1-8 日常

 住宅街の一角に佇む、見慣れた箱型の小さな建物。

 かつて警察が交番として利用していた施設は今や本来の役目を失い、代わりに組織内に新設された超能力部隊――フェイサーの活動拠点となっている。

 そのため、正確には交番と呼ぶべきではないのだが、外観にほとんど変化が見られないことなどもあって、便宜上多くの場合は従来通りの名称で呼ばれている。


 あの事件から一夜が明けた。

 セツナは交番を見上げながら、小さく息を吐く。

 その建物には、警察の施設であることを示す文字も紋章も無い。

 ただ、扉の脇に小さな銀色の鉄板のようなものが掛けられていて、そこに水道課という文字が乱雑に掘られているだけである。


「警察さん」

 背後から声がした。

 セツナは後ろを振り返り、そこに立っている少女を見る。

「あ……」

「まだお礼を言ってなかったから」

 里中アリスはそう言って無邪気な笑みを見せた。

「ここで働くんですか?」

「そうなると思う」

「なんかいいですよね、この辺りって」

「…………私一人じゃ、あなたのこと助けられなかった」

 セツナは目を伏せたまま呟くように言った。

「どっちでもいいじゃないですか、そんなこと」

 里中アリスはそう言ってまた笑った。

「おかげ様で退屈な日常に戻れそうです」

「退屈なの?」

「退屈ですよ。たぶん、このままずっと」

 里中アリスはセツナに背を向けながらそう言った。


 セツナは、立ち去る彼女を無言で見送る。

 透き通るような金髪をなびかせながら、少女は一度だけこちらを振り向き、やがて曲がり角の先へと消えていった。

 きっと彼女は、本来いるべき日常へと帰っていくのだろう。

 セツナはそう思うことにした。

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