序章・選ばれし者

第1話・Inside Alive Quest

 心地の良い音が聞こえる。


 これは……水の流れる音だろうか。

 柔らかい風が全身を撫でていく。心が落ち着いていく。気持ちが良い。


 ここは……どこだろうか?


 俺はゆっくりと目を開けた。


 太陽がキラキラと登っていた。

 俺はその眩しさに目を細めながらも、身体を起こした。


「あれ……俺はなんでこんなところに……?」


 すぐ近くで川が流れていた。

 俺はなんとなくその川を覗き込んだ。


 水面に映る自分は、なんとも平凡な顔をしていた。間違えようのない、自分自身の顔だ――だが、その頭だけは違った。自らが絶対に付けないようなターバンを頭に巻いていたのだ。


 全く覚えがない……と思いながら顔を上げ、さらに自分の身にまとっていた衣服が目に入った。


 立ち上がってその場をクルクルと回転しながら自分の格好を確認する。


 立派とは言い難いが、それなりの形をしたマント。

 背に携えた木でできた剣。

 小さな穴が空いているボロボロな靴。


 この格好はまさに……!


「勇者だ……!」


 ――かなり初期のほうの勇者だ! まだ装備が万全じゃない、冒険を始めたばかりの貧乏よりの勇者の格好だ!


 そして俺は全てを思い出した。


「そうだ! 俺、ゲームの世界にいるんだ!」


 いきなり何を言っているんだと思うだろうが、順に聞いてくれ。


 まずは、俺がここに来る前の話をしよう。





 ◇





 俺、神風勇太かみかぜ ゆうたは大きなダンボールを目の前にし、ウキウキで開封を始めた。


 ――ついに来たんだ、この時が!


 中にはティッシュくらいの大きさの黒いボックスとヘッドフォンが入っていた。説明書を片手に、それをセッティングしていく。

 ものの10分ほどで、それは完成した。


 ボックスにネットワークが繋がったことも確認し、いよいよそれをやる時がきた。


 それとは――今日発売された、最新VRゲーム〈Inside Alive Quest〉だ。


 日本で先行発売されたゲームで、ゲーマーだけではなく、世間、そして世界からも注目されていたゲームだ。


 日本で先行発売されたのは、このゲームを作り出したのが、日本のゲーム会社だったから……って、そりゃ説明いらないよな。


 とにかく、俺はこの時を……情報解禁された何年も前から待っていた!


 このゲームは、『ゲーム世界を堪能する』というのがメインのゲームだ。いわゆる、シミュレーションゲームに近い。


 このゲームは、特に決まったメインストーリーがあるわけではない。自分の思うままに過ごせばいいのだ。


 クエストに専念するのも良し。ファンタジーな世界を旅するのも良し。経験値を積み、ひたすら強さを求めてくのも良し……という、とにかく自由度の高いゲームだ。もちろん、オンライン上で色んなプレイヤーと交流も出来る。そういったことが全部、もうコントローラー越しではなく、自分自身で体験し遊べるというのだ。


 ――技術の進歩ってやっぱすげぇ!


「……だけど、これだけで本当にゲームができるんだろうか」


 あとは、このヘッドフォンを装着して、ゲームを起動させるだけ、と説明書には書いてある。ヘッドフォンから、波? みたいなのが出て、意識はゲームの世界へ引き込まれるらしいが……。本当にそれだけでゲームの世界に入れるのだろうか。


「まあ物は試しだ。せっかく給料一か月分突っ込んで買ったんだ。楽しませてくれよ……!」


 胸の高鳴りを感じつつ、俺はヘッドフォンにあるゲームのスイッチを入れた。


 刹那、俺の意識はなくなった。




 ◇




 そんな訳で、今、こうしてゲームの世界にいるわけである。


「でも本当にすげぇ……! 手を握る感覚も、風の感覚も……」


 俺は近くに咲いていた花に顔を近づけた。


「……匂いもする。……すげぇ……すげぇ!」


 俺はとてつもなく興奮していた。

 今までゲームをしてきた中で、一番テンションが高まっている。


 だってここ、ゲームの世界なんだぜ?

 ゲームの世界だというのに五感がしっかり働いている。


 まるで、本当にこの世界で生きているみたいだった。


「……と、まあ無事ゲームが始まったことは確認できたけども……これからどうすればいいんだ?」


 こんな豊かで平和的な自然の中で、モンスターがいきなり現れる、なんてこともなさそうだし。

 何から始めればいいのか、さっぱりだった。


「説明書も最後まで読まなかったしなぁ……。まずは、どこへ行けばいいんだろう」


 今の俺には、ファンタジー世界の体験ができるゲーム、くらいしか情報がない。

 まさか、この自由度の高さが仇となるとは思わなかったぜ。


「あ、ゲームといえば、なんかメニュー画面とか確認できないのかな?」


 そう思った瞬間、眼前にはゲームでよく見るようなメニュー画面が表示された。


 ……す、すげぇ。超未来的だ……!


