飛竜襲来 02

 リーディスは森の外に飛来した飛竜を前に、舌打ちしながら心の中で悪態をついた。


(やっぱり古代遺物アーティファクトで飛竜が制御できるなんて嘘じゃないか)


 逃げ出した女性を狙っているのが見えたので、咄嗟に空間転移の異能で割って入ったら、飛竜は標的をリーディスに変えた。


 飛竜に制御されている様子は見受けられなかった。

 空に向かって咆哮すると、飛竜はリーディスに突進してくる。


 念動力で盾を作り、身を守りながらどうにかサーベルの一撃を眉間に叩き込んだものの、異様に硬くて弾かれた。竜骨鋼のサーベルには、ちゃんとマナを込めたのに。


 マナの込め方が足りないのかと思い、次の一撃にはかなりのマナを乗せてみたが、結果は同じでやはり弾かれた。


 何かおかしいと気付いたのはその時だ。漆黒の飛竜の額には、魔導石のついた何か――古代遺物アーティファクトらしき物が埋め込まれていた。そいつが怪しく銀色に光っている。


 飛竜の体長は三メートル程度。ガンディアの珍獣、象と同じくらいのサイズ感があり、その攻撃は苛烈で重かった。


(くそっ)


 いつまでも突進を防ぐのは無理だ。リーディスの背筋を冷たい汗が流れた。

 しかし逃げるという選択肢はなかった。リーディスの中には王族の矜持がある。ここにいるのはか弱い貴族のご婦人達だ。見捨てて逃げることは誇りプライドが許さない。


「リーディス! 眉間が駄目なら心臓を狙え!」


 飛竜の向こう側からサーシェスの声が聞こえてきた。サーベルを抜刀し、こちらに向かって駆け寄ってくる父の姿に、リーディスはぎょっと目を見開いた。


「父上! 天幕にお戻りください!」

「馬鹿者! 王族の異能はこういう時の為にあるのだ!」


 今日のサーシェスはあまり体調が良くないはずなのに。

 去年の今頃サーシェスは一度倒れている。その時から健康不安説が囁かれているから心配だ。


 サーシェスが念動力を使ったのか、飛竜の突進を防ぐための負担が軽減された。


「飛竜は私が抑えるからお前は心臓を狙え!」


「はい!」


 守りに意識を割かなくていい、というのは心理的にも楽だ。

 リーディスはサーベルにマナを込めると、荒れ狂う飛竜の懐に潜り込み、その胴体に突き立てた。


「グオオオオオオオオォ!」


 飛竜の咆哮が大地を揺らした。

 サーベルを引き抜き後ろに飛び退すさると、飛竜の胴体から赤い鮮血がドクドクと流れ出た。


 やったのだろうか。


 様子を窺うリーディスと、飛竜の視線が交錯した。

 場違いにも竜の琥珀の双眸は美しかった。しかし次の瞬間、その琥珀の瞳が真紅に染まる。


 ――狂乱バーサクした。


 飛竜は手傷を負うと理性を失い、辺り一面を破壊し尽くすまで暴れることがある。その状態を狂乱バーサクと呼ぶのだが、瞳の色が変わるのはその証だ。


 飛竜はリーディスに向かって前脚を振り上げた。


 まずい。念動力による防御は間に合わない。

 覚悟した瞬間、バチバチという音が聞こえ、飛竜の鉤爪がギリギリの所で止まった。


 サーシェスの念動力がリーディスを守ってくれたのだ。


 しかし壁が維持されたのは数秒の事で、パキン……という乾いた音が聞こえたかと思ったら、前脚が再び振り下ろされた。


 リーディスは後ろに跳躍し、攻撃を避けると、念動力を発動させ、自分と飛竜の間に張り巡らせた。


「がふっ……」


 背後から聞こえてきた咳き込みに振り返ると、蹲るサーシェスの姿が視界に入ってきた。

 サーシェスは口元を押さえて咳き込んでいるが、その手が鮮血に染まっている。


「父上!」


 気を取られたのが仇になった。


「ぐっ!」


 何かがリーディスの腹部に強くぶつかり、体が宙を舞った。


