第2話 ヒロインからのSOSと決意
南野さんへのいじめが始まったのはそこからだった。
主に南野さんにいじめを仕掛けていたのは俺の席を占拠していた4人組で、いじめはどんどんエスカレート。最初は悪口だけだったけど、次第に物を隠されるようになったり机が荒らされていたり。他の生徒も『次に自分がいじめられるのを恐れて』なのか、そのほとんどは我関せず、あるいはそのいじめに微妙に便乗するというスタンスをとっていた。もちろん、いじめそのものに気づいていない生徒も一定数いたけど。
そしてその手口というのも巧妙で、いつも通り南野さんが気丈に振る舞っていることもあってなんだろうけど、先生の前でいじめが悟られないようなやり方だった。非常にタチの悪い奴らだ。
俺はそれが見ていられず、ついにいじめを止めようとした。
鞄が意図的に蹴られたらそれを注意し、放課後に上履きを隠していたら注意して静かにそれを戻し、机の中にゴミが詰められていたらまた注意してそれを捨て……。
……でも、現実っていうのは厳しいもので、突きつけられるのは己の無力感だけだった。
注意をすればあーだこーだと、それも筋の通った言い訳をあの4人組はするし、それに俺も言い返せない。結果黙って後始末。
思えば俺は所詮背景。決して陽の目を浴びることのない背景であって、陽の目しか浴びない主人公キャラたちに敵うはずがなかった。
(……やっぱり背景には無理なのか)
そんな自分の無力感に苛まれるようになってから1ヶ月が経ったある日の放課後。下駄箱を開けると、中に何か入っている事に気づいた。
(あれっ。何だろこれ)
特に何の疑問も抱かずに、とりあえずそれを取り出す。
(……て、手紙?)
入っていたのは手紙だった。ジーッと俺はそれを見つめる。
(お、俺に手紙……誰か間違えたのかな……?)
自分で言うのも何だけど、俺は手紙を書かれるような人間ではない。当然俺は女子にモテるタイプではないし、男子から悪戯を仕掛けられるほどの存在感もない。というか手紙が入ってるのなんて初めてだし。
……だったら疑うべきは。
(うん。きっと誰かが入れ間違えたんだ。俺になんか手紙が来るわけがない)
となれば優しさだ。優しく貼ってあるシールを剥がして中身を確認し、宛先の子の下駄箱に入れておこう。……べ、別に中身が気になるとかそういうんじゃないからね⁈ 純粋な優しさだからね⁈ そう! 俺は良いことをしているんだ!
自分を無理やり納得させながら、俺はシールをそーっと剥がして中身を取り出す。恐る恐る中身を見てみると、そこには綺麗な筆跡で淡々と用件が書かれていた。
《池田くんへ。放課後、少しだけ付き合ってもらえませんか? 駅前の立田屋書店前で待ってます。 南野美波》
(え、あ……ん?)
…………。
(み、南野さんが……俺に……?)
俺は目を疑って5秒ほど目を擦り、3回ほど自分の頬をバチンッと叩く。
…………。
(夢じゃない……)
俺は唖然とするしかなかった。
いじめられているとはいえ、南野さんは主人公キャラ。背景キャラの俺とは階層が違う人種の南野さんが俺に手紙を渡すなんて、到底信じられることではなかった。エキストラに手紙を書く主演女優なんていないしな……。多分。
(誰かの悪戯か? いやでも悪戯ならこんな綺麗な筆跡で書くわけないよな。南野さんからの手紙だったら無視するわけにもいかないし……)
……。
…………。
………………。
(……行ってみるか)
迷いに迷った末、とりあえず行ってみることにした。
♢
学校から歩いて10分。駅前の立田屋書店に行ってみると、手持ち無沙汰にスマホをいじる制服姿の南野さんがいた。
(あ、あの手紙……本物だったんだ)
少なくない驚きを感じていると、南野さんと目が合った。こちらに気づいた南野さんは俺に手を振る。
「おーい! 池田くーん! こっちこっち!」
ハツラツとした声で、南野さん。多少挙動不審になりつつも、俺は南野さんの所へ行く。
「ご、ごめん南野さん。そ、その……待った?」
「ぜ、全然っ! わ、私のことなんて気にしなくていいよ!」
あっ。これ絶対待たせちゃったパターンだ。この前読んだラブコメで似たようなシーンを見たような気がする。
「……それよりこっちこそごめんね。急に呼び出しちゃったりして」
