第5話 鮮やかな”青”春
見送って、俺は徐に椅子にもたれかかる。
(お、思ったより疲れたな……)
津波のように押し寄せてきた疲労を感じつつ、ボーッと天井を見る。視界がぼやけているのか、あるいは元からなのか。天井はモヤッと霧がかかったような、ハッキリとしない白だった。
「お、おい。南野」
と、横から何やら声が聞こえた。むっくと身体を起こすと、『いじめ否定派』の何人かが南野さんに声をかけていた。
「な、なに……?」
少し恐縮気味に、南野さん。横から彼らの表情を伺うと、何やら陰鬱な表情をしていた。
……何をするのか。俺はある程度想像がついた。
「その……俺たちも悪かった。南野がいじめられているのに見て見ぬフリして」
「私も。アイツらにいじめられるのが怖くて黙っててごめん」
「ぼ、僕もいじめに気づけなくてごめん……」
それぞれが深く、深く謝罪をして、南野さんに頭を下げた。自分達も黙っていじめを黙認してしまったこと。あるいはそれに気づけなかったこと。理由は様々だけど、それによって南野さんを傷つけてしまったことを、南野さんに謝っていた。教室に残っていたクラスメイトも続けて口々に反省の弁を述べる。
その謝罪の全てを南野さんは快く受け止め、みんなに笑顔を振りまく。
「い、いーよいーよ! もう終わったから気にしないで! そ、それより、こ、これからもよろしくね!」
ハツラツと、南野さん。
横から見たその笑顔には、雲ひとつ掛からない透き通った、けれども煌々とした笑顔。真夏の太陽の下、透明で美しい波を彷彿とさせるような、まさしく名前の通り『美波』の笑顔だった。
クラスのみんなも南野さんの言葉にこくりと頷き、南野さんの周りには自ずと人が集まる。
それを見て、俺は安堵のため息をついた。
(まぁ、なんとか南野さんを救うことができたのかな……?)
俺はクラスの背景キャラ。青春を謳歌せしリア充たちが描いていく思い出の『背景』を演じる背景キャラ。その俺がクラスの主人公たる南野さんを救うことができた。
(背景キャラも、悪いもんじゃないな)
「それに、池田」
「ふぇふぁっ⁈」
その達成感に1人酔いしれていると、クラスメイトの男子から声をかけられた。しかも欧米人。男子のクラスメイトにも外国人にも声をかけられるのなんて久しすぎて変な声が出ちゃったよ。
「…………」
「ど、どうした……?」
話しかけられて返事したら黙り込むもんだから、俺は問い直す。
すると一瞬の間を開けて、
「……ぷっ、ぷわーはっはっはっ!」
爆笑が返ってきた。同時にクラスのみんなも大爆笑。俺の返事、そんなに面白かったか?
「な、なんだよその声! ひーっひっひっひっ!」
「し、仕方ないだろ⁈ は、話しかけられないのが得意なんだから……」
「なんだよその言い訳! 意味わかんねーっ! ぷぷぷっ!」
「そ、そこまで笑わなくても……」
「あはっ! わ、悪りぃ悪りぃ! ……ぷふっ!」
全く悪く思ってなさそうにそいつは言う。名前も知らない欧米人に突然爆笑されるなんて正直ツッコミどころが満載だけど、話が進まないので笑いが収まってから俺は再び問い直す。
「そ、それで、な、なに……?」
すると生徒Aは改まって、
「まぁその……なんだ。こう言うのは照れくさいんだけど、ありがとな」
ペコリと俺にお礼を言った。何を言い出すかと思えば律儀にお礼とは。
「い、いや別に君に感謝される謂れはないと思うんだけど」
「なっ! んだよ池田ぁ! 素直じゃないなぁ! もっと素直になれよおい!」
言うと、生徒Aは俺の首元に腕を回して「このこのぉ!」と頭をボサボサしてきた。鬱陶しいなこの人! 外国仕込みのコミュニケーションはレベルが高すぎるんだって俺には!
助けを求めて俺は周りにやると、南野さんとバチコリ目が合う。
「み、南野さん……た、助けて……!」
ボソッと俺が呟く。と同時に俺はふと、ラノベのワンシーンがよぎる。
(ほ、ほらっ! あれだよあれっ! ヒロインを助けたら後にヒロインに助けられる鶴の恩返し的なシチュエーション!)
俺に至ってそんなラブコメはないかもしれないけど、走馬灯のようにその光景が頭によぎったということはきっと間違いない。
(……み、南野さんわかってるよね? 恩を返すのは今だよ?)
「池田くん」
言って、南野さんは俺に満面の笑みを見せる。
(そうっ! まさしくそうっ! その流れで早く助けるって──)
「助けてくれてありがとう! これからもよろしくねっ!」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!」
思わず俺は思いっきりツッコむ。クラスに再び爆笑の渦が巻き起こる。
やっぱり俺にはそんなラブコメ展開は無かった。ラブコメの神様も頭がいいな。背景キャラの俺に一切微笑まないなんて。絶対に憎んでやる……。
……でも、南野さんのその一言で、どこか今までの行動が報われたような気がした。
「ほらよっと! 池田って意外とおもれーのな!」
「君たちが勝手に面白がってるだけでしょ……」
生徒Aの拘束から解かれ、俺は再び天を仰ぐ。視線の先には白い天井。
──けれども、さっきのようなモヤッとした霧がなく、なぜか俺には鮮やかな青に見えた。
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