背景キャラの俺が突然いじめられ始めたクラスのマドンナを救う話
岩田 剣心
第1話 事の発端
『学校という場所は、俺には適していない』
国語の授業で『適材適所』って言葉を知って以来、俺はそう思うようになった。
あれは確か小学4年の秋のことだから……ちょうど8年になるのか。
──なんてなことを思いつつ、すっかり稲が刈られた11月の
正直どこにでもいるようなごくごく普通の男子高校生の俺には、残念ながらなんの取り柄もなかった。
勉強だって中の中。見事なまでに偏差値は50.0で学年順位も中央値。運動だって中の中。見事なまでに体力テストは全項目平均値。体重だって身長だって足のサイズだって高校2年男子の平均を行く。かといって超絶イケメンでもないし、容姿だって普通。とにかく俺は平均的なのだ。
世の中たまに逆転発想が大事だとか聞くけど、全部平均的だから逆転したって中の中。おまけに名前まで逆から呼んでもおんなじ。逆から読んでも“いけだけい”。……ねっ? 何から何まで、たとえそれを逆転させたとしても俺には突き出たものがないんだ。
そして現実は非常に酷で、突き出たものがない人間には青春を謳歌する主人公になる選択肢が与えられることはない。おろか、その脇役であることすらも許されない。
……俺には、青春を謳歌せしリア充たちが描いていく思い出の『背景』に徹するという選択肢しかなかったんだ。
♢
学校に到着し、いつも通り教室の後ろの引き戸から背景らしく目立たぬように教室に入ると、俺は少し異変を感じた。
(………………ん?)
思わず俺は教室の入り口で立ち止まる。目に入ったのは”人気のない”俺の席だった。
(あれっ。なんで今日は俺の席空いてるんだ……?)
教室での俺の席は1番前の1番真ん中。つまりは教卓のすぐ目の前という特等席みたいな場所に存在する。
……からなのか、毎朝俺の席は大人気。教卓を囲むようにしてクラスカーストでも上位にいる生徒が屯するのがクラスの日常だった。
となれば当然、俺の席も陣取られる訳ですよ。あの人たちはクラスカーストの底辺も底辺の俺なんて目じゃないから俺が来たって気にせず占拠を続けるし。だから俺はいつも後ろのロッカーに静かに荷物置いてトイレに駆け込んでいるんだけどね? ……べ、別に悲しくはないよ⁈ うちの高校、最近トイレ新しくなってキレイだから立て籠るのにはちょうどいいしね! 便座あったかいし!
……だけど、今日は占拠されてなかった。
(おかしい……もしかして新手の嫌がらせなの?)
そう思いつつも、とりあえず俺は目立たぬ足取りで後ろのロッカーへと向かう。
……いやまあ元はと言えば俺の席なんだからそう思う方がおかしいとは思ってるよ? だって俺の席なんだから! 占拠されてる方がおかしいんだけどね!
でも俺の席が占拠されてない日なんて今まで1度もなかったんだよ? もう11月に入ったってのにただの1度も。
だから絶対にこの状況はおかしい。
(……そ、そうだ! い、いつもの人たちは?)
慌てて俺は教室を見渡す。が、
(あ、あの人たちは教室の端にいるのか……)
いつもの人たちは教室の端の方で群れをなしていた。いつも通り何か駄弁っているようだけど、特段そこまでの違和感は感じられない。ちなみにうち1人と目が合ってギロリと睨まれたのもいつも通り。うん。通常運転だ。
(いやおかしいと思ったんだけどなぁ……俺の思い込みか……? ま、まぁ、たまには教室の端で話したい日ってのもあってもおかしくないよね? ……ねっ?)
たとえば日の光を浴びたいとかサッカー部の地獄の朝ダッシュ見たいとか。知らないけど。
(……まぁ、とにかく。引っかかるものはあるけど、深く考えるのはやめよう)
背景キャラらしく俺は静かに自分の席に座り、目立たぬようにこっそりと、ロッカーから取り出したライトノベルを読み始めた。
♢
再び異変を感じたのは、5分後だった。
教室の引き戸を開ける微かな音とともに、突如、教室の空気が豹変した。
(……っ⁈)
その豹変具合といえば、ラノベに没頭していてもその変化には一瞬で気づくほどだった。背景キャラだから空気の変化には余計に敏感ってのもあるかもしれないけど、それを差し引いてもすごい変わりようだった。
なんというか、俺にその空気を表現する語彙力は無いんだけど、とにかく嫌な感じがする、居心地の悪い空気になった。
(な、何があった……?)
ラノベに没頭していた俺は急いで本を閉じて教室を見渡す。
……俺は戦慄した。
(えっ。なにこの視線……?)
クラス中に散らばる生徒たち。個性も性格もクラスの立ち位置も全く異なるのに、その目線だけは共通して差別的だった。見た感じ誰1人として目が合わなかったから俺に向けられたものではないらしいのは少し安心したけど、視線の矛先は明らかに1点に集中していた。
恐る恐るその視線を辿ると、その先には1人の女子生徒の姿。
(み、南野……さん……?)