「う、うん。俺は大丈夫だよ」
「そ、そっか! なら良かった!」
言うと、南野さんはニコッと俺に微笑んだ。理不尽にドキッとさせられたけれども、同時に俺は少し安心した。最近見かける無理して作った笑顔じゃない、自然体な笑顔がそこにあった。しかし破壊力すごいな。
チラッと南野さんは目線を落とす。左腕についていた時計を確認すると、
「じゃ、行こっか」
「え、あ……うん」
どこに行くのかは教えてくれなかったけど、背景の俺が聞くことでもない。コクリと頷いて、俺は南野さんについて行った。
♢
電車に揺られること30分。やってきたのは大宮駅。そこから徒歩5分の距離にある複合型商業施設『ラグーン』の中にある『ブックオン』に着いた。
俺の家の近くにあるブックオンはそこまで大きくないけど、さすが大宮。新幹線も停まるだけあってその広さは比べものにならないくらいに大きかった。
「み、南野さん、ここ、よく寄るの?」
「うん。普段は週1くらいで。でも今日は1ヶ月ぶりかな?」
「そ、そっか……」
自分で会話を振っといてこの返し……さすが背景。
(こういう時に俺がイケメンキャラとかだったら会話に弾みがつくような相槌ができるんだろうけど……なんで俺ってそういうキャラで生まれてこなかったんだろ)
どうしようもないことを考えてすこぶる後悔。ほんとにどうしようもないんだけど、でも仕方ないよね。だって……。
(……俺が主人公キャラだったら、南野さんのいじめだって防げたはずなのに)
自分の非力さに絶望。それを見た南野さんが俺に声をかけてくる。
「な、なに暗くなってんの池田くん! た、楽しく行こうよ! ほらっ! 行くよ!」
「う、うん……」
辛いのは南野さんの方なのに……こんな時でさえ俺は南野さんにリードされるのか。せめて横に並び立てなきゃいけないのに……俺、だっさ。
CDやレコード、ゲームソフトコーナーに漫画、ライトノベル、さらには自己啓発本から参考書まで。ブックオンのありとあらゆる魅力たっぷりのコーナーをスルーしながら南野さんに連れられてたどり着いたのは、古着コーナーだった。
「ぶ、ブックオンなのに古着なんて売ってるんだ……」
「そうなんだよ。みんな知らないから意外と穴場なんだよここ」
言って、南野さんは嬉しそうにさっそく服を物色し始める。
ざっと見た感じではあるけど、コートやTシャツ、スニーカーからスカート、さらにはブランド品まで、ブックオンとは思えない品揃えだった。「本を売るならブックオン〜♪」とか言ってるのにまさかこんなにアパレル関連の品揃えが多いとは……。
「た、確かに穴場だ……」
「でしょ? 本当はもっとちゃんとしたお店で洋服とか買いたいんだけどお金がなくってね。だから高校生からしたら古着ってものすごく助かるんだよ」
「へ、へぇー。そ、そうなんだ」
「ちなみに池田くんっておしゃれとか興味ないの?」
「あ、いや、俺はおしゃれとかそういうのには疎いというか疎まれたというか……」
俺も去年高校デビューしようと頑張ってみたんだけど、店員さんにも笑われるし家族にも馬鹿にされるし、それでも気合いで街に出かけてみたけど「うわーっ! あいつなんかしゃしゃってるーっ!」とか小学生に後ろ指を指されるし。あれはトラウマだったな。
「な、なんかごめん……」
「いや⁈ 別に謝らなくていいんだよ⁈」
むしろ謝られるともっと惨めな思いをするというかなんというか……。
なんかしんみりした空気になったので、話を変える。
「で、でも、俺もよくブックオンで中古のラノベとか買ってるから、少ないお金で何か楽しもうとするのはよくわかるよ」
110円コーナーに置いてあるラノベに月2〜3回配信される100円引きクーポンを使えば、10円でラノベを買うことだってできるしね。
「ラノベ……?」
南野さんはキョトンと首を傾げる。
「え、南野さんラノベ知らないの?」
「う、うん……」
幼い子供のようにあざとくコクリと頷く。
少しばかり衝撃を受けたけど、まぁでも主人公キャラでラノベ読む人なんてそう多くないもんな。そもそも主人公キャラって友達とキャピキャピしてキャッキャウフフするから読んでいる時間なんてないだろうし。
