第2話・わたしとパーティーを組みませんか?

「――はぁっ!!」


 勢いよく身体を起こすと、そこは、この世界で初めて目を覚ました、自然が豊かで平和なあの場所だった。


「そうか……俺、女の子を助けようとして……だけど、俺が弱すぎて負けたんだ」


 助けようと現れて、返り討ちにあってゲームオーバーだなんてダサすぎる。


 ……格好悪い。


「メニュー画面を見る限り、特に残基があるわけでもなさそうだな……死んだら、最初の地点に戻されるのか」


 ……いや、違うな。最初の地点とも限らない。

 俺はここで、一度セーブしているわけだから、単純に、最後にセーブした地点に戻ってきただけかもしれない。


「……あ、そうだ」


 俺は、試しにその場でまた〈セーブ〉をした。そして、数歩進み、メニュー画面を立ち上げ、ズラリと並ぶ項目の中から〈SKILL〉開き、〈ロード〉を選択した。


 直後、意識が途切れた。だが、それは一瞬のことで、俺は数歩移動した場所ではなく、


「なるほど……〈セーブ〉と〈ロード〉を体感できるなんて、面白いな。ゲームの住人は、プレイヤーが毎回ロードする度に、こんな感覚を味わってたのか」


 ふむふむ……と俺は関心した――待て! 関心している場合じゃない!


「俺がやられたあと、あの女の子はどうなったんだろう……」


 ボコボコにやられる俺を見て、心底絶望しただろうし、失望しただろうな……。


 女の子はあのまま、どうなってしまったのだろう。……もし、あの男たちの好きなようにされてしまっていたら。


 わからないが、とにかくさっきの場所まで行ってみよう。


 ――どうかまだ、あの子が連れ去られていませんように。


 そう願いながら、さっきやられた場所まで走っていくと、あの男三人組と女の子は果たして、そこにいた。


 囲まれた女の子は怯えている。


「いいじゃん、少し遊んでこうよ」

「乱暴はしないからさ〜」


 男たちはそう言って、無理やり少女をどこかへ連れて行こうとする。少女は声を上げて、必死に抵抗している。


 ――ん? この光景、見覚えがある……前回と全く同じじゃないか?


「嫌なのです! 行きたくないのです!」

「楽しいことするだけだからさ!」

「嫌っ……、誰か! 助けて!」

「声を上げるな!」


 一人の男は少女の顔を殴った。

 少女はすっかり怯んでしまって、小刻みに震えている。


 ――あの野郎……また殴ったな!


 怒りが込み上げてくる。女の子を殴るなんて最低だ。

 特に大事な顔を殴るなんて……絶対に許せん!


 ……しかし、どうして全く同じやり取りが起きているのだろう?


 もしかしてあれは……一種のイベントなのか?

 あの人たちは、俺のような〈プレイヤー〉ではなく〈NPC〉――ノンプレイヤーキャラクターなのかもしれない。


 もしそうなのだとしたら、別にイベントを受けなくてもいい――言い換えれば、助けなくてもいい、という選択が俺にはあるわけだ。


 あの男たちと俺の間には、圧倒的なレベル差と技術的差がある。今の俺じゃ勝てるわけがないし、もっと楽そうなところからやっていくものアリだよな。


「…………」


 俺は、その場で〈セーブ〉をした。

 

 本当、何を考えているんだ、俺は。

〈NPC〉だから見捨てる? いつから、そんなクソ野郎になったよ、まったく。


 俺は、再び奴らの前に顔を出した。


「――〈NPC〉だろうと、女の子を見捨てられるわけねぇだろ!」


 俺は背中の剣を抜いて、奴らに向かって振りかざした。


 一人の男に剣が掠った。だが、相手の怒りを買っただけで、全くダメージを受けていない。


「なんだテメェは!?」


 俺は構わず、続けて剣を振り回した。剣の持ち方も、振り方も全く知らない。コントローラー越しでしか触れてこなかったんだ。自分の腕をどう上げて、どう動かせばいいかなんて、見当もつかない。


 ――だけど!


