狩猟大会 02

 リーディスは苛立っていた。というのも、侍従長のルシウスの段取りが悪いせいでなかなか森の奥へと出発できないでいたからだ。


 狩猟大会は狩った獲物の種類や重さを元に点数が付けられ、その優劣を争うという勝負の側面も持っている。

 この森には様々な種類の野生動物が生息しているが、最も点数の高い獲物は熊で、次点は鹿と猪である。

 誰よりもいい成績を修めるためにもリーディスはさっさと森の奥に向かいたかった。


 物心ついた時からリーディスは常に八歳上の異母兄よりも優秀でなければいけなかった。

 学業だけでなく身体能力も芸術面も、全ての分野において八年前の異母兄と比べられてきた。


 幸いほとんどの分野でリーディスの才能は異母兄を凌駕していた。唯一兄に勝てないのはピアノの演奏技術くらいだ。

 だから周囲は誰もがリーディスが次の王になるべきだと言った。リーディスもそう思う。国益を考えればより優秀な者が玉座に座るべきだ。なのに父は継承順位変更の嘆願書を外祖父のマールヴィック公爵が提出しても認めてくれない。


 誰よりも優秀で高いマナと特別な異能を持ち、後ろ盾も異母兄より強いのに、継承法に長子優先相続と記載されているのが全て悪いのだ。法を曲げるならそれなりの理由が必要だというのがサーシェスの返答だった。


 リーディスは異母兄よりも優れていると常に示し続けなくてはいけない。

 だからいつまでも森の入口で足止めを受けて、いい加減我慢も限界だった。


 そもそも在学中のロイヤル・アカデミーを休んでまでこの狩猟大会に参加したのは、マールヴィック公爵の要望によるものだ。

 祖父はアークレインよりもリーディスが優れているという実績を、成人するまでの三年間の間により多く確保したいのだろう。


「おい、準備はいつ整うんだ。準備不足にも程がある。この間にも兄上は獲物を仕留めてるかもしれないんだぞ」


 いくらリーディスが優秀でも、探索にあてる時間が確保できなければアークレインに負けてしまう。


「申し訳ございません、リーディス殿下。責任は全て私が負います。もう少しお待ちください」


 苛立つリーディスを前に、ルシウスは萎縮した表情で頭を下げた。


 もしアークレインに遅れを取ればルシウスはきっと祖父に処罰される。

 リーディスの元にいる王室府の職員は、全員がマールヴィック公爵家に縁のある人間だ。


 祖父のそういう所は正直好きになれない。リーディスがいくら気に入った職員でも、失敗があれば祖父の一声で容赦なく配置換えになるのは不愉快だった。


 しかし残念ながら今のリーディスには、自身の宮である宝瓶宮の人事権がない。今それを握っているのは生母であるトルテリーゼ王妃だ。

 母は祖父の操り人形だ。この国ではまだまだ女性の社会進出は進んでいないので仕方ないかもしれないが、母は祖父に逆らえない。


 祖父はリーディスには優しいので嫌いではないが、成長するに従って嫌な部分が目につくようになった。何でも自分の思い通りにしようとする支配的な所と、民族主義的な思想は正直どうかと思う時がある。


