2-2 傷

 暗い廊下に、靴音だけが響き渡る。

 ここは、医療機関の再編成に伴って廃棄された施設の一つ。

 いわゆる廃病院である。

 まだ昼間だというのに、建物内はまるで真夜中のような暗さだった。

 窓が全て布で塞がれているのだ。

 ヒシヌマから送られた位置情報を元に、リンはこの場所へとやって来た。

 廃病院といっても、外観はまだ比較的しっかりしており、廃墟特有の不気味さがあるわけではない。

 ただ、出入り口は非常用のものを含めて全て、鎖で固定されていた。

 そして何よりの問題は、任務を遂行する上で必要となる他の情報が、一切得られていないということだ。

 嫌な仕事である。

 

 待合室。内科。外科。小児科。

 リンは目の動きだけで左右に気を配りながら、ゆっくりと建物内を進んでいく。

 ヒシヌマの言う通り、施設の廃棄後に何者かが土足で踏み込んだ形跡が確認できた。

 特殊部隊を返り討ちにするとなると、複数犯での立てこもりか。

 あるいは怪物でも住み着いているのか。

 まともな相手ではないことは承知の上だ。

 一応、リンは銃の携帯が警察から認められている。

 とはいえ、所持しているのは懐に忍ばせた拳銃一丁のみだ。

 完全武装した兵士でさえ手に余る存在を相手にするならば、誰であれ無謀だと考えるだろう。

 それでも、リンは気配を消すようなことはしない。

 足音を響かせながら、ただ廊下を進んでいくのみであった。


 しばらくして、廊下の突き当たりが見えてきた。

 そのまま右に曲がれば二階へと上る階段があるはずだ。

 リンが足を止める。

 床に血痕。

 拭き取ったような形跡はあるが、そこに明らかに血溜まりがあったことがわかる。

 それだけではない。

 天井には無数の傷が刻まれていた。

 斧や鉈のような刃物を連想させるほどの深い傷だ。

 偶然に生じるようなものではない。

 よほど大きな得物を振り回したのだろうか。

 リンは少しの間、周囲を注意深く見渡していたが、やがて鼻を鳴らしてまた歩き出した。

 たまに天井を見上げるが、やはり傷が続いている。

 飛び散ったような血の跡もいくつか見受けられた。


 間もなくしてリンは階段に差し掛かかり、そして、立ち止まった。

 階段の踊り場から、一人の男がこちらを見下ろしていたのだ。

 構えるでもなく、逃げるでもなく、その男はまるで亡霊のように立ち尽くしたまま、こちらを見下ろしていた。


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