ブロークン・ハート 04 ※全年齢版

 寝室の照明が落ちたのを確認し、エステルは上着を脱いだ。

 その下のナイトウェアは、男性と夜を過ごす事を想定して作られた扇情的なデザインのものだが、こういう場合、脱いだ方が良いのだろうか。


 自分から脱ぐのははしたないし恥ずかしい。

 どうしていいかわからず、ベッドの上で逡巡しているうちに、アークレインがこちらにやってきた。


 アークレインのナイトウェアは肌蹴はだけており、闇の中でも鎖骨や胸の筋肉の盛り上がりがわかる。

 カーテンは締め切られているのに、月明かりがかすかに差し込んでくるせいだ。


 相手の体がそれだけ見えるという事は、アークレインからもエステルの体が見えてしまうという事だ。

 どうしよう。自分の体はアークレインほど綺麗じゃない。

 天秤宮のご飯が美味しい上にあまり自由に外に出られないから、最近お腹にお肉がついてきたし、どんなにダイエットをしても細くならない太めの下半身はコンプレックスだ。


「怖い?」


 恐怖、不安、羞恥、ほんの少しの期待に未知への好奇心、そんなものが入り交じってエステルは極度の緊張状態にあった。体の震えが止まらない。それをアークレインは恐れととらえたようだ。


「はじめて、なので……」

「なるべく優しくする。……まずはこれを付けて」


 アークレインはエステルの左腕に触れると、その腕にカチリと魔導石の付いたブレスレットをはめた。


「魔導具……?」

「王家に伝わる古代遺物アーティファクトの一つだよ。生殖を抑制する効果がある」

「せっ……」


 かあっと頬を染めたエステルに、アークレインが笑ったのが気配でわかった。


「エステルを宮殿に迎え入れた時に父上から渡されたんだ。まだ子供が出来たら困るから、少なくとも式までは付け続けて欲しい。王族の結婚式は丸一日拘束されるから体に負担になるし、ドレスも好きなデザインのものを着られなくなる」


 式まで。これ一回では終わらないと暗に告げられたような気がして、顔から火を吹くかと思うくらい恥ずかしかった。


 アークレインはエステルにはめたブレスレットにマナを注ぎ込むと、そのまま左手を口元に持っていき、薬指の婚約指輪に口付けした。


 まるで神聖な騎士の誓いのようだ。

 エステルの緊張が緩んだのを感じたのか、アークレインはそのままエステルを引き寄せると、唇を重ねてきた。




   ◆ ◆ ◆




「ごめん、最後はあまり気遣えなかった」


 事が終わった後の囁きに、エステルはふるふると首を振った。

 最中のアークレインは、少し意地悪な所があったけど、優しかったと思う。いつもの紳士的な態度そのままに、丁寧にエステルを愛してくれた。

 痛みはあったけれど、それは初めてだからきっと仕方ないのだ。いつかよくなる時がくるとはとても思えないけれど。


「初めての相手がアークレイン殿下で良かったです」


 恥ずかしくて目を逸らしながらそう告げると、アークレインのマナがぱあっと明るくなった。


 驚いて視線を戻すと、アークレインは口元を押さえていた。


「アーク様?」

「……エステルの異能は厄介だ。見えてるんだろ」


 今度は曇った。マナの色の変化やアークレインの態度から読み取れる感情は――


(まさか、照れていらっしゃるの……?)


 信じられない気持ちでアークレインを見つめると、左腕に唇を落とされた。

 そこは、エステルがアークレインを庇って付いた消えない傷痕がある場所だ。


「この時の襲撃のおかげでエステルに会えた。……でも」


 次は左手を取られた。指先に巻かれた包帯の上から口付けられる。


「きれいな体なのに私のせいで傷だらけだ。ごめんね」

「アーク様のせいではないです」


 悪いのは襲ってきた襲撃者であり自分の不注意だ。


 求婚された時はその強引さに腹が立ったけれど、アークレインに巡り会えた事は結果的に悪くなかったと今では思える。

 出会ってたった三ヶ月と少し、紳士的な態度と優しさに簡単に絆されすぎかもしれないけれど――


 優しく抱き込まれ、人肌のぬくもりにとろとろと心が溶けていく。

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