王妃の反逆 09
唐突に地下通路の照明が落ちた直後、体全体を薄い膜が包み込むような感覚があり、アークレインは宮殿全体にマナの使用制限がかかった事に気付いた。
試しに念動力を使ってみようと試みるが、体を包む膜に阻まれて体の外にマナが放出できず発動しない。
体が重く、息苦しいような気がするのは、子供の頃から慣れ親しんできた異能が使えない心もとなさのせいだろうか。
常に体を覆うマナの障壁も、発動しているのかどうかわからない。怪我をしないよう気をつけなければ。
「マナの使用制限がかかったようですね」
手にしていた魔導灯が消えたので気付いたのだろう。
声をかけてきたのは
今後は通信魔導具を含めた一切の魔導具が使えなくなる。
サーシェスの側近は王妃の味方の振りをしているだけだというし、王妃の反逆の結末は火を見るより明らかだった。
アークレインはサーシェスから預かった聖剣カレドヴルフを試しに抜いた。
すると、柄にマナが流れていく感触があり、刀身が銀色に光る。
「そちらはマナブレードとして使えるんですね。さすがは聖剣と言うべきですか」
「ああ」
パスカーの発言に短く頷くと、アークレインは号令をかけた。
「反逆者を捕縛せよ! 首謀者以外の生死は問わない!」
どうせ捕縛されてもその先に待つのは大逆罪だ。死を覚悟して襲ってくる暴漢に手心を加えてはこちらにも犠牲が出る。
だからアークレインは非情とも言える指示をあえて下した。
◆ ◆ ◆
王妃とマールヴィック公爵、そしてシルヴィオ・マールヴィックを捕縛したという一報が入ったのは、アークレインが隠し通路を出てほどなくしてだった。
獅子宮の中で一堂に会しているところに親衛隊員が乗り込み、一網打尽にしたらしい。
リーディスは獅子宮内の客間にて、深い眠りについていた所を発見された。しかも腕には異能封じの枷がついていたというおまけつきだ。
そのため一旦保護し、目覚めるのを待って事情を聞き取る事になった。
残念ながら無血とはいかず、アークレインの衣服はマールヴィック公爵家の私兵と交戦した際に付いてしまった返り血で赤く汚れている。
牢の中で着せられていた白い服のままだからかなり目立つ。一応急所を外すよう心がけたものの、エステルには見せたくない姿である。
――そういえば、エステル達はどうしたのだろう。
マナの使用制限をかけたらこちらに合流するという話になっていたのに。
「パスカー、陛下とエステルの姿を見たものはいるか?」
近くにいたパスカーに尋ねると、さっと顔色が変わった。
パスカーは慌てて周囲にいる
魔導具が一切使えなくなっていて、通信魔導具もその対象になっているのがもどかしい。
「……アークレイン殿下、陛下はもしかしたら地下で身動きが取れなくなっていらっしゃるかもしれません」
ややあってパスカーが進言してきた。
「陛下が向かわれたのは『神殿』ですよね? マナの使用制限をかけるには、もしかして祭壇に大量のマナを注ぎ込む必要があるのでは? 口止めされていたのですが、実は陛下は最近お加減があまり良くなくて……」
パスカーの言葉に連想したのは、竜に対峙した時に吐血したサーシェスの姿だ。
「『神殿』に向かう」
「我々もお連れください」
「念の為医師の手配も頼む」
アークレインは手短に指示を出すと、足早に地下通路への入口へと向かった。
◆ ◆ ◆
長い地下迷宮を抜け、アークレインが『神殿』にたどり着くと、開け放たれた扉の奥、祭壇の前に人影があるのが見えた。
「ここが『神殿』ですか……」
呆然と呟いたのは、獅子宮にてサーシェスの主治医を務める侍医だ。
『神殿』は王室に伝わる様々な宮中祭祀が行われる場所であり、警護のために同行する
「この先は王族と国王の許可なき者は入れない。全員ここで待機するように」
アークレインは短く命じてから『神殿』へと進んだ。
中に入ると同時に、体を包んでいたマナの放出を妨げる膜が消失した感覚があった。
ここはいつ来ても不思議な光景が広がる場所だ。
地下に存在するのにまるで昼間のように明るく、手入れする者など誰もいないはずなのに様々な種類の白い花々が咲き乱れている。
夢のように美しい花園の中心に存在する『礎の石碑』の荘厳な景色は、アークレインにとっては古代王国時代の超文明への畏怖を抱かせる場所である。
当時の失伝魔導技術は、魔導工学が飛躍的に発展した近年においても解明されていない事が多い。
『神殿』内部は王族以外を拒む。許しなき者が侵入しようとした場合、不可視の壁が生成されて弾かれる。エステルが中に入れたのは、サーシェスが招き入れた為だろう。
『礎の石碑』と祭壇のある中心部に進むと、エステルに膝枕されてその場に横たわるサーシェスの姿が見えた。
「父上!」
口元や衣服が血で汚れているのに気付き、アークレインは慌ててサーシェスに駆け寄った。
「アークレインか……上はどうなった……?」
閉じていた目を開き、体を起こそうとしながらサーシェスが話しかけてきた。
「陛下、どうかご無理は……」
エステルが慌ててその背中を支えようとする。
アークレインもその場にしゃがみ込むと手を貸した。
「獅子宮は既に制圧し、王妃、ミルセア・マールヴィック、シルヴィオ・マールヴィックの三名は捕縛、リーディスは何故か眠らされており、異能封じの枷を付けられていたため保護いたしました。目覚め次第事情を本人から聞き取る予定です」
「……そうか。リーディスはもしかしたら王妃を止めようとしたのかもしれんな」
サーシェスはつぶやくと、深く息をついた。
よく見るとその顔色は不自然だった。血を拭ったらしい口元とそれ以外の場所の肌色が違う。
顔の血色が悪いのを化粧で誤魔化していたのだと悟り、気付かなかった自分に腹が立った。
「何故体調が悪いのを隠されていたんですか……」
「知らせた所でどうにもなるまい。マナの使用制限は私でなければかけられない」
「同行してお助けする事くらいはできました」
「お前までこちらに来たら謀反人制圧の指揮は誰が執……」
言葉の最中にサーシェスはゲホゲホと
「……喋らせてしまい申し訳ありません。侍医を外に待機させておりますから参りましょう」
「待て。事が終わったのなら宮殿の設定を元に戻さなければ……手伝ってくれるか?」
サーシェスの言葉にアークレインは頷くと、肩を貸して立ち上がらせた。
◆ ◆ ◆
宮殿内の設定を元に戻すには、祭壇の操作をした後に大量のマナを注ぎ込まなければいけない。
操作が行えるのは国王だけなので、そちらはサーシェスに任せ、アークレインはマナを注ぐ作業を担当した。
操作を終えたアークレインは、エステルと協力してサーシェスに肩を貸して『神殿』を出る。すると、扉の外で待機していた侍医と親衛隊員が駆け寄ってきたのでサーシェスの身柄を預けた。
サーシェスの体調は心配だったが、これで一段落ついたと言えるだろう。
これから自分がやらなければいけない事後処理を思うと気が遠くなるが、今は忘れる事にして、隣にたたずむエステルに向き直った。
「ごめん、怖い思いをさせた」
「いえ……」
ロードライトガーネットを思わせる赤紫の瞳は潤んでいる。
「アーク様こそお怪我はありませんか?」
「……全部返り血だから」
「ご無事で良かったです」
よっぽど恐ろしい目に遭ったのだろうか。エステルの表情は沈んでいて心が痛んだ。
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