは、血が染み付いているせいか。

「お手並み拝見だな」

 リンはつまらなそうに言いながら、一番手前にある病室の扉を勢いよく開けた。

 ベッドが四つ。

 塞がれた窓。

 他には何も無い。

 二つ目の部屋も同様だった。

 リンが病室を次々と開け放っていく。

 扉を開ける単調な音が廊下に何度も反響する。

 不意に、扉にかけた手が止まった。


 鍵がかかっているのだ。

 ここか。

 リンはためらうことなく扉を蹴破った。

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