 ああ、自分は飛竜の一撃を食らったのだ。


 痛みに薄れる意識の中で、リーディスは一瞬の隙を見せた自分を呪った。




   ◆ ◆ ◆




 一体何が起こったのだろう。エステルにはわからなかった。

 ただ確かなのは、何かが勢いよくぶつかってきたせいで天幕が倒壊したという事だ。


 エステルは無傷とは言えないが無事だった。ネヴィルが覆い被さって庇ってくれたおかげだ。

 しかしネヴィルの体の上には、天幕を支えていた金属製のはりが折り重なっていた。


 シエラ、メイ、ニール……天幕内にいたはずの人達の姿は見当たらない。恐らく倒れた天幕の下敷きになったと思われる。天幕の近くに繋いでいた馬たちはどうなったのだろう。


 皆の様子を確認したかったが、それどころではなかった。

 飛竜が目と鼻の先にいる。それも狂乱バーサクした状態の。

 竜の眼が血のような赤に染まっているのを見て、エステルの血の気が引いた。

 漆黒の竜体の胸元からは、赤い血がドクドクと流れ出ている。


 手負いにしてしまったのだ。すぐにわかった。そして眉間には攻撃が通らなかったであろう事も。


 エステルの異能の瞳は捉えていた。飛竜の眉間を中心に銀色のマナが集中している。

 それは、アークレインが使う念動力の防壁のようであり、魔導具が発動する時の光にも似ていた。


 胴体の傷口は、眉間に攻撃が通らなかったから心臓を狙ったのだろう。だけど飛竜の心臓の位置はそこではない。


 飛竜と対峙する時のアングルにもよるが、心臓をピンポイントで狙うのは熟練の銃士でも難しい。一撃で眉間へのヘッドショットを決めるのが基本だが、やむを得ず心臓を狙う場合は複数人の銃士で胴体を一斉射撃を行う。


 だけどエステルの瞳には『視え』る。どんな生き物でも心臓はマナの源で、一際強く銀色に輝くからだ。


 きっとあの傷をつけたのはリーディスかサーシェスだ。でも二人の姿は見えない。まさか飛竜に――


 まずい。エステルは思考を止めた。飛竜と目が合ってしまったのだ。

 狂乱バーサクした飛竜に目を付けられたら終わりだ。飛竜の移動速度は魔導機関車と同等、鷲や鷹といった猛禽類に匹敵すると言われている。


 エステルの手元には制御装置リミッターを外した愛用の魔導銃がある。だけど恐怖で体が動かない。


「ガアッ!」


 飛竜が短い咆哮と共に地を蹴った。撃たなければ死ぬ。だけど――


 死を覚悟してエステルは目を閉じた。

 しかし予想していた痛みや衝撃の類は来ず――


「グオオオオ……」


 そんな唸り声と、バチバチという何かが弾けるような音がした。


 そっと目を開けると、マナの壁が形成され、盾となってエステルと飛竜の間を隔てている。


「義姉上に、触れるな……」


 声の方向を見ると、倒壊した天幕の布の狭間から、ボロボロになったリーディスが半身を起こし、マナを放出しながら手をこちらに差し伸べていた。

 このマナの壁はリーディスの異能だったのだ。


「義姉上、早く逃げろ……長くは持たない……」


 そんな事わかっている。エステルには視えてしまう。リーディスのマナは尽きかけている。


 エステルは腹を括った。今ここで飛竜を仕留めなければ、この場にいる何人が命を失うかわからない。


 ――たとえこの手が吹き飛んだとしても。


 エステルは愛用の魔導銃を両手でしっかりと構えた。そして、吠えながらマナの壁を執拗に攻撃している飛竜の心臓に狙いをつける。


 大丈夫。やれる。

 エステルには心臓の位置が正確にわかるし、この距離でならまず外さない。




 体の中の全てのマナを魔導銃に込め、エステルは引き金を引いた。

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