国王夫妻との対面 01
トルテリーゼ王妃主催のティーパーティーの日がやってきた。
「エステル嬢、今からアルビオン宮殿に向かうのね?」
アークレインが迎えに来たと聞いて、玄関ホールに向かおうとしたエステルに声をかけてきたのは、クラウスの母である前ロージェル侯爵夫人のシエラだった。
クラウスの容貌はシエラ夫人から受け継いだものらしい。クラウスと同じ銀色の髪に淡い水色の瞳が氷の精霊のような美女である。
クラウスと大きく違うのは性格だ。あまり表情が変わらず、研ぎ澄まされた刃のようなクラウスと違って、シエラは黙って立っていると女神像のような美女なのに、口を開くと途端に感情豊かになる可愛らしい女性だ。
「あの女狐に何かされないか心配だわ。文句のはけ口になるくらいしか出来ないけれど、腹の立つ事があったら言ってね」
ぐっと握りこぶしを作って激励してくれるシエラ夫人は、とても二十三歳の子供がいるようには思えない。姉弟といっても通りそうなくらい若く見える。
エステルが侯爵邸で自分の家のようにくつろげているのは、シエラが色々と配慮をしてくれるおかげだ。
「ありがとうございます、シエラ様」
この人がいなければ、アークレインに求婚されてから大きく変化した生活に耐えられなかったかもしれない。
エステルはシエラにぺこりと頭を下げるとお礼を言って別れた。
シエラがエステルに良くしてくれるのは、オリヴィアの母であるレインズワース侯爵夫人との間に確執があるかららしい。
もちろんアークレインの気持ちやエステルが《覚醒者》である事もその理由に含まれているようだが、彼女にとっては何よりも、オリヴィアがアークレインの妃になって、レインズワース侯爵夫人の派閥内での影響力が増す事が我慢ならないようだ。
(派閥の世界はどこも大変ね)
まるで動物の世界のボス争いだ。
そんな事を考えながら階段を降りていくと、玄関ホールからこちらを見上げるアークレインと目が合った。
アークレインは、事前の打ち合わせ通り、黒のフロックコートに赤紫のタイとポケットチーフを合わせていた。
対するエステルの衣装は、赤紫をベースに、黒のレースやリボンなどの装飾が入った長袖のデイドレスである。この季節、日中に着るデイドレスで肩を露出する事はないので、デザインを気にする必要はなかった。
ちなみに二人の衣装に取り入れたロゼワインのような赤紫は、エステルの瞳と同じ色である。
エステルが身に着けたアクセサリーは、アークレインが用意した金細工のセットで、彼のラペルピンとお揃いのデザインになっていた。
今日は銃は携帯していない。王宮に入る前には厳しいボディチェックがあり、武器は持ち込めないようになっているからだ。
二人で並べば一対になる装いは少し気恥ずかしい。
整った容貌の彼の隣に立って見劣りしないか心配になってくる。
「よく似合ってるよ、エステル」
エスコートのために手を差し出してくるアークレインの方こそ、見た目は理想的な王子様だ。その手を取って身を寄せると、ベルガモットの香りがした。アークレインと何度も接するうちに気付いた。これは彼がいつも纏っている香水の香りだ。
「ティーパーティーの参加者は父上と王妃だけだからそんなに気負わなくていい。ただ、パーティの間の父上と王妃のマナの状態は後で教えてくれるかな?」
「はい」
エステルは頷くと、アークレインと一緒に王家の紋章がついた馬車に乗り込んだ。
国王の住まいであるアルビオン宮殿は、首都の北に位置しており、十二の建物で構成されていた。
この十二の建物には、それぞれ黄道十二星座にちなんだ名前が付けられていて、王族は七歳の誕生日を迎えると宮が一つ与えられ、両親から離れて宮で暮らすのがしきたりだった。
王妃主催のティーパーティーの会場は、国王と王妃の住まいである獅子宮である。
馬車の中では、アークレインがエステルに溺れているという演出の為並んで座る羽目になり、精神力が削られた。
頭痛を覚えながら馬車を降りると、獅子宮の女官が待機していた。そして女官の案内を受け、ティーパーティーの舞台である部屋に入ると、その中には既に国王夫妻の姿があった。
「父上、義母上、連れて参りましたよ。エステル・フローゼス嬢です」
王妃本人を目の前にしたら、ちゃんと
「ローザリアの輝ける太陽、国王陛下、並びに王妃陛下にエステル・フローゼスがご挨拶申し上げます」
アークレインの紹介を受け、エステルは王と王妃に拝謁する際の正式な口上を述べた。
「ようこそ、アークレイン、エステル嬢。どうぞ、お掛けになって」
トルテリーゼ王妃から許しが出たので着席したエステルは、こっそりと国王夫妻を観察する。
(……殿下の嘘つき)
二人ともマナが陰っているところを見ると、エステルはあまり歓迎されていないようだ。陰り具合は王妃の方がより昏い。
トルテリーゼ王妃にとって、オリヴィア・レインズワースよりエステルの方が都合がいいという推測は何だったのだろう。
