襲撃、そして 03
エステルが寝かされていた部屋は、ロージェル侯爵家の客室で、天井に隠し部屋が設けられていた。これは、要人を泊めた時の警護の為に作られたものらしい。
自分の異能について促されるままアークレインとクラウスに伝えたエステルは、この部屋を使い異能のテストをする事になった。
「……これは信じざるを得ませんね。エステル嬢は確かに《覚醒者》のようです」
「しかもなかなか面白い能力だ。効果範囲は限定的だけど、壁などの障害物関係なしに人がいるかどうかを感知できて、更におおまかな感情も視られるなんてね」
隠し部屋に人を入れ、その人数を当てるテストを何回か繰り返した結果、アークレインとクラウスもエステルの異能を認めたようだ。
しかしアークレイン達が長々と居座るせいで、だんだん頭が痛くなってきた。熱も上がってきた気がする。
「ああ、ごめんね、君は怪我人だった。横になる?」
頭を押さえると、ようやくアークレインはエステルの状態に気付いてくれた。エステルがその言葉に甘えて横になろうとすると、アークレインはエステルの体に手を添えて、横になるのを助けてくれた。
「私にかかった疑いは晴れましたでしょうか」
エステルの質問に、アークレインはクラウスの顔をじっと見た。クラウスは仕方なさそうに息をついた。
「……そうですね。一応は」
「ごめんね、エステル嬢。私も微妙な立場でね。常に暗殺の危険と隣り合わせだから、クラウスも神経質になっているんだ」
クラウスの態度は高圧的なものから若干丁寧な言葉遣いへと変わった。エステルはこっそりとクラウスを盗み見る。
マナの色も落ち着いている。完全に陰りがなくなった訳ではないけれど、敵意がむき出しだったときと比べると大きな変化だ。
「アークレイン殿下は第二王子派から命を狙われています。エステル嬢には失礼な事をした自覚はありますがご理解頂けると幸いです」
「侯爵閣下、頭を上げてください。疑いが晴れたのならそれでいいですから」
「……正直完全にあなたとシリウス殿を信じたわけではありません。暗殺者とは無関係だと確信できるまでは調査と監視が必要だと思っています」
「殿下のお立場は理解しております。私たちにやましい所はありませんのでお好きなだけ調べてください」
真っ直ぐにクラウスの目を見て言い返すと、アークレインのマナが一段階明るくなるのが視界の端に視えた。視線を移動させると、彼はロイヤルブルーの瞳でじっとエステルを見つめていた。
「エステル嬢はどうして《覚醒者》である事を公表していないのかな? 《覚醒者》である事を明かせばすぐに次の婚約者が見つかったんじゃないかと思うんだけど」
「はっきりとわかるわけではないとは言え、人の感情が視える事を誰かに知られるのが怖くて……自分が嫌がられたり怖がられたりするんじゃないかと思うと……」
「エステル嬢の恐れは理解できる気がしますね。正直私はエステル嬢に感情の方向が知られていると思うと不快です」
クラウスの言葉がぐさりと胸に突き刺さった。
「お願いします、殿下、侯爵閣下、この力の事は誰にも話さないで下さい。兄にも言えていない力なんです。もし兄に知られて嫌われたら私……」
「…………」
アークレインはわずかに目を見開くと、思案するように顎に手を当てた。沈黙が気まずい。エステルは右手を胸元に当て、ぎゅっと手を握りこんだ。
「《覚醒者》で伯爵家の出身、しかも中央政界からは一定の距離を置き続けてきた家柄、か」
ややあってアークレインが口を開いた。
「領地は北西の山間部で土地は痩せているものの、魔導石の鉱脈を持っていてそれなりにうまみもある」
フローゼスの事を言われているような気がするが確証は持てない。
考えがまとまったのか、アークレインは顎に当てた手を下ろした。そしてエステルに向き直る。
「エステル嬢、私と婚約しようか」
「は?」
「殿下!? 突然何を言い出されるのですか!」
アークレインの唐突な爆弾発言に、エステルもクラウスもぎょっと目を剥いた。
「エステル嬢の疑いは完全に晴れたとは言えませんよね?」
「白か黒かで言うと、限りなく白に近いと私は思ってるけどね。クラウスも本当はそう思ってるんじゃないの?」
アークレインの指摘にクラウスはぐっと詰まった。
「だからと言ってほぼ初対面に近い女性を婚約者にするなどと……こういう事はもっと慎重に……」
「エステル嬢はどう思う? 新しい婚約者を紹介して欲しいと言っていたよね? 私はどうかな? かなりいい物件だと思うんだけど」
アークレインはクラウスを制し、直接エステルに尋ねてきた。エステルはぽかんと目と口を開けてアークレインを凝視する。
