二度目の遭遇 02

 その大きなマナにエステルが気付いたのは、全ての的を撃ち抜き、スタート地点に戻るために騎乗射撃練習用の馬場を折り返した時だった。


 身を固くしたエステルに気付き、アークレインも即座に反応した。


「誰かいる」


 こちら側の護衛官以外に三人、見知らぬ人間がスタート地点に立っているのが見える。エステルが緊張したのは、そのうちの一人のマナが異様に大きいからだ。


 体の中におさまらず、陽炎かげろうのようにゆらめく銀色の光――あれだけのマナを放つのは直系の王族しかいない。


「リーディス殿下……だと思います」


 そう思ったのは遠目にも小柄な体格からだ。


 エステルの腰に回されたアークレインの腕に力がこもった。アズールがこちらを気にする素振りを見せる。きっとこちらの緊張を感じ取ったのだろう。




 アズールがスタート地点に近付くにつれ、人影の姿はよりはっきりと見えるようになった。

 やっぱりリーディスだ。

 馬と見知らぬ護衛官を伴ったリーディスが待ち構えており、こちらの護衛官は一歩下がって跪いている。




「仲がいいですね、兄上に未来の義姉上」


 スタート地点に戻るとリーディスが話しかけてきた。どこかこちらを馬鹿にしたような挑発的な笑みを浮かべている。


 まだ発展途上のリーディスは、身長こそエステルより高いが、長身のアークレインや屈強な護衛官達に比べると細くて小さい。しかし態度はこの場にいる誰よりも大きかった。


「何をしに来た」


 アークレインは今までに見た事がないくらいに冷たい顔をしていた。絶対零度の青い瞳がリーディスを威嚇するように射抜く。


「何って騎乗射撃の練習ですよ。僕も狩猟大会には出ますから」


「そのためにわざわざカレッジから出てきたのか」


「カレッジよりこちらの方が設備がいいので。向こうは使用許可を取るのも手続きが煩雑で面倒です。兄上もご存知ですよね?」


 相変わらずの生意気な態度である。顔立ちは母親が違うとはいえ兄弟だけあってよく似ているのに、受ける印象は随分と違う。アークレインが理想的な王子様ならリーディスは尊大な子供だ。


 リーディスは、馬鹿にした表情で肩をすくめると、気を取り直したかのようにエステルに向き直り、手を差し出してきた。


「お手をどうぞ、義姉上」

「私の婚約者に触れるな」


 アークレインも負けていない。

 ひらりとアズールから飛び降りるとリーディスを牽制した。


「おいで、エステル」


 リーディスの手を取るべきか一瞬迷ったので助かった。エステルはアークレインの手を借りてアズールから降りる。

 本当は自力で降りられるのだが、ここで紳士の手を借りるのが淑女というものだ。


「へえ……噂には聞いていたけど本当に仲がいいんですね。義姉上のどこがそんなに兄上を惹き付けたんですか? 銃の腕は相当なもののようですが」


「お前に答える義務はない」


 なんとなく予想はしていたけれど、この異母兄弟は他人以上に他人行儀だ。お互いにマナを陰らせての応酬にこちらの肝も冷える。


「それにしても義姉上の腕前は素晴らしいですね。北の女性は竜伐銃を扱うとは聞いた事がありますが、騎乗射撃を普通女性はやらないでしょう。馬を駆っていたのは兄上とはいえ大したものだ」


 リーディスは騎乗射撃の練習場に視線をやった。

 的に当たったかどうかは、遠く離れていても音でわかるようになっている。


「ねえ義姉上、以前女官を助ける為に僕を撃ったよね? あれってあの位置を狙ったのはわざと?」


「何がお聞きになりたいのでしょうか」


「ビクビクしながら撃ったにしてはいい場所を狙ったなって思って。上手く念動力を断ち切ってくれたよね。だからずっと気になってたんだ」


「何を仰っているのか……」


「あんな方法で異能が妨害できるなんて初めて知ったよ。兄上に教わったの?」


 リーディスはエステルに接近しようと一歩足を踏み出した。すかさずアークレインが間に割って入り、エステルを後ろに隠す。


「何を確認したいのか知らないがそこまでにしてもらおうか。エステルを困らせるな」


「……人というのは変われば変わるものですね。兄上がそんな風になるなんて。もっと義姉上の事が知りたくなりましたよ」


「悪いが私はエステルの事になると心が狭くなるんだ。お前がエステルを知る必要はない」


 アークレインはリーディスに言い放つとエステルに向き直った。


「エステル、天秤宮に帰ろう。招かれざる客のせいでごめんね」

「いいえ」


 エステルは差し出されたアークレインの手を取った。

 予定より早く切り上げることになったのは残念だが、これ以上この異母兄弟の間に挟まれるのは遠慮したい。


 アークレインは目でネヴィルを呼び、アズールの手綱を預けた。そしてエステルをエスコートしながらリーディスの前を素通りして歩きだす。


「義姉上、カレッジが休みの時に宝瓶宮にお招きしますので是非いらして下さい。嫉妬深い男とずっといるのも疲れるでしょうから」


 リーディスが声をかけてきた。宝瓶宮はリーディスが国王より第二王子宮として賜った宮である。


「無視していい」


 アークレインは冷たくばっさりと切り捨てる。


 夜会に未成年は参加出来ないが、昼の催しは別だ。

 狩猟大会でまたこの二人が顔を合わせると思うと嫌な予感がした。

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