第3話 救済準備と布石

 そう決意して2週間後の金曜日の6限。とうとう俺は南野さんのいじめを食い止める日を迎えた。

 

 本当は今すぐにでも止めてやりたかったけど、無策で突っ込んでいくほど俺は馬鹿じゃない。いや、馬鹿だけど馬鹿なりに頭を使った。

 

 いじめっ子の張本人たちに『止めろよ』と言ってもほぼ無意味なのは知っているし、先生にただチクったって信用してもらえるはずがない。先生だってまさか南野さんがいじめられているなんて思ってもみないことだろうし、なんてったってあの4人組は今日までの1ヶ月半、学校に気づかれないようにいじめを続けてきたんだ。 

 

 それに、仮に南野さんへのいじめが認められて奴らが自分達の非を認めたって、奴らが心の底から反省をしない限りは真のいじめ撲滅にはならない。雑草を根元から取り除いてやらないと再び生えてくるように、奴らの心を根こそぎ反省させないと、きっとまたいじめの被害者が出てくる。


 そして俺の見解では、奴らは多分、ただ学校に指導されても反省しないと思う。むしろ学校の指導はいじめをエスカレートさせるカンフル剤にしかならないと思っている。



 だから俺は入念な準備のもと、好機を伺い、緻密な作戦を練った。失敗した時の代案だって奥の手だって用意した。

 

 

 ふぅぅぅ。


 俺は頭の中でもう1度作戦を整理する。

 

 ……。


 …………。


 ………………。


 (なんでだろう。不思議と負ける気がしない。背景キャラなのに主人公キャラを倒せる気がする)


 そう思ったと同時に、勝負の始まりを知らせる鐘の音が鳴り響いた。




 ♢




 俺が今日この日を決行日と決めたのには理由があった。


 「は、はいそれじゃあみなさん。きょ、今日はディベートの時間ですので席を動かしてください」


 先生のおどおどした声で、クラスのみんなは席を二手に分かれるように移動した。


 

 ……そう。今日のこの時間は討論の時間なのだ。

 

 俺の学校では学期ごとに1回、生徒に『自分の意見を主張する力』を育むための一環としてこの時間が設けられている。近年その力が若者から失われていることを危惧した校長の発案で去年から始まったらしい。

 やることはごくごく普通の討論会と同じで、与えられたテーマに対して肯定か否定か、自分の思った意見側についてディベートしていく。

 

 そしてこのディベート、実は事前に先生に頼んでおけば自分達でテーマを決めることもできる。これも『自分の意見を主張する力』を育むための一環らしいけど、俺にとっては好都合でしかなかった。


 

 唯一の懸念は俺以外にもテーマを申請している生徒がいるかどうかだけど、それは多分大丈夫。1学期の時の先生の話によると今まで討論のテーマを考えてきた生徒はいないらしい。そこまでの心配はいらない。

 


 ……案の定、俺のテーマは採用された。


 「こ、今回のテーマなんですけど、い、池田くんからの提案で決まりました」


 先生の言葉を聞いてとりあえずひと安心。周りから鋭い目線が惜しげもなく突き刺されるけど、そんなことは今の俺にはどうでもいい。今は南野さんのいじめを止めることだけに専念すればいい。

 

 肝心の南野さんは驚いた顔でこっちを見てきたけど、俺が目で「大丈夫。俺に任せて」と言ったら、多分「じゃ、じゃあ任せるよ」と言ってきたので多分大丈夫だ。うん。多分。



 そして俺が提案したテーマとは──



 「きょ、今日のテーマは、ず、ズバリ、『いじめはアリかナシか』です」



 ──そう。ズバリそのまんまである。

 

 なぜこんな議題にしたのか。その理由は単純で、否が応でも生徒自身がいじめについて考えることになるからだ。


 ネットで調べたところによると、そもそもいじめっ子というのは人をいじめている際に『人をいじめている』という感覚にないらしい。となればみんなに無理矢理にでもいじめについて考えさせ、自分の行動に気づかせることは論理的に見て最大の効果が狙える。


 

 ……まぁ、俺の狙いはそこじゃないんだけど。


 

 「そ、それじゃあ、じ、自分の意見をもとに、こ、肯定派は廊下側、ひ、否定派は窓際に分かれてください」

 

 先生がそう言うと、生徒は考えるまでもなく立ち上がり、一方のサイドへと流れ込んでいく。

 

 「いじめはナシに決まってんだろ。否定派だ否定派」

 「だよね! 肯定とかいう奴神経おかしいよね!」


 (こいつら適当なこと言いやがって……!)


 あの4人組が口々に言ったその言葉に、俺は激しい憤りを感じた。南野さんのこといじめておいてよくもそんなこと……!


