襲撃、そして 02
マナは魔導具の動力になるだけでなく、自然治癒力にも関わっている。
マナの保有量が多い貴族は、例え異能に覚醒していなくても、平民に比べると頑丈で、病気や怪我をしても治りが早い傾向にあった。
エステルもまた例外ではなく、翌朝には起き上がれるくらいに回復していた。
左腕は動かせないしまだ微熱があるが、食欲も出てきている。消化の良い食事を出してもらい、包帯を替えてもらうついでに体を拭いてもらうと随分とさっぱりした。
(また傷が増えちゃった)
甲斐甲斐しく世話をしてくれる
朝一番に侯爵家の主治医が来てくれて、エステルに傷の状態を説明してくれた。
銃弾は幸い左の上腕部の肉を抉っただけだったため、治るまでにさほど時間はかからないだろうとのことだった。
しかし、恐らく傷痕が残ると宣告された。これは、使用された銃が魔導銃だったせいだ。
魔導銃は一定以上のマナを持つ者にだけ扱える銃だ。使用者のマナを引き金を引く度に吸収し、エネルギーに変換して射出するという仕組みになっている。この銃による傷は厄介で、他者のマナが傷口に干渉するため、たとえ貴族の治癒力をもってしても綺麗には治らないと言われている。
つまり。今後は肩や上腕がむき出しになったドレスは着られなくなるという事で――未婚の令嬢としての価値がまた下がったという事でもあった。
王族を守れたのは一貴族としては喜ばしい事だけど……自分の将来のことを考えたら逃げるべきだった。エステルはため息をついた。
「あの、お嬢様、申し上げにくいのですが……」
おずおずと
「何?」
「アークレイン殿下と旦那様がお嬢様とお話をしたいと……お通ししてもよろしいでしょうか?」
傷のため丸二日入浴できておらず、衣服は寝間着に等しいガウン姿だ。
こんな姿で男性に会うのは酷く抵抗がある。しかし王族の要望は断れない。
「わかりました。お会いします」
エステルは頷くしかなかった。
◆ ◆ ◆
エステルが滞在する部屋を訪れたアークレインとクラウスは、眩しいくらいにきらきらしていて、エステルはぼろぼろの自分が恥ずかしくなった。
金髪の王子様に銀髪の侯爵様。対するエステルの髪は平凡な茶色で、婚約破棄という傷に加え、銃による消えない傷も体についてしまっている。輝かしい貴公子たちに比べて自分はなんて惨めなんだろう。
エステルは俯くと、肌を少しでも隠すために羽織らせてもらったショールの前を無事な右手でかき合わせた。
アークレインはベッド脇に設置された椅子に腰掛けると、エステルに向かってにこやかに微笑みかけてきた。クラウスはその後ろに控えている。
「エステル嬢、まずはお礼を伝えたい。ありがとう。君が身を挺して庇ってくれたおかげで命拾いしたよ」
「……考えるよりも先に体が動きました。殿下にお怪我がなくて何よりです」
「体の具合はどうかな? 熱は下がったと聞いたけど」
「まだ微熱がありますが、昨日に比べると良くなりました」
「傷痕が残ると聞いたよ。未婚の令嬢に本当に申し訳ない。私としても出来る限りの事はさせてもらいたいと思っている。例えば新しい婚約者を紹介するとかね」
アークレインの言葉にエステルは弾かれたように顔を上げた。
「君に起こった不幸の事は知っているよ、エステル嬢。ウィンティア伯爵家との婚約がポートレイ商会のせいで破談になったんだよね。ポートレイ商会は第二王子派だ。向こうとなるべく顔を合わせない為にこちら側の派閥に近付いたってとこかな?」
「……殿下の仰る通りです。もしフローゼス伯爵家に有益になるような男性をご紹介頂けるのであればとても嬉しいです」
エステルが認めると、アークレインは鷹揚に微笑んだ。
「いいよ。君にぴったりの男性を紹介してあげる。……でもその話をする前にね、少し君に確認したい事があるんだ」
その言葉と共に、アークレインのマナが一気に陰った。
(なに……?)