国王サーシェス・エゼルベルト・ローザリアは、アークレインが歳を取ればこうなるであろうという容姿のおじさまだった。
若かりし頃は社交界で絶大な人気を誇っていたと聞いた事がある。その面影は今も残っていて、歳を重ねた事による大人の魅力があった。
サーシェスはアークレインやリーディスと同じく《覚醒者》だ。強力な念動力の使い手で、アークレインよりは劣るものの、王族らしく大きなマナの所持者である。
その横に並ぶトルテリーゼ王妃も大輪の薔薇の花のような華やかな女性だ。紅茶色の髪に強い光をたたえる青い瞳が印象的で、威厳と気品に溢れている。
オリヴィア・レインズワースやロージェル侯爵家の人々にも共通する青い瞳は、南部の王家に近い高位貴族に多い色合いである。
トルテリーゼ王妃は、王家のスペアとも称されるマールヴィック公爵家の出身だけあって、国王やアークレインにも共通するロイヤルブルーの瞳の持ち主だった。
エステルも伯爵家の娘だ。社交界にデビューした二年前に国王夫妻と面会している。
だが、こんな風に私的な空間に招かれるとなると話は別だ。緊張でお腹がしくしくと痛んだ。
「まずは礼を言いたい。我が息子を助けてくれてありがとう、エステル嬢」
「私からもお礼を申し上げます。暴徒の凶弾から我が国の第一王子を守って下さり感謝しております」
「王家を支える藩屏の一員として当然の事をしたと存じております」
そんな会話を皮切りに、エステルにとっては針のむしろとなるティーパーティーが始まった。
「フローゼス伯爵領は我が国でも有数の豪雪地帯と聞いているわ。そろそろ雪が降り積もる時期なのかしら?」
「そうですね。だいたい十二月頃から積もり始めます」
「令嬢の領地は竜生息地の北限だったか。今年も竜害がいくつか発生したそうだね。補助金に関してはそろそろ裁可がおりてそちらに連絡が行くと思う」
「お気にかけて頂きありがとうございます」
「晩冬から初春にかけてが竜伐のピークだったかしら? フローゼス伯爵自ら陣頭指揮に立たれると聞いたわ」
「はい。竜を狩る事は領民の生活の安定にも繋がりますから……」
表面上はにこやかに、穏やかに当たり障りのない会話を交わす。しかり国王夫妻のマナは陰っており、彼らの本音は別の部分にある事を示している。
お茶もお菓子も王室御用達の最高級品なのに、ちっとも味がわからない。エステルはひたすら早く時間が過ぎるよう祈った。
「……そろそろ本題に入ろうか」
どれくらい経った時だろうか。国王がぽつりと切り出してきた。
「そうですね、そろそろ父上と義母上にもエステル嬢の人柄はおわかり頂けたのではないかと思います。私は彼女を妃として迎えたいと思っております」
受けて立ったのはアークレインだった。
「第一王子妃という事は、未来の王妃になる可能性があるという事だ。アークレイン、資質と言う意味ではオリヴィア嬢の方が良いように私には思えるのだが」
言われると思った。婚約秒読みと言われていたオリヴィア・レインズワースに比べたら、エステルは家格も中央への影響力も、どうしたってエステルは見劣りする。
エステルが《覚醒者》である事は王には知らせていない。
王族は生まれてすぐに自分の宮を与えられて育つ。そのためアークレインとサーシェス王との親子関係は世間一般の親子よりも距離があり、完全な味方とは言いきれない状態らしい。
異能の事を明かせばエステルは誰よりも有力な王子妃候補になり得る。しかし王に教えれば王妃に筒抜けになるかもしれないということで、秘密にすることになったのだ。
不穏なマナを向けられるのは精神的にこたえる。
俯いたエステルの膝の上に置いた手に、アークレインの手が伸びてきた。そのまま手を重ねられ、エステルは目を見開く。テーブルクロスに隠されて、国王夫妻からは見えないはずだ。重ねられた手から伝わる温もりに胸がドクリと高鳴った。
「……陛下、大切なのはアークレインの気持ちではありませんか? 確かにエステル嬢はレインズワース侯爵令嬢と比べると色々と足りておりませんが、それは今後の努力で補っていけばいいのです。何よりも大切なのはアークレインの気持ちではありませんか?」
王妃がとりなすように発言した。マナはより昏く陰る。
(でも、どうして?)
中央への影響力が強く、第一王子派の重鎮でもあるレインズワース侯爵家とアークレインが結びつくよりも、エステルがアークレインの妻の座におさまった方が、リーディスを王位に就けたいトルテリーゼ王妃には都合がいいはずだ。
「次期国王の選定には、王子妃の人となりも含めて考える事になる。それは覚悟の上なのか?」
「はい。承知しております」
「……今日すぐに婚約の許しは出せぬ。もう少し検討の時間が欲しい」
「前向きにご検討頂けると信じております」
親子の応酬を最後にティーパーティーはお開きになった。
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