王妃の反逆 05

 体感で十分ほど長い階段を降り続け、ようやく少し開けた場所に出た。

 今度は先が見えないくらいに長い通路がまっすぐに伸びている。


「申し訳ない、少し休ませてほしい。エステル嬢には見抜かれてしまったから言うのだが、正直体力的に少し辛い」

「陛下……、申し訳ありません、私も配慮が足りませんでした」


 階段の最後の段差に座り込んだサーシェスの隣にエステルも腰かけた。そしてサーシェスの様子を窺う。

 額に脂汗が浮いていた。牢に閉じ込められていたせいで何も手元になく、汗をぬぐってやる事すらできないのがもどかしい。


「陛下、大丈夫ですか?」

「少し休めば回復する。それよりエステル嬢、これを」


 サーシェスは腰ベルトに固定して携帯していた銃をホルスターごとエステルに手渡してきた。


「これは……火薬式ですか?」

「扱えるか?」

「一応使い方は知っていますが……」


 火薬式の銃はマナが低い平民が使うものだ。魔導式に比べると反動や射撃音が大きい上に、弾薬という消耗品が必要なので、魔導式の銃を扱える貴族にとってはデメリットしかない。


「護身のために一応持っておきなさい。リーディスが牙を剥く可能性があるから異能のぶつかり合いは避けたい。アークを救出したらアルビオン宮殿全体のマナの使用に制限をかけるつもりだ」

「そんな事ができるんですか?」

「できる。『鍵』の所持者たる王にだけ許された権限だ。その計画でこちら側の兵士には準備させている」

「それは……大混乱に陥りそうですね」

「楽しそうだろう? 向こうの私兵は魔導装備で固めているだろうからな」


 そう言ってサーシェスは悪い笑みを浮かべた。




   ◆ ◆ ◆




 小休止の後、エステルはサーシェスと共に再び歩き始めた。

 肩を貸そうかという申し出は断られたため、自然とゆっくりとした行動になるが、脇道だらけの通路をサーシェスは迷いなく進んでいく。


 どれくらい歩いた時だろうか。エステルは慌ててサーシェスの袖を掴むと警告した。

 曲がり角の先に複数人のマナを感知したからだ。


「この先、誰かがいます」

「……エステル嬢は随分と勘がいいな。この先は抜け道の出口になっている。外には私の配下が待機しているはずだ」


 どこか不審そうな目を向けられ、エステルの心拍数が上がった。

 サーシェスはアークレインの味方だ。自分が《覚醒者》である事を明かしてもいいだろうか。

 一瞬迷うが打ち消す。サーシェスに明かすにしてもまずは先にアークレインに相談するのが筋だと思った。


「私は山育ちですから耳がいいんです」


 そう誤魔化して先に進むと突き当たりになっており、壁にはアルビオン塔の独房の抜け道に付いていたのと似たようなパネルが付いていた。


「一応確認しておくか」


 サーシェスは前置きしてから『鍵』を取り出すとマナを流し、宮殿の立体映像を出すとある一点を拡大した。

 するとエステルとサーシェスの姿が俯瞰した視点から映し出された。

 現在地が拡大されたのだと悟ると同時に、自分の姿が映っている事に少し感動する。


 壁を隔てた向こう側は物置部屋になっているようで、国王親衛隊ソブリンズガードの制服を着た軍人が五人待機しているのが見えた。ロイヤルブルーの制服は色鮮やかなので、すぐにそれとわかる。


「私が待機命令を出していた隊員だ。親衛隊の中でももっとも信頼のおける者たちだから私の体調の事も承知している」


 サーシェスは『鍵』をしまうと壁のパネルに向き直り、今度はそちらにマナを流した。

 すると、アルビオン塔の抜け道が開いた時と同じように重々しい音がして、扉一枚分の壁が床下へと移動した。

 そして壁の向こう側に現れた光景は、あらかじめ『鍵』で確認した通りのものだった。




「陛下! ご無事でしたか!」

「待機中は生きた心地がしませんでした……単独行動はこれっきりでお願い致します」


 親衛隊員はこちらに駆け寄ってくると、口々にサーシェスに話しかけた。

 体格のいい軍人達が詰め寄ってくると物凄い迫力で、エステルは思わず一歩身を引いた。


「仕方なかろう。外部への抜け道は王家の機密事項だ」


 サーシェスはため息混じりに答えると、隊員に指示出しを始めた。その結果、一名は伝令として別場所で待機しているサーシェスの配下のもとに向かうことになり、残りの四名がアークレインの救出に同行してくれる事になった。


「エステル嬢、先日は天秤宮でご無礼を働き申し訳ございませんでした」


 宮殿中央の地下牢に向かう道すがら、小隊の隊長らしい強面の男が話しかけてきた。

 そしてエステルは気付く。この男はエステルを逮捕しに来た男だ。


「お芝居をしなければいけなかった事は陛下からお伺いしました。だからどうぞお気になさらないで下さい」


 エステルの返答に、男はほっとしたように息をついた。




   ◆ ◆ ◆




 アークレインの所に向かうため、エステルたちは再び隠し通路に潜ることになった。

 国王親衛隊ソブリンズガードの隊員達が先行し、エステルはサーシェスと一緒に後ろから付いていく。


「二本目の十字路を右、次は突き当たりの三叉路をまた右だ」


 宮殿内の隠し通路もまた迷路になっており、道を示すのはサーシェスである。

 正しい道を把握していないものがうっかり入り込んだ場合、永遠にさまよい続ける事になりかねないと言うから、全ての道を把握しているサーシェスと一緒でも何だか怖い。


 獅子宮内の国王親衛隊ソブリンズガード王室護衛官ロイヤルガードはサーシェスの統制下にあり、王妃に従っているふりをしているだけらしいのだが、彼らとは別に宮殿内にはマールヴィック公爵家の私兵がかなり入り込んでいて、戦闘は避けられなさそうだった。


 荒事になった場合、矢面に立つのは基本的に親衛隊員たちで、サーシェスとエステルは後方で待機するよう言い聞かされた。

 目的地の牢に到着してからも、アークレインの救出にあたるのは親衛隊員たちだ。


 『鍵』で状況を確認したところ、牢を見張っているのは公爵家の私兵のようである。


「陛下は絶っ対に前に出てこないで下さい」

「そうです。お体のことがあるんですから」

「エステル嬢、陛下が前に出てこないようしっかり捕まえておいてくださいね。狩猟大会の時のような思いをするのはもうごめんです」


 親衛隊員に口々にお願いされ、エステルは圧倒されて操り人形のようにこくこくと頷いた。


(この人達、狩猟大会の時にもいたんだ……)


 きっとあの時はネヴィルやニールと同じように無力感に苛まれたに違いない。護衛官も親衛隊員も、有事の際には身を挺して主君を守ることを精神的に刷り込まれている。


 竜が相手では生身の人間は無力だ。

 距離と竜伐銃があって初めて人は竜に対抗できるので、竜の突進を異能で防いだ王族の《覚醒者》は規格外なのである。


 その王族の《覚醒者》であるリーディスとアークレインが本気でぶつかったらと思うとゾッとした。

 かつて内乱で王族の《覚醒者》同士の争いになった時には、かなりの範囲が焦土になったという逸話が残っている。


(だからこそ陛下はマナを使えなくするのよね……)


 エステルは歩きながら腰の銃に触れた。

 火薬式の銃には慣れていないし人を撃った事もない。

 人を撃つのは動物や竜を撃つのとは勝手が違う。いざその時が訪れたら、自分はちゃんと引き金を引けるだろうか。

 指先から伝わってくる冷たい金属の感触に不安が煽られた。

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