愚者は踊る 04
どうしてこんな事になったんだろう。
メイベルと天秤宮付きの
天秤宮の地下にこんな部屋があるなんて。と思ったところで、王室の陰惨な歴史が脳裏をよぎった。
ローザリアは五百年以上の歴史を持つ国だ。その歴史の中で幾度となく玉座は血に
牢の中は寒くてかび臭かった。絨毯や壁紙の類は一切なく、石造りの床と壁がむき出しになっている。そして、部屋の中央には奇妙な形の椅子だけが置かれていた。
この椅子は罪人の拘束用だ。そう気付いたのは、強引に座らされた後だった。
椅子には手枷と足枷が付けられており、ディアナは瞬く間に身動きが取れなくなる。
どうしよう。最悪だ。
今更ながらに仕出かした事の大きさに気付き、俯いて青ざめていると、視界によく磨き込まれた靴が入ってきた。
驚いて顔を上げると、この天秤宮の主であるアークレインが立っていた。
おとぎ話の世界から抜け出してきたような王子様の姿を目の前にして、ディアナは状況を忘れて魅入られた。
キラキラと輝く金色の髪も、最高級のサファイアのような青い瞳もすごく綺麗だ。
こちらを冷たく見下ろす容貌は彫刻のように整っている。
状況を忘れ、ぼんやりと秀麗な美貌に見惚れるディアナに、アークレインが話しかけてきた。
「一応弁解を聞こうか。リア・エンブリーの偽者」
本当のことなんて話せる訳がない。話せばポートリエ男爵家にも累が及ぶ。
沈黙したディアナに、アークレインはなおも語りかけてくる。
「優しく聞いているうちに話した方がいい。話したくなる気分にさせる方法なんていくらでもある」
アークレインは背後に目配せした。
すると、控えていた護衛官が太い針をアークレインに手渡した。
「な……何をなさるおつもりですか……?」
無表情で近付いてくるアークレインが怖い。思わず尋ねると、アークレインは冷笑をディアナに向けた。
「ここに突き刺す。きっと凄く痛いだろうね。お前は何本まで耐えられるかな?」
アークレインが針先で示したのはディアナの指と爪の間だった。
さあっとディアナは青ざめた。それは有名な拷問ではないか。
指先には神経が集中している。爪の間に針を刺す拷問は、大の男でもよっぽどの根性がないと耐えられないと聞いた事がある。一本や二本なら耐えられても、爪は手足で合計二十本もあるのだ。大抵途中で脱落し、洗いざらい自白するのだそうだ。
アークレインは針をディアナの手の爪の間に潜り込ませてきた。
「嫌! やめて! 何でも話すから!」
まだ痛みすら感じていない。でも、爪に太い針先が触れただけで無理だと思った。
「私はディアナ・ポートリエよ!
「……自称ディアナ・ポートリエ。自分が偽者であるという事は認めるんだな」
「認める! 認めるわ」
「姿形を変えてしまうとは大した
「ロ、ロマの占い師が持ってた」
「へえ……」
アークレインはすっと目を細めると、容赦なく針先を進めようとした。
「いっ……やだやだやめて! 喋ってるじゃない。何でも話すからお願い! 突き刺さないで!」
ディアナはチクリとした痛みに悲鳴を上げ、必死に懇願した。
怖い。
アークレインが発する異様な威圧感に、本能的な恐怖が呼び覚まされる。
「ロマの占い師とは何者だ」
「名前はフロリカ……その女がエステルを殺せって……」
そうだ。自分はあの女に
ライルの心に居座るエステルが嫌いだった。ライルに捨てられたくせに簡単にアークレインを捕まえたのも気に入らなかった。その癖ライルはずっとエステルを想っていて、挙句阿片に手を出した。
あまりに憎らしいから呪ってやろうと思った。しかし、だからと言って殺したいとまでは思ってなかった。
ディアナは青ざめるとガタガタと震えた。
ついさっきまでの自分の思考が異常だったことに今更ながら気付いたのだ。
「お前が所持していた毒……風船魚由来の神経毒だな。簡単に手に入るものを使うあたりが小賢しい」
風船魚は恐ろしい毒を持っている為こちらでは例え網にかかっても捨てられる魚だが、東方ではフグと呼ばれ珍味として食べられている魚である。
「そんなの今初めて知った! それだってフロリカがくれたのよ……」
「本物のリアはどこだ。誘拐したのはお前の家の手の者か?」
「違う! お父様も家も何も関係ない! 全部フロリカがお膳立てしたの! リアもフロリカの所にいるはずよ!」
「場所は」
「イーストエンドの空家……でもそこから移動していたら私にはわからない……」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
宮殿への不法侵入。それも毒を持参してだ。
王室への大逆罪に問われてもおかしくない行為をやらかした。大逆は極刑だ。
(わたし、処刑され……)
極度の緊張と恐怖で、涙が溢れた。
「やだやだ処刑なんてやだ! そんなつもりじゃなかったの! ごめんなさい! フロリカが! 全部フロリカが仕組んだのよ!」
みっともなく泣きながら必死に訴えるディアナを見るアークレインの眼差しは、酷く冷たかった。
◆ ◆ ◆
リアが見つかった。
その報告をエステルがメイから受けたのは、偽リアが護衛官達に連れていかれて二時間ほどが経過した時だった。
リアは首都郊外の空家に監禁されていたらしく、衰弱してはいるものの、命に別状はないという事だった。
エステルは慌ててリアが運び込まれた客室へと飛び込んだ。すると、中にはアークレインがいて、こちらに向かって口元に人差し指を立てるジェスチャーをした。
「ついさっき眠ったばっかりなんだ」
「アーク様、リアの体の状態はどうなんでしょうか……?」
ベッドの上のリアは、青白い顔で眠っている。
その腕には点滴の管が繋がれていて、見るからに痛々しかった。
「攫われてから水も食事も口にしていなかったみたいで衰弱はしているけれど、体はほぼ無傷と言っていい。何者かに襲われて気絶して、目が覚めたら誰もいない場所に縛られて閉じ込められていたそうだ」
手足に擦り傷があるが、それは体を拘束するロープをなんとか解こうとしてできたもののようだ。
「よく居場所がわかりましたね。偽リアが白状したんですか?」
偽リアは天秤宮の地下牢に連行された。尋問への同行は認められなかった。女性が見るものではないと断られてしまったのだ。
「ちょっと脅したらあっさり吐いた。こっちが拍子抜けするくらい簡単に、聞いてもいないことまでペラペラ話してくれたよ」
一体どんな脅し方をしたのだろうか。エステルは思わず顔を曇らせた。
「私は君に信用がないね。ほとんど何もしていない。ただ、聞かれた事に答えないと、爪の間に針を突っ込むって言ってやっただけだ」
聞くだけで痛そうだ。エステルは思わず顔をしかめた。
「一応弁解しておくと、爪の間に針を当てただけで、それ以上の事はしていないよ。何でも喋るからやめてくれって泣きわめきながら懇願してくるから、こちらもあまりの根性のなさに驚いた」
「……そうなんですか?」
アークレインはどこかうんざりとした表情で頷くと、大きく息をついた。
「……ここで長々と話してリアを起こすのも悪いから場所を移そう。私の部屋でいいかな?」
「はい」
その提案にエステルは了承すると、差し出された手を取った。
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