真実は心の中に 02

 トルテリーゼにじっと見つめられ、エステルは蛇に睨まれた蛙のようにその場で硬直した。


「本当に《覚醒者》だと主張なさるのなら、私が今何を考えているのか当ててくださる?」


 エステルはどう答えたらいいかわからず、アークレインを見た。

 誰にも秘密にしてもらうはずの異能の事を、まさかアークレインがトルテリーゼに明かすとは思わなかった。


「エステルの異能は直接人の心を読むというものではありません。感情の方向性が視えるのだそうです」

「方向性……?」


 アークレインの返答にトルテリーゼは眉をひそめた。


「喜んでいるのか怒っているのか……感情が正の方向を向いているのか、それとも負の方向を向いているのかが明るさとして視えるそうです」


 トルテリーゼの頬がピクリと動いた。


「もしそんな能力が本当にあるのなら、何故名乗り出なかったのですか。《覚醒者》は国家の宝、貴族の家系に生まれた者として知らなかったとは言わせません」


 トルテリーゼの厳しい視線がエステルを射抜いた。


「それは……」


「大まかにとはいえ感情が視える能力なんて気味悪がられると思ったそうです。それに、《覚醒者》と明かせば故郷を離れなくてはいけなくなる。それも嫌だったと聞きました」


 まごつくエステルの代わりにアークレインが答える。


「家族ぐるみで隠していたという事?」

「違います!」


 慌ててエステルは弁解した。


「私が異能に目覚めたのは十四歳の時で……猩紅しょうこう熱がきっかけでした。その年の夏は北部では猩紅熱が大流行した年で……私はどうにか後遺症もなく治りましたが、両親は……」


「六年前の大流行ね。覚えているわ」


「伯爵位は兄が急遽継ぐ事になりましたが……領民に多くの死者が出た事もあって領地を立て直すのに必死でした。そんな状況だったので、とてもではありませんが兄には言えませんでした。そうこうするうちに元婚約者との婚約が決まって……その時はライルが……元婚約者の事が好きだったので、どうしても中央には出たくなくて、異能の事は誰にも話した事がありませんでした」


「……一応筋は通っているわね」


「私が彼女を見出したのは昨年の十一月です。あなた方がロージェル侯爵家に送り込んでくれたドブネズミがきっかけでした」


 補足したアークレインの言葉に、トルテリーゼはピクリと反応した。


「その後異能を隠すように指示したのは私です。執拗に命を狙われていましたからね。側に置けば警報機として使えると思いました」


「……そこまで《覚醒者》である事を主張するのなら、私があなたをどう思ってるのか当てて下さる?」


 トルテリーゼからエステルに挑発的な眼差しが向けられた。


「……一番最初……獅子宮でのティーパーティーにお招き頂いた時は私の事がお嫌いでしたよね? 友好的に接してくださいましたけれど……あの頃、アーク様の一番の婚約者候補と言われていたレインズワース侯爵令嬢より私は劣る存在でしたから、アーク様の婚約者としては物足りないと思われたのではありませんか?」


「…………」


 トルテリーゼは沈黙したまま鋭い眼差しをエステルに向けてくる。


「その後、トルテリーゼ様の私への感情が変わったと感じたのは、オペラをご一緒した時です。何故かまではわかりませんが、認めてくださったのかなと感じました」


 トルテリーゼの表情がすっと消えた。しかしまだ沈黙を保ち続ける。


「……すぐに否定なさらないという事はお認めになるんですか?」


 沈黙に耐えかねたのか、先に声を発したのはアークレインだった。


「違いますよね? あなたはずっと私を追い落とそうとしていたはずだ」


 重ねての質問に、トルテリーゼの瞳が一瞬揺らいだように見えた。

 ややあって小さな声で返答する。


「私からは何も言えない」

「なっ……」

「何人も、いかなる刑事事件においても、自己に不利益な供述を強制されない」


 トルテリーゼが告げたのは、ローザリアの法律に定められた黙秘権の条文だ。


「ここまできてそんな主張が通用すると……」

「あら、我が国は法治国家のはずですが?」


 トルテリーゼはあでやかに微笑むと、そこからは貝のように押し黙り、一言も喋らなくなった。




   ◆ ◆ ◆




 結局その後、トルテリーゼからは何の返答も得られず、アークレインとエステルは諦めて宮殿に帰る事になった。

 アルビオン塔から宮殿はかなりの距離があるので馬車での移動になる。


 どんな口調で尋ねてもトルテリーゼは無表情での沈黙を貫き続けた。そのせいで隣を歩くアークレインからはピリピリとした空気が伝わってくる。


「すまない。無断で君の異能についてあの女に話してしまった」


 話しかけられたのは、宮殿に戻るために馬車に乗り込み、二人きりになった時だった。


「……トルテリーゼ様に私の異能の話をしたのは、あの方がいずれ極刑になるからですか?」


 死人に口なし、そんな言葉が頭の中に浮かんで嫌な気持ちになった。

 例え彼女がエステルの異能について言いふらしたとしても、罪人の虚言として揉み消すこともできるだろう。


「そういう考えがちらりとよぎったのは否定しない。でもそれ以上に、エステルが視たあの人の感情と推測に驚いて……」


 アークレインは座席の背もたれに背中を預けると、憂鬱そうに息をついた。


「反逆の成り行きや結末に微かな違和感を感じてはいたのは私も同じだ。……だから動揺した」

「アーク様……」

「ごめん、少し考えをまとめたい」


 アークレインはエステルに断ると、険しい表情で窓の外へと視線を向けた。

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