 (……だめだ俺。落ち着け。落ち着くんだ)


 俺は自分を落ち着かせるため、深呼吸をする。正直殴り飛ばしたくもなったけど、ぎりぎり保たれた理性でなんとか耐えた。


 そしてすぐに俺以外の生徒が移動を終えた。移動した俺以外の全員は当然『いじめ否定派』に陣取っていた。

 

 もってして、俺も移動を開始した。



 ……みんなとは逆側。『いじめ肯定派』へと。


 


 ……実はこの状況が狙いだった。

 

 よく考えなくてもわかると思うけど、そもそもいじめはアリかナシか。そんな議題で全員に自分の意見を選択できる機会があったら、普通は『否定派』に流れようとすると思う。どんな人間であれ『いじめはいけないこと』だという共通認識が幼い頃から叩き込まれているから。

 つまり、対抗意見を持つ者が出そうにないこのテーマでは、根本的にディベートそのものが成立しないんだ。

 

 現に俺がこのテーマを持っていった時に、先生からはその点が指摘された。いじめはそもそも悪いことだから成立は難しいって。

 

 だから、俺はこれに1つ条件を加えたんだ。

 

 「先生。お、俺、『イジメ肯定派』としてディベートします。も、もちろんいじめはダメなことってわかってますけど……でもやらせてください」


 俺は先生に深く頭を下げ、頼み込んだ。

 そこまでしてでも、俺はこの状況が必要だった。この状況こそが、南野さんを救うのに必要だった。

 

 その行動が実を結んだか、先生は承諾してくれた。


 

 

 俺が『いじめ肯定派』の席に着くと、教室中がざわめき、再び尖った視線が俺に向けられた。その視線はさっきの変人を見るようなものではなく、人を攻撃するようなものだった。

 

 (うげっ。こんなに鋭い視線が飛んでくるのか……)


 初めての体験に思わず俺は怯む。が、ビビっている場合じゃないと自分を奮い立たせる。

 (南野さんが今まで受けてきたものと比べれば大したことないだろ。頑張れ俺!)




 頑張ることにした俺は次なる布石を打つ。


 「そ、それでは分かれましたね。で、では早速ですけど──」

 「ちょ、ちょっと待ってもらってもいいですか先生」

 「な、なんですか? 池田くん」

 

 ディベートを始めようとする先生を俺が静止する。三度俺に鋭い視線が浴びせられるが、ちょっと耐性がついたのか大丈夫になってきた。成長を肌で実感。気にせずに先生に問う。

 

 「じ、自分で言っておきながらなんですけど、さすがに1人で39人の相手をするのはしんどいです。悪いんですけど1人だけ。1人だけでいいのでこっち側に来てもらってもいいですかね?」

 

 中学3年間演劇部補欠の演技力を駆使して「きっついです!」感を演じる。

 その甲斐もあってか、言われて先生は少し思考する。


 「さ、さすがにそれじゃあ池田くんがかわいそう、ですね……。うん。そうですね。そ、そうしましょう」


 なんとか俺の意見が通った。先生が否定派の生徒に問いかける。


 「も、申し訳ないんですけど、否定派の方でどなたか、こ、肯定派に移動してもらってもいいですか?」

 「…………」


 その先生の提案に肯定派の生徒たちは黙り込んだ。


 

 当然だと思う。たかがディベートとはいえ、今や教室中から鋭い視線を浴びせられている奴の味方をしようとする人間は出てくるはずがない。わざわざ沈没船に単身で乗り込む物好きな人は、このクラスにはいない。


 となれば起こる現象はただ1つ。



 ……数秒の沈黙を開けて、4人組のリーダー格・成田さんが小さく呟く。


 「美波。あんた邪魔だからあっち行って」


 それに連鎖するように残りの3人も南野さんを名指す。


 「そうだよ。南野さんが行きなよ」

 「あいつの隣でしょ? 行けよさっさと」

 「こっちにいたって邪魔だから。ほら早く」


 (ガンッ!)

 

 

 机にぶつかりながら4人に押し出されるようにして、南野さんは教室の中心に押し出された。

 

 「み、南野さんごめんね? も、申し訳ないけど、い、池田くんサイドでお願いできる?」


 先生が申し訳なさそうに言うと、南野さんはコクリと小さく頷き、静かな足取りでこっちサイドに来た。

 そして俺の隣の席に腰掛ける。


 「ご、ごめんね南野さん。辛いことさせちゃって」

 「き、気にしなくていいよ。きっと意図あってのことでしょ?」

 「え、あ……まぁ。よ、よくわかったね……」

 「だって池田くん、進んで人を傷つけるようなことしない人でしょ? 大丈夫。信じてる」


 南野さんは自然な笑顔で俺に微笑む。

 

 ……信じてもらったからには、確実に止めないとな。

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