第6話 背景と主人公

 南野さんをいじめから救うことができてから1週間後。


 あれから南野さんに対するいじめはなくなり、クラスからも誰かを排除しようとする差別的な動きも無くなった。


 肝心のあの4人も今回の件でしっかり反省したようだ。多少のしこりはあるけれども、南野さんとも仲直りしたらしい。まぁそりゃ4人ともクラスでの主人公キャラの看板は降ろされることになったのは仕方ないけれども。でも、南野さんに以前のような魅力的な笑顔が戻ってきたし、いじめのない平和な日々が教室に戻ってきたことは何よりいいことだと思う。



 ……そのかわり、俺の日々は平和じゃなくなったんだけどね。



 「おい池田! お前まじでかっこよかったぜ! まじ尊敬だわ!」

 「そうだよね! 超かっこよかった! 勇猛果敢にも1人で解決しちゃうなんて!」

 「あ、あぁ……」


 あれからなんと、俺は何故かクラスの背景キャラから主人公キャラまで一気に出世してしまったのである。友達(?)みたいな存在が2人もできちゃったし。一気に出世しすぎて死ぬんじゃないかと疑うレベル。下駄箱へ向かう現在、人との会話の仕方に困惑中だ。


 ちなみにこの2人はエルくんと甲斐田さん。エルくんはディベート終了後にダル絡みされた生徒Aその人で、ところどころアメリカ仕込みの鬱陶しさはあるんだけど、かなりいい人なのは間違いない。甲斐田さんもノリの良い人で、南野さんの可愛いとはまたタイプが異なる、大人っぽい美しさを持った美女だ。


 ……まぁとにかく、2人ともちょっと前では交流すら許されない、俺とは違う階層の人間であることは間違いない。そんな人たちと仲良く下校するようになるなんて、正直俺の場違い感が半端ない。


 「あ、そうだ! 池田!」


 嬉々として言葉を発すエルくん。


 「今日俺ん家でクリスマスパーティーするんだけどさ! どうせお前暇だろ? お前も来いよ!」


 どうせとは失礼な。俺にだって予定があるんだぞ? ……ほ、ほらっ。溜まっていたアニメの消化とかゲームのクリスマスコラボ限定ガチャを引く予定とかさ。背景キャラだってちゃんとクリスマスは充実してるんだからね?


 そんな俺の心のぼやきなどつゆ知らず、エルくんの提案に続いて甲斐田さんも嬉々として便乗。


 「そうだよ池田くん! 池田くんいた方が絶対楽しいって! 美波も来るしさ!」

 「な、なぜ南野さんをエサに出した……?」

 「えーっ? だって2人ってカップリングが充分成立してるじゃん。クラスでも結構推しが多いよ? 美波が来て池田くんが来ないのは拍子抜けじゃん!」


 (な、なんだよそのカップリング……。てかいつの間に推されてたのかよ)


 「み、南野さんと俺なんて違う階層の人過ぎるし、南野さんに失礼だよ」

 「えーうっそー? 美波は満更でもない感じだったよ?」

 「そ、それは南野さんが優しいだけだよ」


 そう。南野さんが優しいだけ。きっと俺にまた優しさを振り撒いてくれたに違いない。


 心で思いながら下駄箱に手をかけ、俺は南野さんの優しさを回想する。



 ──クラスで背景に徹していた俺にもつつがなく話しかけてくれる優しさ。


 ──自分が理不尽にいじめられているのにも関わらず、他人を恨まない優しさ。


 ──いじめっ子の4人衆を笑って許せる優しさ。



 

 (……やっぱりすごいよな南野さんって)


 そう思いながら俺の靴を取り出そうとした時。


 (あれっ。なんか手紙が)


 下駄箱には1枚の封筒。見覚えのある封筒だ。あの日、助けを求められた日に俺が手にしたものと全く同じ。間違いない。南野さんからだ。


 (なんでまた南野さんが手紙……てか、2人にはなんか見られたくないな)