 俺はここに来てから「すげぇ」しか言ってない気がする。もうそれしか言葉が出てこないくらい、感動していた。


 メニュー画面にはまず〈勇者〉と表示されていた。やはり俺の〈JOB〉――ゲームにおける役割は、見た目どおりの勇者らしい。

 結構ラッキーなんじゃないか? 勇者って。


 このゲームは自分でキャラクターを選べるわけじゃない。そのプレイヤーに応じて、AIが自動でキャラクターを作成、初期の役割を決めてくれるらしい。最近のAIはめちゃくちゃすごいのである。


 メニュー画面にはその他に、〈STATUS〉、〈ITEM〉や〈FRIEND〉など、いくつかの項目が並んでいた。


 俺は、その中でも、特に興味を引かれた〈SKILL〉を見てみることにした。


 今の俺の格好は、誰がどう見ても勇者だ(初期の格好だけど)。それなりの技を持っているに違いない。


 そう期待しながら、〈SKILL〉をタップしたその先には――なんとも、シンプルな文言が二つあった。


 〈セーブ〉と〈ロード〉だ。


「…………」


 それは誰もが持っている。


 なんで、そんなものがわざわざ〈SKILL〉の中にあるんだよ。


「……つまり、俺は『ノースキル』ってことか?」


 ――勇者なのに?


 …………。


 まぁ、これからレベルアップしていったら技も覚えていくだろうし……。

 俺は落胆しつつも、とりあえず〈セーブ〉をした。


『セーブされました』と文字が浮かんだのを確認し、そのままメニュー画面を閉じた(閉じる、と意識すればできた)。


「とりあえず、適当に歩いてみるか」


 俺はひとりそう呟いて、この自然の中を歩み始めた。


 しばらく歩いているいると、途中で舗装された道を見つけた。

 今度はその道沿って歩いていくと、ちょっとずつ景色に建物が見え始めた。


「もしかすると、このあたりは村なのかもしれないな」


 色々と探索をしていると、遠くから声が聞こえた。

 声のするほうへ行くと、一人の少女が、いかにも厳つい顔をした、不良じみた男三人に囲まれていた。


 あの格好は魔法使い……とかなのだろうか? 大きなトンガリ帽子を被っている少女は、怯えた顔をして小さくなっていた。


「いいじゃん、少し遊んでこうよ」

「乱暴はしないからさ〜」


 男たちはそう言って、無理やり少女をどこかへ連れて行こうとする。少女は声を上げて、必死に抵抗している。


「嫌なのです! 行きたくないのです!」

「楽しいことするだけだからさ!」

「嫌っ……、誰か! 助けて!」

「声を上げるな!」


 一人の男は少女の顔を殴った。

 少女はすっかり怯んでしまって、小刻みに震えている。


 ――許せない。女の子の顔を殴るなんて、特に!


 ここは、俺が助けないと。

 大丈夫。現実世界じゃケンカは弱いが、今の俺は勇者だ。あんな奴ら、ひとひねりしてやる!


「おい、やめろ!」


 俺は、奴らの前に姿を現した。


 男たちはそんな俺を見て、面倒くさそうな顔をした。


「なんだよ?」

「嫌がってるだろ! その女の子を離せ!」

「んだよ、テメェには関係ねぇだろ」

「ダメだ! 関係ある! 女の子を泣かせる奴は、この俺が許さない!」


 一人の男は舌打ちすると、「ヒーロー気取りかよ、めんどくせぇ」と呟いた。


「テメェみてぇな弱そうなガキ、俺一人で十分だ。精々、口出ししたことを後悔すンだな!」


 俺は不敵に笑う。


「そっちこそ、この場からすぐに退けばよかったのにな……。大怪我しても、もう遅――ガッ!?」


 視界がぐわんと回転した。そう思ったら、もう地面に身体を打ちつけていた。

 腹が痛い。腕が痛い。全身が――。


 訳がわからないまま、とにかく状況を把握しようと顔を上げると、もう、目の前には大きな拳が迫ってきていた。


「あがッ……」


 見事にそれは顔面にヒットし、俺は意識を失った。


 俺は、ここで死んだ。

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