マナが陰っているのはアークレインだけではない。クラウスもだ。
エステルは疑問と共に恐怖を覚えた。アークレインの顔は微笑んでいるのに、まるで獰猛な獣に獲物として見定められたような錯覚を覚える。
「狙撃犯が銃を撃つ前の君の動きについてなんだけど……踊りながら不審な動き方をしたよね? 私をどこかに誘導するように。それはどうして?」
エステルは青ざめた。どうしよう。答えられない。
異能の事は知られたくない。どう説明すればいいんだろう。
「答えられないのは疚しいところがあるからじゃないのか? エステル・フローゼス」
クラウスが割り込んできた。その発言にエステルは目を見開く。
「お前とフローゼス伯爵は今日初めて当家の夜会に顔を出した新参者だ。殿下の覚えをめでたくし、取り入るためにあの男をここに潜り込ませたのではないか?」
「は?」
クラウスの言葉を頭が噛み砕き理解するまで時間が必要だった。
「狙撃は兄と私の自作自演――閣下はそう仰っているんですか?」
「シンプルにお前たちが暗殺計画の首謀者である可能性も含めて調査中だ。ちょうどフローゼス伯爵には邸に留まって貰っているからな」
「どういう事ですか!? 兄に何かしたんですか!」
クラウスの高圧的な物言いに恐怖が募る。
「クラウス、そういう態度は良くないよ。エステル嬢はまだ容疑者の段階なんだから」
アークレインが取り成すように間に入ってきた。
優雅な笑みを浮かべているが、目は笑っていないしマナも陰っている。
「フローゼス伯爵には今のところは何もしていないよ。客室で過ごしてもらっている。この二日間、様子を観察させてもらったけど、君を心配して酷く憔悴しているように見えるね」
エステルはごくりと固唾を呑んだ。
「……兄に会わせて下さい」
「それはできない。口裏を合わせられたら困るからね。君のお兄様を尋問するもしないも、まずは君の返答を見てから決めようと思っていてね」
「兄はそのような大それた事を考える人間ではありません。ちゃんと調べて頂いたらわかるはずです!」
「狙撃犯は自殺した。今のところ背後関係は何も分かっていない」
冷淡な表情で告げたのはクラウスだった。一方、アークレインはあくまでも穏やかだ。
「何か知っている事があるのなら話して貰えないかな? 君の大切なお兄様の為にも」
態度だけ見れば飴と鞭だ。氷のような容貌に高圧的な態度で責めるのがクラウスなら、アークレインは諭すように優しく語りかけてくる。
しかし、マナが感じ取れるエステルにとっては、二人がかりできつく責め立てられているのに等しかった。
「……ダンスの途中にあの人が見えたんです。殿下を狙っているのがわかったので少しでも距離を取ろうと思いました」
「あの人ごみの中、あれだけの距離があって狙撃犯に気付いただと? 嘘をつくにしても随分と陳腐だな」
クラウスから絶対零度の視線が投げ付けられた。氷の侯爵の異名にふさわしい冷たい目だ。
「クラウス、エステル嬢が怯えてるよ」
微笑をたたえながらマナを陰らせるアークレインも、エステルにとっては恐怖の対象だ。
アークレインのマナの禍々しさが増した。と思ったら、唐突に長い足が伸びてベッドサイドの机を蹴飛ばした。
エステルは突然の乱暴な態度にびくりと身を竦ませた。
「私はあまり気の長い方じゃないんだ。優しく聞いているうちに教えて貰えないかな?」
アークレインの顔からすっと笑みが消えた。怒りをたたえる青い瞳がエステルを射抜く。
怖い。王族で《覚醒者》でもあるアークレインのマナは誰よりも密度が高く全身を覆い尽くすほどに大きい。その濃密なマナが怒りのせいで昏く陰っている。
「う、嘘じゃありません。私は《覚醒者》で……マナが視えるんです。それで、酷い悪意を含んだマナが視えて……」
「だから嘘をつくならもっとマシな嘘をつけと言っただろう!」
クラウスが再び噛み付いてきた。
「嘘じゃないです! 私本当にマナが視えるんです! 今部屋の外に二人、天井にも一人どなたかいらっしゃいますよね? 殿下の護衛だと思うんですが」
震えながらエステルは言い募った。途端にクラウスのマナが殺気を帯び、エステルは身を竦ませた。
「天井、ねえ……天井のどの辺りにマナを感じるのかな?」
アークレインの質問に、エステルは震えながら天井を指さした。
「このベッドからシャンデリアの間辺りです……」
「へえ……」
「……殿下」
アークレインはクラウスと目を見合わせた。
クラウスの敵意はそのままだが、アークレインのマナの陰りはすうっと収まる。
「エステル嬢に異能があるというのは本当かもしれないね。確かに外に二名、天井にも一名、私の護衛が控えている」
「殿下、一体何を言い出すんです!」
「クラウス、エステル嬢は天井の隠し部屋の位置を正確に言い当てたんだ。《覚醒者》と考えてもいいんじゃないかな」
「それは……そうかもしれませんが……」
「エステル嬢、君の異能について、もっと詳しく教えて貰えないかな?」
こちらに向き直ったアークレインのマナは、好奇心からかキラキラと輝いていた。
エステルは何やら嫌な予感を覚え、ごくりと唾を飲み込んだ。
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