 間違いなくカップリングがどーのとか、とにかく冷やかされるのが見聞色の覇気使いじゃなくてもわかる。ここは予防線の1つでも張っておこう。


 「ご、ごめんエルくん甲斐田さん! ちょ、ちょっと教室に忘れ物! 先行ってて!」

 「忘れ物? なら俺たち待ってるぞ?」


 (うぐぅ……俺の意図を読み取ってくれよエルくん)


 「だ、大丈夫! すぐ取ってくるから!」

 「そ、そうか……じゃあ先ゆっくり行ってるぞ!」

 「さっさと忘れ物取ってきてよね! これじゃあエルとカップルみたいに思われるから!」

 「だ、誰がお前とカップルだバカ野郎!」

 「誰がとは失礼ね! 私はこの天下の甲斐田かいだいかよ! 少しは崇め奉ったらどうなの?」

 「誰が崇め奉るか! そこらのミジンコにでも崇められとけ!」

 「くーっ! 口を開けば毒ばっかり! このポイズン野郎!」

 「なんだと⁈」


 火花を散らす2人をよそにして、俺はその場を後にした。


 ……カップリングとしてなら、この2人の方がよっぽど推されるべきだと思いました。




 ♢




 手紙の内容を目にした俺は、南野さんが待っている屋上へと向かった。


 屋上といえばリア充の園って感じで俺とは全く疎遠な場所だと思っていたけど、いざ行ってみると、それが真っ赤な嘘であるかのように静けさを保っていた。まぁ、放課後だからかもしれないけど。

 

 その静寂の中、木製のベンチには腰掛けている南野さんの後ろ姿が目に入る。見つめる先には煌々と輝く太陽と長閑な風景。南野さんの後ろ髪が微風に靡く。


 声をかけようと静かな足取りで2メートルほど後ろまで行くと、逆に声をかけられた。


 「来てくれたんだね。池田くん」

 「えっ⁉︎ ……あ、うん。そりゃ呼ばれたら」


 (なぜ背景キャラの俺が背景に徹してたのに俺だってわかったんだ……?)

 今までただの1度も破られたことのない唯一の必殺技だったのに。


 「なぜ俺の存在に気づいた⁈ とか思ってたでしょ今」

 「な、なんでわかったの⁈」


 考えるよりも先に驚きの声が出てしまった。ふふっと南野さんは微笑む。


 「半年も隣にいたらそりゃわかるよ」

 「そ、そんなもんなの……?」

 「そんなもんだよ」


 そんなもんなのか……。隣の人と話したの、南野さんが初めてだからわからないけど。


 (……でも、もう半年か)


 確か1学期初日にいきなり席替えで隣になったんだっけ? みんなの背景に徹していたのに話しかけられた時は衝撃だったよ。しかも話しかけてきたのは主人公の南野さん。主演女優が何処の馬の骨とも知れないエキストラに声をかけることなんてあるんだと思ったのはいまだに覚えてる。


 少し前のことを回想していると、南野さんは右手でベンチをポンポンする。


 「隣、座りなよ」

 「う、うん……」


 言われるがままに、俺は南野さんの隣に腰掛ける。


 俺が腰をかけると、2人とも黙って空を見上げる。空には威勢のいいカラスの雄叫びが響き渡る。


 沈黙が生まれるといつも俺は心地悪くなっていた。「何か話さないと」とか「背景キャラだからこうも沈黙が生まれるのかな」とか。


 でも、今は何故か、この沈黙すら心地良い。この沈黙が永遠に続けばいいのにと思うくらいに。


 「あのさ、池田くん」


 ボーッと景色を眺めていると、南野さんが口を開いた。


 「まずは改めて。ありがとう。私のこと、助けてくれて」

 「え、あ、まぁ……」

 「私のお父さんが死亡事故を起こして学校で初めていじめを受けて。なんとか頑張ろうと踏ん張って、でもダメで。正直辛くて死んだら楽になれるんじゃないかって何度も何度も自殺しようか迷って」


 遠くを見ながら、どこか少し昔を懐かしむ様子で南野さんは続ける。


 「でも、そんなことを思うといつも私の頭には池田くんが浮かんできたの」


 (……えっ?)