そこにいたのは南野さん──
誰にでも分け隔てなく接する優しさと明るい笑顔が魅力的なクラスのマドンナ的な存在で、勉強も運動もできるし、可愛いし人気もある。半年近く隣で授業受けているから余計にわかるけど、俺と違って突き抜けたものだらけの生徒で、そして絶対なるクラスの主人公キャラだ。もし生まれ変われるなら南野さんに生まれたいって思うくらい羨ましい。
そんなクラスの主人公である南野さんに向かって今、クラス中から差別的な視線が送られていた。
(えっ……? どうしたのみんな? えっ? えっ?)
その現状を理解できないでいると、クラスの端に陣取っている人たち(俺の席をいつも占拠する4人組)が各々に口を開き始めた。
「うーわっ。来たよアイツ。よく来れるよね学校に」
「意味わかんないんだけどー。早くこの学校辞めてくんないかなー」
「ほんっと、まじサイテー」
「教室に入ってくんなよ。おんなじ空気吸いたくない……」
……ますます理解できなくなった。
(あのクラスのマドンナの南野さんが? 主人公キャラの南野さんが? なんで急にそんなことを?)
……でも、その謎はすぐに、奴らのうちの1人の発言によって明らかになった。
『……この人殺しの娘が』
(えっ……?)
その言葉を聞いて俺は思わず唖然とした。
(南野さんが……人殺しの……娘……だって……?)
じょ、冗談じゃなくて? 本当に言ってるの?
聞いて、俺は話が飲み込めなかった。いやだってあの南野さんのお父さんだよ? 人を殺すなんて考えられない。
……だけど周りは差別的な視線、とりわけあの4人組は攻撃的な視線を送っている。冗談という言葉で茶化せる雰囲気ではないのも確かだ。
(ほ、本当なのか……?)
流石にこの空気じゃ俺も疑わざるを得ない。
別に本当だったらなにをするって訳じゃないけれども、気になったので俺は急いでスマホの電源を入れる。手慣れた手つきでぬるぬる操作してGahoo!のニュースを見る。
検索トップのところには1つのニュースがあった。見覚えのある名前が見出しのニュース。迷わず俺はそれをタップする。
……そこには。
ーーーーーーーーーー
【Gahoo! ニュース】
〈◯◯市で32歳の女性が死亡 ひき逃げ容疑で会社員の南野海容疑者(45)が逮捕〉
1日未明、◯◯市の国道沿いで32歳の女性が倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認されました。
警察は防犯カメラの映像から都内の会社に勤務する南野海容疑者(45)を、3日、ひき逃げの疑いで逮捕しました。
南野容疑者は警察の取り調べに対して容疑を認めている模様です。
ーーーーーーーーーー
(ほ、ほんとだ……)
確かにそこには南野さんのお父さんの名前があった。
南野さんのお父さん──南野海さん──はクラスでも名が知れた人だった。学校行事には欠かさず参加するし、ボランティア活動にも積極的に参加していたからだろう。俺も背景キャラながら何回かお話ししたことがあるけど、南野さん同様に気さくな人で非常に人柄の良い方だった。
その南野さんのお父さんの名前が、確かにそこにある。
(……それでか)
ニュースを見て、俺はようやく合点が行った。
俺の席の隣は南野さんで、南野さんのお父さんが殺人を犯したというニュースが広まる。それを知ったあの4人衆は南野さんの席を意図的に避け、同時に俺の席も避けられる。ニュースを知った生徒たちは差別的な目線を送る。
(道理で南野さんが差別されるわけだよ)
とりわけあの4人組の攻撃性といったらすごい。いやらしいことにニュースを見ていない生徒にまでその情報を知れ渡らせるためにボソッと呟くんだから。
なんでここまで攻撃的、とも思ったけど、その答えは簡単で、すぐに浮かんだ。
(……多分、奴らからしたら南野さんは邪魔なんだ)
運動神経も抜群で勉強もできる。顔だって可愛いし先生からも生徒からも人気がある。そんな完璧超人がクラスに居ようものなら、きっとあの4人組からしたら嫉妬もするだろうし、つまらないんだろう。南野さんがいる限りはいつも2番手で、どうやっても南野さんに勝てないとわかっているから。
そして突如目の前に転がってきた1番手に成り上がるチャンス。嫉妬していた相手を潰すチャンスが到来したのだ。
(そりゃこれ見よがしに南野さんに攻撃的になるよ……)
……でも、俺は疑問に思う。
(だけど、別に南野さんは何もしてないのに、それはおかしくない?)
確かに南野さんのお父さんはどんな理由があろうとも責められて然るべきだと思う。南野さんのお父さんが人格者であるとわかっていても人の命を奪ったという事実に変わりはないし、どんな理由があろうとも人の命を奪うことは許されてはならない。
だけど、だからと言ってそれが南野さんに対する誹謗中傷の免罪符になるのは絶対におかしい。だって南野さん何の罪も犯してないんだよ? ただ生活してただけなんだよ?
南野さんはそんな差別的な視線に耐えながら、毅然として俺の隣に座る。その横顔にはあの魅力的な笑顔が全く消えており、奥底に悲しさのようなものが隠れているのを感じた。
クラスから南野さんに投げつけられる集合的差別意識。俺はそれが嫌で、みんなに異を唱えようと思った。
……けれど、俺は黙ってその様子を見ていることしかなかった。背景キャラにはそれしかできなかったんだ。
クラスの頂点に君臨するような人に逆らう力が、俺には無かったから。
俺は人生で初めて、自分が背景キャラであることに後悔した。
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