二度目の遭遇 01

 エステルの目の前を、アズールに騎乗したアークレインが駆け抜けて行った。


 アズールは青鹿毛――ほぼ黒に近い体毛を持つ牡馬だ。漆黒の狩猟服に身を包み、アズールに乗って疾走するアークレインの姿はため息が出るほど格好いい。


 アークレインの今日の装備は、本番に備えた本格的なものだ。

 狩猟大会は軍事訓練という側面を持つため、ライフルタイプの魔導銃に加え腰にはサーベルをいていて、騎兵のような出で立ちだった。

 当日は、更にこの上からエステルが刺繍を施したロイヤルブルーのマントをまとう事になる。


 遠目に観察していると、アークレインが手綱から両手を離し、魔導銃を構えるのが見えた。

 その直後、射撃音が周囲に響き渡る。


 ここは、王室護衛官ロイヤルガードの為の訓練場だ。

 アークレインとエステルは、十日後に迫った狩猟大会に備えて射撃の練習に来ていた。


 もうすぐ月が変わるがまだまだ寒い日が続いている。

 フローゼスでは冬眠中の飛竜を狙った竜伐が最盛期を迎える頃だ。首都は雪が降らない分向こうよりは気温が高いはずだが、むき出しの耳が痛くなるほど今日は冷えていた。




「エステル様もやってみますか?」


 護衛官のニールが声をかけてくるが、エステルは首を横に振って遠慮した。


「騎乗射撃は無理よ。やった事ないもの」


 馬に乗っての射撃と静止した状態での射撃は勝手が違う。

 射手には射撃の腕だけでなく、足だけで馬を操作する技量が必要だし、馬の側にも資質が要求される。


 狩猟大会に用いられる馬は大抵が軍馬だ。

 軍馬は射撃音を始めとした戦闘音に動じず、血の匂いにも怯まないような性格の馬が選ばれて、騎兵のパートナーになるための訓練を受ける。手綱なしでも指示を聞くように、そして必要とあらば人を踏みつける事もいとわないよう、戦う為の調教を施されるのだ。


 アークレインの勧めでトラウザーズタイプの乗馬服を着ては来たものの、エステルの乗馬の技量はルナリスあってのものだ。ルナリスは趣味の乗馬用の馬だからそんな訓練は受けていない。


「馬ならお貸ししますよ。エステル様なら案外いい線いきそうな気がしますけどね。意外にも身体能力が高いですから」

「意外にもってどういう意味?」


 若干失礼なニールの物言いに反応すると、ニールは慌てた様子で弁解した。


「いや、馬鹿にしてるとかじゃなくてですね! エステル様って見た目は大人しそうなお嬢様って感じですけど、乗馬とかダンスの練習してる所とか見ると、結構体幹がしっかりしてるなーと。俺としては褒めたつもりでした」


 この場にいるもう一人の人物、ネヴィル護衛官は呆れ返った表情をニールに向けている。


「お前が上に行けないのは、そういう不用意な言動のせいだよ」


 冷静なネヴィルの発言にニールはぐっと詰まり、エステルは思わずクスリと笑う。

 そこに軽快な蹄の音と共にアークレインが戻ってきた。


「楽しそうだね。何の話を?」

「殿下の勇姿についてエステル様と語り合っておりました」


 息をするように嘘をつくニールに笑いが込み上げた。

 質実剛健で熊のようなネヴィルとお調子者で口の軽いニール、エステル付きの二人の護衛官は対照的だ。


「何だか嘘臭い気がするな……」


 疑うアークレインにニールは目を逸らした。

 エステルはクスリと笑うと助け船を出してやる事にする。


「アーク様、どうして私もお呼びになったんですか? しかもこんな格好までさせて」


 気分転換の為に、と誘われたので、てっきり室内射撃場で一緒に練習をするのかと思いきや、連れてこられたのはこの馬場だった。


 首を傾げたエステルに向かってアークレインは微笑みかけると、指先からマナをこちらに向かって放出した。

 念動力だ、と思った時には、エステルの体はふわりと浮かび、アズールの上へと移動する。


 アークレインは自分の前にエステルを座らせると、するりと腰に手を回してきた。手綱を取る為だとわかっていてもドキリとする。

 エステルの身長は女性としては平均的なのに、アークレインは長身だから、腕の中におさまってしまった。

 既に体を重ねてその体格差がどれくらいあるのかは知っているのに、改めて思い知らされると心臓に悪い。

 いつもの彼の匂いと温もりに包まれて、かあっと体が熱くなった。


「一緒に乗るのも悪くないかなと思って」

「こんな所で二人乗りを提案するのはいつもの演技ですか?」


 自分で言って自分で傷付く。

 だってわざわざ二人乗りなんてしなくても、エステルは一人で馬に乗れるのだ。

 それ以外に理由なんて無いはず。でも、だけど。


「……それもあるけど、純粋にエステルに気分転換をさせてあげたいなと思った。こうやって乗れば暗殺者に狙われても守れる。アズールなら少々の事では動じないし」


 以前に横乗りの練習をしていた時、クロスボウで狙われた時の事を言っているのだとわかった。

 あの日以来乗馬の練習は取りやめている。念動力の壁で守られて無傷で済んだとはいえ、狙われると言うのはいい気分はしない。


「アズールは私が操作するから撃ってみる?」


 アークレインは魔導銃をエステルに向かって差し出してきた。エステルは思わず受け取ってしまう。

 渡された魔導銃は、騎兵用のものなので銃身が短めに作られており、竜伐銃よりも軽い。


「マナの消耗もエステルが持ってるハンドガンとそんなに変わらないと思うよ」


 受け取ってしまった以上やるしかない雰囲気だ。

 こちらが動いた状態での射撃は難易度がかなり高そうだが上手くできるだろうか。馬の上という事は、動くだけじゃなくて上下動も加わると言う事である。


 未知への挑戦に少しだけドキドキしてきた。


「横乗りに変えてもいいですか?」

「うん。ちゃんと支えるよ」


 エステルはアークレインの手を借りて姿勢を変えると、膝を支えにして銃を構えた。

 銃を撃つときには三つの射撃姿勢がある。膝を支えにして撃つのはそのうちの一つだ。支える物があるのとないのとでは命中率が変わる。


 アークレインが短い掛け声と共に手綱を引いた。アズールが歩き始める。


「揺れますね」

「そうだね。速足はやあしに切り替えればかなりマシになるよ」


 馬の速さが上がった。騎兵用の軍馬は、側対歩と呼ばれる歩き方での速足はやあしを習得している。

 側対歩は上下動のブレが少なくなる歩き方で、ヤン帝国の草原地帯に住む騎馬民族から伝わったと言われている。馬にとっては不自然な歩き方になるらしいが、荷物を運ばせたり弓を射る時にはこちらの方が都合がいいのだ。


「アズールは凄いですね。ルナリスと全然違う」


 エステルは上下動のブレの少なさに驚いた。


「一応軍馬だからね」


 そんなやり取りをしているうちに一つ目の的が見えた。

 子供の頃から銃に親しんできたエステルの動体視力はかなり優秀だ。

 既にいくつもの銃痕が刻まれた木の的の中央に狙いを付け、移動速度を計算しながら引き金を引く。


 ――当たった。


「エステルはやっぱり凄いね」


 褒め言葉に返事をする間もなく、次の的が見える。


(……ここ!)


 エステルは冷静に的に狙いをつけ、一つ一つ撃ち抜いていった。

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