1-2 足枷
目を覚ました里中アリスは、起き上がって周囲を見渡した。
細長い部屋だ。
天井に弱々しい照明が一つぶら下がっている。
床には小さくて低い簡易ベッドが六つ敷き詰められていて、そこに少女が一人ずつ足枷で繋がれているのが見える。
里中アリスもその六人のうちの一人だ。
少女らはベッドに腰掛けてうなだれていたり、横になったままうずくまっていたりと、みな一様に憔悴しているのが見て取れた。
声を発する者はいない。
少女らの口元には、フルフェイスヘルメットの下部だけを切り取ったような特殊なマスクが装着されており、声を出したくても出せないのだ。
だから、聞こえてくる音といえば――。
駆動音。
そして振動。
ああ、ここはトラックの中だ。
里中アリスはようやく自分の状況を思い出した。
拉致された私たちは、こうしてコンテナの中で監禁されている。
数時間に一度、どこかの倉庫の中に降ろされて、食事やトイレなどを済ませる時間が与えられるが、それが終わればまたコンテナへと押し込められ、ベッドに繋がれる。
コンテナの中にいる間は、常に移動しているようだった。
どこか特定の場所で監禁するよりは、こうして動いているほうが発見されるリスクが少ないのだろう。
いざとなれば、そのまま逃走することだってできる。
よく考えたものだと思う。
近頃はもう時間の感覚が無い。
このベッドの上で何日過ごしたのか、もはやわからなくなっていた。
恐らくこれは人身売買のための拉致だろう。
だとすれば、買い手が見つからないのか。
手際の悪いことだ。
私はため息をついてから、また横になった。
他の娘はかなり憔悴しているようだが、私はそれほどでもなかった。
てっきり自分の顔も酷いものになっていると思っていたのに、洗面所の鏡に写った自分があまりにも平然としていて、少しがっかりしたものだ。
この状況が不測の事態であることには違いないが、だからといって自分の境遇が一変してしまったかというと、そうは思わない。
決まった時間に起床して、決まった道を歩いて学校へと出向き、決まった授業を受けて、そして決まった時間に帰宅する。
私はそうした束縛に満ちた学生生活が元々好きではなかった。
いや、学生に限らず普通の人間はみな何かに縛られたまま生活しているし、社会というのは本来そういうものなのだろう。
だから、これもまた束縛の形の一つであり、ただそれだけのことだと、私は感じている。
もとの生活に戻りたいかと言われれば、戻りたい。
このまま買い手がつかなければ、最悪の場合ここにいる全員が処分されてしまうことだってありえるし、そうでなくとも醜悪な男のもとに引き渡されて身体を触られるのは嫌だ。
どうしたものか。
そんなことを考えていると、不意にコンテナ内の振動が収まった。
また休憩時間がやってきたのだろう。
おそらくここは既に倉庫の中で、今に運転手が扉を開けにくるはずだ。
眠そうな顔をした男が、無言で一人ひとりの拘束具を外して、それから煙草を吸いに行くのがいつものお定まりである。
だが、今回は違った。
コンテナを開けに来ない。
まさか。
トラブルか。
不安と好奇心が胸の内に湧き上がり、私は思わず壁に耳を当てていた。
「あれ、これうちの商品だっけ?」
「俺んとこじゃないぞ」
「別の車が忘れて行ったんじゃねえの」
見張り役と思われる男達の、困惑したような声が聞こえる。
「もしもーし、お嬢ちゃん、お名前は?」
小馬鹿にしたような口調だった。
そして、私は久しぶりに、男のものではない声を聞いた。
「警察の者ですが」
少女の声は、確かにそう言った。
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