 「お、俺の……顔?」

 「そうだよ? だって池田くん、私が上履きを隠された時だって真っ先に上履きを見つけてくれたし、机の中が荒らされた時だって静かに新しいプリントを置いといてくれたし。こんな人殺しの娘だっていうのに温かくしてくれるなんて、嬉しかったよ」

 「そ、それは……まぁたまたまだよ」

 「なになに池田くん。意外と素直じゃないね」

 「素直じゃないって……別に人として当然のことしただけだし」

 

 いじめられている人がいたら助けるでしょ。


 「そ、そういえば池田くん。池田くんって自分のこと、背景キャラって言ってたよね?」

 「うん。俺は生粋の背景キャラだよ」


 俺には突き抜けたものがない。たとえそれを逆転させたとしてもね。


 「だから、南野さんみたいな主人公キャラには正直嫉妬ばっかりだよ。勉強もできて運動もできて、人望も厚いしなにやっても勝てそうだし。俺には

 「そ、そっか……」


 再び黙り込む南野さん。数秒して南野さんは口を開く。


 「あ、あの、さ」


 言って、隣の俺の方を向いてきた。


 「こ、こういうのは……ど、どうか、な……?」

 「な、なに?」

 「も、もし私が主人公だとして……だよ? 映画を作るってなったら、ね? こんなことを言うのは失礼かも知れないけど、わ、私にはきっと池田くんのような背景が必要だと思うんだ」


 「そ、そうなんだ。それは嬉しいな」


 俺みたいな背景キャラが南野さんみたいな人に必要だなんて言われるとは嬉しい限りだよ。


 「だ、だからもしだよ? い、池田くんに私の背景になってほしいって告白したら、ひ、引き受けてくれるかな……?」

 「そ、そりゃもちろん! 南野さんが主人公の映画のエキストラなんて光栄だよ! ……というか南野さん、映画かなんかに出るの?」

 「…………」


 聞くと、南野さんがジト目でこっちを見る。


 (……え。何この間。ちょっと静寂で気まずいんだけど)


 さっきは心地良かったのに。なぜだ。

 南野さんの表情を伺うと、陽に当たっているのか赤らめていて、どこか不服そうな顔だった。


 「池田くん。そういうところだよ」

 「えっ⁈ な、何が⁈」


 至って南野さんの問いにしっかり答えたつもりなんだけど⁈ 俺が悪いの⁈

 俺が摩訶不思議な表情をしていると、顔を真っ赤にしながら南野さん。


 「もーっ! 池田くん鈍感っ! 馬鹿っ! もうじゃあ恥ずかしいけどはっきり言うよ!」


 言うと、南野さんは勢いよく立ち上がって俺の正面に立った。


 ──そして。


 「南野美波! 私は池田圭くん、あなたのことが好きです! 私と付き合ってください!」


 言われて、差し出される右手。


 …………。


 (……え、告白?)


 果たして俺はものすごい夢を見ているのでは思った。今この現状が理解できない自分もいる。主人公キャラに告白される背景キャラなんて、アニメの世界線でしか見たことがないから。いや、アニメの世界線ですらそう多くはないと思う。


 ……けれど、これが現実であろうと夢であろうと、俺の答えは決まっている。


 俺は立ち上がり、呼吸を1つおく。


 「俺も好きです。こちらこそよろしくお願いします」


 俺は南野さんの右手を取り、そう答えた。

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背景キャラの俺が突然いじめられ始めたクラスのマドンナを救う話 岩田 剣心 @kenshin-iwata

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