「か、簡単に言うとアニメ調で描かれたキャラの挿絵が入った小説のことだよ。なんというか、漫画に近い小説かな? 結構アニメ化もされてるし。ジャンルも幅広くて読みやすいと思うよ」
「へぇ……そんなのがあるんだ」
ジーッと洋服と睨めっこしながら、南野さんは興味ありげな反応をする。
「ちなみに池田くんはどんなもの読んでるの?」
「え、あ、俺……?」
「うん。俺」
お、俺かぁ……。
「お、俺はまぁ満遍なく手を出しているつもりだけど、でも読んでいることが多いのは王道の戦闘系とラブコメかな? 実際業界内でその2つが人気あると思うし」
というか、発行部数ランキングとかネットでみるとほとんどがその2つで占められているんだよね。まぁラノベの醍醐味の非現実的な世界観を味わいやすいのがこれだからね。
「そうなんだ。ちなみにおすすめは?」
「お、おすすめ……」
言われて、俺は考える。綺麗事に全部って言いたいんだけど、まぁその中から選りすぐるとするなら……。
「せ、戦闘系で言うなら『断罪のエレメント』とか『ヴァルキリーフラッグ』とかかな。ラブコメは『攻撃力の殴り合いみたいなラブコメ』とか『いとこなら法律的にセーフだから結婚してもいいよね?』とかがおすすめだね」
ちなみに今言ったラノベは比較的最近のものだから買い揃えるのにはなかなかお金がかかるんだよ。ブックオンでも1冊400円くらいするし。でも値段以上に面白い。
「どれも今年にアニメ放映される予定のラノベだから読みやすいとおも──」
「え、いや待って待って!」
すこぶる驚いた様子で、南野さん。
「前半の戦闘系はわかるけど、後半のラブコメのタイトルおかしくない⁈ 文章じゃん! なんで⁈ おかしくない⁈」
南野さんには長文タイトルが異質に聞こえたみたいだ。まぁそれは俺もおかしいと思ってるけども。俺も長文のタイトルは好きじゃないし。
「昔は基本的に出版社の新人賞を勝ち抜く必要があったからタイトルは至って普通だったんだけど、最近だと無料の小説投稿サイトで評価を高めれば書籍化の声が掛かることも多くてね。で、そのサイトで自分の小説を見てもらうようにするにはタイトルで読者の気を引くのが重要になっていて。だから最近は長文のタイトルのラノベが増えてきているんじゃないかな?」
「そ、そーゆーこと?」
言われて、納得した様子の南野さん。
「うん。特に小説家デビューを目指している人はそうだと思うよ」
なにせラノベ作家としてデビューすることができる人なんてとんでもなく少ないからね。タイトル1つで確率が上がるならみんなやると思う。
「……てことは随分ゲスな業界なんだ。そのラノベっていう業界は」
「げ、ゲスではないと思うけど……」
違う方向で納得していたのか……。
いやまぁ実際にラノベ業界に勤めていないから断定できないけどもね? うん。でも少なくともゲスくあってほしくはないよね。
「でもそっかー。ラノベかー。……うん! 今度時間があったら買ってみるよ! その『なんたらかんたら』っていう長ったらしいタイトルのラノベ!」
絶対買う気ないでしょ……。仮定法だよねそれ。その証拠に南野さんはすぐに話題を変えた。
「ところで池田くん。これ、大人っぽくて良くない?」
言って、南野さんは発掘したパールホワイトのダッフルコートを見せてきた。膝下まで丈があり、余計な装飾が全くなく、まさしく大人って感じだ。
「う、うん。いいと思う。お、お似合いだと思うよ」
正直南野さんは何を着たって似合うと思うけど。
「だよね! じゃあ試着してくるからちょっと待ってて!」
「う、うん」
……こんな調子で、俺はしばらく南野さんと古着コーナーを回ることになった。
♢
「うん! 楽しかった! 欲しかった洋服も買えたし満足満足!」
買ったばかりのダッフルコートを上から羽織り、南野さんは満足げな様子だ。その容姿はコートによってバフがかかり、周りに光るエフェクトでもあるのかってくらいに輝いて見える。
「そ、それならよかった……」
背景キャラとしてみっちり南野さんに付き添った俺はその言葉を聞いて、ものすごい安堵感に包まれた。主人公キャラが輝くことがいわば背景キャラの幸せみたいなもので、無事に立ち回ることができたのはなにより嬉しかった。少しは南野さんの力になれたようで良かった。
