1-4 裂け目

 セツナは前屈みになって刃物を避けると同時に、男の腹に後ろ蹴りを叩き込んでいた。

 男は、三歩ほど後退して、吐いた。

 子供とは思えないほどの鋭い蹴りであった。

 ガラスの割れる音。

 倉庫内の明かりが消える。

 床に落下した刃物をセツナが蹴り飛ばし、スタンドライトを破壊したのだ。

 暗闇の中を足音が軽やかに駆ける。

 男たちの怒号がそれを迎え撃つ。

 やがて、奇妙な音が聞こえ始めた。

 骨が折れるような。

 顎が砕けるような。

 睾丸が潰れるような。

 そうした不快な音が、男の悲鳴と共に倉庫内に響いた。


 数秒後、男たちを一通り沈黙させたセツナは、あることに気がついた。

 田辺が消えている。

 コンタクトレンズで辺りをスキャンしても発見できない。

 入り口にはシャッターが降りたままだ。

 裏口から逃げたか。

 あるいは――。

 その時、暗闇に赤い目が浮かび上がった。

 二つ赤い目が、視界の中でどんどん大きくなっていく。

 トラックのランプだ。

 セツナが横に飛び退く。 

 そのすぐ側をかすめるようにトラックが通り過ぎ、バック走行のままシャッターに衝突した。

 ギャギャギャギャギャ。

 金属の板が凄まじい音を立てながら裂けた。

 トラックはそのまま外に出ていくかと思いきや、車体の真ん中で裂け目に引っかかったように停止していた。


「……もう観念したほうがいいと思うけど」

 セツナが運転席に歩み寄る。

 車内の様子は暗くてよく見えなかった。

 だから、気づくのが遅れてしまったのだ。

 誰も運転席には座っていなかったことに。

「リモート……」

 セツナが部下の相手をしている間に、恐らく田辺はトラックの運転席ではなくコンテナに乗り込んでいたのだろう。

 そして、遠隔操作によってトラックを発進させ、シャッターを突き破った。

「おい歩け! 殺すぞ!」

 外から田辺の声が聞こえる。

 人質を連れて逃げるつもりなのだろう。

 セツナはシャッターの裂け目とトラックの間に身体を滑り込ませるようにして外に出た。


 既に日は沈んでいる。

 海辺を照らすのは夕焼けの名残か、遠くの街灯か。

 トラックに乗っていた子供は無事のようだった。

 ただし、そのうちの一人は今、田辺に連れ去られようとしている。

 里中アリスは、後ろから服の襟首を引っ張られながらも、両足の裏を地面にべったりと着けて抵抗していた。

 口元には拘束具が装着されているため、彼女の表情をはっきりと読み取ることはできない。

 だがセツナには、里中アリスがこの状況を楽しんでいるように見えて、それが少しだけ恐ろしかった。

 

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