 今度は力いっぱい剣を横に振ったが、相手の男に避けられてしまった。俺は勢い余ってよろけてしまう。


「弱ぇくせにしゃしゃり出てくんな!」


 別の男が背後に回っていたのだろう。俺は後頭部を思いっ切り殴られ、意識を失った。





 ◇





 気づいた時には、セーブした地点に戻っていた。目の前で、男たちに囲まれて怯えているあの女の子がいる。


 頭がまだ痛いような気がする。

 できれば、痛覚まで再現はしてほしくなかった。

 何度も殺されるなんて、こっちとしては全くいい気分はしない。


 俺は剣を抜いて、息を整える。


 ――大丈夫。何年ゲームをやってきたと思っている。


 覚悟を決めた俺は、あの男たちに向かって斬りかかった。




 ◇




 またやられたらしい。

 でも、ちょっとずつ動き方は覚えてきた。




 ◇




 奴らの行動パターンは単純だ。

 覚えろ。身体に叩き込め。

 三人の男の配置と行動規則を暗記するんだ。




 ◇




 アイツらは殴る蹴るしかしてこない。魔法なんてものも持ってないんだ。

 剣を持っている、俺のほうが圧倒的有利なはずだろ。




 ◇




 ――それに俺は、見かけだけでも勇者なんだ!


「これで、終わりだ!」


 俺の振りかざした剣が男の顔面に、見事にヒットした。男は背中から地面に倒れた。

 木でできている剣は、男の顔面を斬ることはないが、気絶させるには十分だったようだ。


「よし、あとの二人も……!」


 俺は残りの男たちに剣を構えると、二人は恐れおののいたか、逃げ出していった。


 ――勝った、のか?


 勝利の嬉しさより安堵感が強い。

 すっかり力が抜けてしまった俺は、その場に座り込んだ。


 何回、繰り返しただろう。

 何度、奴らに殺されただろう。

 その度に、激しい痛みと悔しさを、幾度味わったことだろう。


 だけど、俺はやったんだ。


「……勇者様!」


 ――彼女を、助けることができたんだ。


 彼女――トンガリ帽子を被ったその女の子は、急いで俺の元へ駆け寄ってきた。


「勇者様、大丈夫なのですか? こんなわたしのために……」

「そんなことないさ。それにこんな怪我、どうってことない……イテテ」


 いざ、大丈夫だと腕を上げようとしたら、痛みで上げることができなかった。最後の最後で、格好がつかない。


 女の子はどこかから杖を取り出すと、俺の腕の前でそれを掲げ、


「〈ヒール〉!」


 と、唱えた。


 すると、なんということだろうか。俺の腕はすっかり軽くなり、痛みもどこかへ消えてしまった。


「すげぇ……! 回復呪文が使えるのか!?」

「はい。……って言っても、まだこれしか使えないのです。まだまだ見習いなので……。あ! そうなのです!」


 女の子は立ち上がって頭を下げた。


「こ、この度は本当にありがとうございましたなのです! プレイ直後に、突然変な男の人たちに絡まれて散々だったのです……」


 女の子の気持ちと連動するように、トンガリ帽子もシュンと項垂れた。


「あはは……それは災難だな」


 いきなりそんな目にあうとか、俺だったらすぐにゲームを抜け出して、レビューに星2をつけてやるところだ……って、ちょっと待て。


 ――今、って言っていたか?


「もしかして……アンタも、俺と同じ〈プレイヤー〉?」


 女の子は大きく頷いた。


「はい! わたし、〈見習い魔法使い〉の鳳来舞伎ほうらい まきと言います! ……って、あわわ! わたしったら、つい本名を……! えっと、ゲーム名はマキってことにしてほしいのです! そう呼んでほしいのです!」


 結構ドジなところもあるの……かな? でも、すごく可愛らしい子だ。


 〈JOB〉は〈見習い魔法使い〉か。見習いってついてるから、まだまだこれからってことなのかな?


 俺も立ち上がって、マキさんに名乗る。


「俺は、ユータ……、神風勇太かみかぜ ゆうただ。〈JOB〉は〈勇者〉……みたいだ。って言っても、全然強くないんだけどな」


 名前ばかりの勇者だよ、と俺は伝えた。

 マキさんは笑って、


「そんなことないのです。勇者様はわたしにとって、立派な勇者様なのです」


 と言ってくれた。


 天使か、この子は。


「あの、勇者様」

「はい。……って、別に、俺のこと『勇者様』なんて呼ばなくてもいいんだぜ?」

「わたしがそう呼びたいのです。助けてくれた、恩人だから」


 マキさんはそう言った。

 なんだか、その笑顔を見たら、あの男たちに何度も挑戦した甲斐があったというものだった。


「……あの、もし勇者様がよければなんですが、わたしとパーティーを組みませんか?」

「……パ、パーティー?」


 パーティーというのは、ゲームでいう、仲間になってくれってことかな。


「はい。わたし、勇者様に恩返しがしたいのです。助けてくれた勇者様のお力になりたいのです。……ダメ、ですか?」


 ……この先、俺ひとりだけじゃ絶対に乗り越えられない局面も出てくるだろう。

〈ヒール〉の使えるこの子がいれば、戦闘も有利になり進めやすくなるはずだ。


 ――それに、ともに遊ぶ仲間が増えるっていう、こんなにうれしいことはない!