「えっと……急なお話すぎて……」
「何が不満? 自分で言うのもなんだけど、この国に適齢期で私以上の身分を持つ男はいないよ?」
それはそうだ。リーディス王子がまだ十五歳の今、結婚適齢期の男性で一番地位が高いのはアークレインだ。
アークレインは顔がいいだけじゃない。長身で均整が取れた体付きをしているし、公務でも実績を残している。地位、身分、財産、どれを取ってもこの国で一番の男性だ。
「私と婚約すれば、ライル・ウィンティアとディアナ・ポートリエを見返せるよ。あんなに噂になって君は悔しくないの?」
それは悪魔の囁きだ。ライルにそれほど恨みはないが、ディアナ・ポートリエにはエステルも思うところがある。
だけど、
「お、王子妃という立場は、私には恐れ多い、です……」
そう簡単には頷けない。
アークレインは現在第一王位継承者ではあるものの、世論が割れている影響で立太子の儀式を行えていないため、将来国王になれるかどうかが確定していない。
仮にアークレインが王になった場合、妃には王妃という重い王冠がのしかかってくる。
かといって政争に敗れた場合、どうなるかわからない。地方の王家直轄領の領主として悠々と過ごせる可能性もあれば、投獄される危険性もある。
「エステル嬢は奥ゆかしいね。何が問題? この顔は好みじゃない?」
そう言いながらアークレインは、横になったエステルに覆いかぶさり顔を寄せてきた。至近距離に近付いてきた秀麗な顔に、胸がドキリと高鳴った。
「で、殿下はとっても綺麗なお顔をされていると思いますが、下手したら幽閉とか処刑とかされちゃうかもしれない立場はちょっと……」
「リーディスに負けた時の事を考えてるのかな? 私も命は惜しいからね、なるべく穏便な未来になるよう努力はしている所だよ」
「それって確定じゃないですよね? なら結構です。私も命は惜しいので」
「随分と嫌がってくれるね。でも知ってるかな? 王族である私が望めばお前に拒否権は無いんだよ」
逃げ腰になるエステルの退路がアークレインの両腕に防がれた。ベッドに横になっているため、上から押さえ込まれるような態勢だ。
「お待ち下さい! 殿下にはオリヴィア・レインズワース嬢がいらっしゃるのでは!?」
「そうだね、君という存在が登場しなければ彼女と婚約していたかもね。だけど生憎私は彼女があまり好きじゃなくてね」
「そうなんですか?」
エステルは驚くと同時にオリヴィアが可哀想になった。アークレインの傍にいる彼女のマナの輝きと表情は、全力で王子様に恋をしているように見えたからだ。
「彼女はどうも私の妃になって当然と思っているような部分があってね。その傲慢なところがどうにも好きになれないんだ」
「私にだって傲慢で我儘な部分はあります」
「そうかもしれないね。私はエステル嬢の事をよく知らない。傍に置けばオリヴィア嬢のように嫌な部分が目に付いて疎ましく思う可能性があるかもしれない」
「そう思われるなら取り消してください! 私には殿下のお相手なんてとても務まりません」
「それは出来ない。だって君には他の誰にもない利用価値があるから」
そう言ったアークレインの表情には、酷薄な笑みが浮かんでいた。
ほんの少し前までの、春の日差しのような王子様の面影はそこにはない。穏やかで優しげな表情は仮面で、恐らくこちら側が本性に違いない。
「利用価値って、何ですか……?」
「エステル嬢は意外に愚鈍ですね」
震えながら尋ねたエステルに答えたのは、それまで静観していたクラウスだった。棘のある言い方にエステルはむっとする。
「アークレイン殿下は第二王子派の過激派による暗殺の危険に晒されています。しかしあなたの異能があればある程度未然に防げるとは思いませんか?」
「私は第一王位継承権に執着はないんだけどね。公言もしているんだけど、過激な連中には信じてもらえなくてね。さすがに死ぬのは嫌なんだ」
アークレインはうんざりとした表情でため息をついた。
「防犯用の鳴子代わりに私を使うおつもりですか」
「その通りだ。だけど勿論それだけじゃない。エステル嬢の異能は王家としては是非取り込みたい能力だ」
「この能力が子供に引き継がれるとは限りませんよ?」
「そんな事はわかってるよ。でも頑張って種を撒いておけば、将来的に隔世遺伝で芽吹く可能性はあるよね?」
「なっ!」
夜の生活を婉曲に表現されて、エステルの頭に血が昇った。
「エステル嬢、お気の毒ですが殿下に目を付けられた以上は諦めたほうがいいです」
哀れみを含んだクラウスの視線にエステルは呆然とした。
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