と、南野さんがチラッと腕時計を見て、ポツリと呟く。
「あれ、もうこんな時間なんだ……」
言われて、自分のスマホで時間を見る。
「ほ、ほんとだ……」
画面に表示された時間は午後7時ちょうど。ブックオンに入ったのは午後5時だったから……2時間もあそこにいたのか。見ればすっかり陽も沈んでいた。
…………。
不意に訪れる沈黙。駅前の人通りの喧騒とは切り離された全く対照な沈黙が、南野さんとの間に生まれる。
……でも、気まずい沈黙じゃない。これは別れを惜しむ沈黙。楽しい時間を過ごした2人に絶対に訪れる、別れを惜しむ沈黙だ。最近やったPCの恋愛ゲームでも似たような場面を見たことがある。バーチャルだと別れ際にキャッキャウフフな展開が起こったけど、リアルでは絶対に無いな……。
少しの静寂の後、俺は口を開く。
「も、もうすっかり暗いから、か、帰ろうか。み、南野さんは何線?」
「わ、私は大宮が最寄りだけど……」
「そ、そっか。じゃ、じゃあ俺、京浜東北で帰るから」
「……うん」
南野さんが悲しげにコクリと頷く。
「そ、それじゃあまた明日」
それだけ言って、俺は駅へと向かって歩く──
「池田くん」
南野さんが俺の名前を呼ぶ。
……刹那。
「──っ⁈」
振り向きざまの俺の胸に、南野さんが飛び込んできた。
「み、南野さん⁈」
「……ごめん……! ……ごめん……!」
謝りながら、南野さんは俺の胸で泣きじゃくりはじめた。
突然の出来事でバーチャルだのリアルだのとかいうどうでも良い思考は吹き飛んで頭の中は真っ白。身体も硬直したけど、俺は声を振り絞る。
「ど、どうした……の?」
すると泣きじゃくりながら、南野さん。
「……私……やっぱり辛いよ……! 毎日毎日……いじめられるの……!」
訥々と震え上がった声で、南野さんは言葉を紡ぐ。
「……私が人殺しの娘なのはわかってる……。けど……私……もう辛いよ……! ……怖いよ……!」
涙とともに溢れ出る南野さんの胸の内。それは非常に生々しく、悲痛であった。その言葉は俺の胸に真っ直ぐ突き刺さり、同時にフリーズ気味の思考回路を復旧させた。
(……そうか。そうだよな。やっぱり怖かったんだよな南野さん)
あんだけいじめられても平然な顔してたけど、その奥ではものすごい恐怖を抱えていたんだ。
突き刺さった言葉を受けてそんな当たり前のことに気づき、俺は自分の無力さにムカついた。
(……何やってんだよ俺。背景キャラだからとか力がないとか言い訳つけて。もっとやりようがあったはずなのに、逃げて、逃げて、そして逃げて。馬鹿なのか俺。いや、俺は馬鹿だ。大馬鹿者だ)
「……俺こそごめん南野さん。今まで自分は背景キャラだって言い訳して。逃げて。黙って。南野さんがいじめられているのを止められなくて……ごめん……」
「い、池田くんが謝ることはないよ! 池田くん……みんなと違って……何度も……止めようとしてくれて……」
「だけど俺は止められなかった。結果的に南野さんを苦しめたんだ。なんて俺は最低なやつだ……」
「そんなことないよ! それだけでどれだけ……どれだけ救われたことか……!」
嗚咽しながら南野さんは俺の胸で泣き続けた。
今まで涙なんて見せたことがなかった南野さん。スポンジの如く、その涙は俺の学ランへと吸い込まれていく。
そしてそのまま5分が過ぎ、南野さんは落ち着くと、俺の胸から顔を話し、けれどもしがみついたまま口を開いた。
「わがままなのはわかってる……だけど池田くん……私の頼み事、聞いてくれないかな……?」
「……うん」
言うと、南野さんは顔をそのまま。俺の胸に覆い隠しながら言った。
「……私を……助けて……!」
南野さんのSOSに、俺は不安に襲われる。
──その頼み事に、俺は答えることができないかもしれない。
──確証がないのに、迂闊に返事するのは間違っているかもしれない。
──そもそもいじめを止める方法なんて、無いのかもしれない。
でも、もう自分に言い訳したくない。背景キャラだからって逃げたくはない。
俺は固く決意して、落ち着いた声で答えた。
「わかった。南野さんを絶対に助けてみせるよ」
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