「ああ! こちらこそよろしくな、マキさん!」


 マキさんの顔が、パァっと明るくなった。


「ありがとうなのです! ……それと、勇者様」


 マキさんは、少しモジモジしながら、上目遣いに言う。


「マキさんじゃなくて、『マキ』って呼んでくださいなのです」


 マキさん――マキのお願いを、拒否する理由なんてなかった。


「わかった。これからよろしくな、マキ!」


 何度も諦めずに戦った末、俺はこのゲームで初めての仲間と出会った。

 それは、〈見習い魔法使い〉のマキ。


 これから、どんな冒険が始まるのだろうか。


「今いる国の中心地といわれる、〈紫苑街シオンガイ〉という街にギルドがあるらしいのです。そこで、クエストとか受けられるみたいなので、いっしょに行きませんか?」


 俺はもちろん了承した。

 ちょうどやることもなかったところだしな。


 マキに案内され、街を目指す。


「仲間ができて、わたしも安心なのです。あんな男の人たち三人を一発で倒してしまう勇者様といれば心強いのです!」


 街を目指す途中、マキはさっきのことをそんなふうに話した。


「いや〜それほどでも……」と言いつつ、その言葉に引っかかりを覚えた――という言葉に。


 俺は、決して一発で倒してなんかいない。結果だけをみればそうだが、それまでの間に、何度も何度も、繰り返し挑んでいた。


 繰り返す度に、違和感はあったんだ。

 そして今、それが疑念に変わった。


 どうして、俺がゲームオーバーする度に、毎度同じことを繰り返していたのか。初めは、マキとその男たちが、単純にゲームのイベントの一部である、つまり彼らは〈NPC〉である――そう思っていた。

 だが、新たな事実として、マキは〈NPC〉ではなく、本物の〈プレイヤー〉だと判明した。


 プレイヤーなら、俺がゲームオーバーになっても関係なく、マキはマキの時間が進むはずだ。でも、その口振りから、マキは俺が男三人に打ち勝った時間軸しか認識していない様子。


 ――どういうことだ?


「……なぁ、マキ。ひとつ聞いていいか?」

「なんでしょう?」


 ここははひとつ、マキに聞いてみることにした。


「マキも、〈セーブ〉や〈ロード〉って、もう試したか?」


 マキは、なんとも不可思議なことを聞かれたとばかりな顔をして、首を傾げた。


 俺、そんな変なこと聞いちゃったかな……?

 しかし、次に紡がれるマキの言葉は、予想外のものだった。


「それはどういう意味なのです? だって、このゲームは自動オートセーブなのですよ」


 ――自動オートセーブ、だって?


「ロードというのもよくわからないのです……。勇者様のいうそれは、なんなのですか?」


 マキは俺に嘘をついているようにはみえない。でも、自動オートセーブだというのなら、俺のメニュー画面にあるこれはなんなのだろう。


「マキのメニューにはないのか? 〈セーブ〉と〈ロード〉は……?」


 マキは首を横に振った。


 俺だけなのか、この二つを持っているのは?


 ……でも、頭の片隅では気になってはいた。

〈セーブ〉と〈ロード〉が、何故か〈SKILL〉の項目の中にあることに。


 もしかして、これは――『やり直し』ができるスキルなのか?


 それは、ほかの〈プレイヤー〉の……いや、それ以上に、自分以外の時間を巻き戻せるほどの、大きなスキルだったりするのか?


 そう考えたら、一連の流れに納得はいくが……。でも、そんなこと、システム的にも、現実的にもありえなくないか……?


 しかし、こうして実際に、それが起きている。


「…………」


 ……まあいい。まだゲームは始まったばかりだ――俺としてはさっきの戦いで何度も繰り返して、ゲームのプレイ時間自体は長くなってはいるが――少しずつこのゲームを知っていけばいい。慣れていけばいい。


 とにかく、先に進めば何かわかるかもしれない。


「あ、メニュー画面と言えば勇者様。わたし、ひとつわからないことがあるのです」


 マキは言う。


「このゲーム、やめるときは、どこからログアウトすればいいのですか?」

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