 成人すれば祖父の束縛から逃れ、自分の自由になる事が増える。宝瓶宮の管理権限もその一つだ。リーディスは早く大人になりたかった。




 狩猟大会における狩りは、猟犬と猟犬係ハンツマンが連携して獲物を射手である主人の方へと追い立てる、という方法で行われる。


 一体いつになったら準備が整うのか、苛々しながら待っていると侍従の一人がルシウスに駆け寄って何事か耳打ちした。


「リーディス殿下」


 ルシウスが側にやってきた。


「やっと準備ができたのか?」

「ええ。間もなく殿下にとっての最高の獲物が参ります。こちらをお使いください」


 ルシウスが手渡してきたのは、ずっしりと重いサーベルだった。


「……剣で何を狩れって言うんだ」

「飛竜を」

「は?」


 リーディスはルシウスの発言に呆気に取られた。

 リーディスの中の常識では、このローザリア王国内における飛竜の生息地は北部の竜骨山脈と西のアヴァロン島の二箇所である。


 飛竜は基本的に生息地からあまり遠くには移動しない。

 ごく稀に、はぐれ竜と呼ばれる個体が生息地から遠く離れた地に飛来して大きな被害をもたらす事はあるものの、十年に一度あるかないかの珍事である。

 それなのに、なぜルシウスははぐれ竜が現れると断言するのだろう。眉をひそめたリーディスに、ルシウスは微笑みかけてきた。


「閣下が連れてきて下さるのですよ。間もなくこの森に」


 ルシウスが閣下と呼ぶのは、リーディスの祖父、ミルセア・マールヴィックしかいない。


「お祖父様が? 一体どうやって……」


「動物を思いのままに操る古代遺物アーティファクトが手に入ったそうです」


「それで竜を操るっていうのか? 一体どこでそんな古代遺物アーティファクトを……」


「二年前、大ローザリア島の北部を襲った長雨ですよ。あの雨の時、公爵閣下の所領でも大規模な崖崩れが発生しました」


 リムリックだ。すぐにピンと来た。マールヴィック公爵家が北に所有する領地というとそこしかない。飛び地として北部に所有しているその所領は、鏡面湖と呼ばれる美しい湖がある事で知られる観光地だ。


「崖が崩れた所から未踏査の遺跡が見つかったそうです」

「その古代遺物アーティファクトはそこから発見されたのか」


 ルシウスは頷いた。


「本当に飛竜が操れるとしても無茶苦茶だ。こんな所に竜が飛んできたら、森の外で待っているご婦人達がどれほど恐ろしい思いをされるか……」


 しかも今日はリーディスの両親である国王夫妻も森の外にいる。


「この二年間実験を繰り返した結果、使っても問題ないとの結論が出たのです。閣下は殿下に『竜伐の英雄ドラゴンスレイヤー』になる事を望まれています」


 制御された状況下でリーディスに竜を討たせ、英雄に仕立てあげたい――それがミルセア・マールヴィックの考えなのだとルシウスは熱く語った。


「そのサーベルは竜骨鋼で作られたマナブレードです。殿下のマナを込めれば飛竜の外皮も切り裂けるでしょう」


 竜骨鋼というのは飛竜の骨を混ぜて作られた特殊な合金である。

 硬度としなやかさを備えた最強の金属で、主に竜伐銃や軍人用の防具などに活用されているが、希少なだけに非常に高価だ。


「竜の弱点は心臓と眉間、それはご存知ですよね?」


「……わかっている。しかしいくら制御されているとはいえ、剣一本で飛竜に立ち向かえとは……」


「申し訳ございません。竜伐銃をあらかじめ用意しておいては、こちらの自作自演を疑われる可能性がございます」


 ルシウスの言葉にリーディスは苦い表情を浮かべた。


 飛竜は基本的に竜伐銃で狩るものだ。王族のマナを込めた剣なら硬い竜の外皮も切り裂けるとは思うが、剣で竜に対峙するなんてまるで童話に出てくる竜退治の騎士である。そんな存在は創作の中にしか出てこない。銃が発明される前の時代の人間ですら竜伐には弓矢を用いていたはずだ。


 しかも相手は地上最強の肉食爬虫類である。いくら古代遺物アーティファクトの力を借りるとはいえそんなにうまく思惑通り運ぶだろうか。


 重いだけでなく、威力が高すぎる竜伐銃は日常的に持ち歩くものではない。一般的な動物に向けて撃ったら可食部分を吹っ飛ばしてしまうくらいの火力がある銃なので、所持には国の許可がいるし取り扱いも慎重に行わなければならない。王家主催の狩猟大会に持ってくる者などまず居ない。下手をすると反逆を疑われてしまう。


 もし計画通りにリーディスが飛竜を倒せなければ、狩猟大会の参加者に大きな被害が出る事になる。リーディスの中には王族としての誇りがある。臣民に被害が及ぶかもしれないやり方は気に入らない。


 祖父に対する疑問がまた一つリーディスの中に増えた。

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