第3話・この世界でたった一人の勇者となりました

紫苑街シオンガイ》という街に着くと、そこは混乱で包まれていた。


 街の真ん中には大きな建物があり――おそらくあれが『ギルド』だろうか――人々は、その前に集まり、ザワついていた。


 俺らの来たことに気づいた群衆のひとりが、こちらへ駆けてきた。


「なぁ、君らはどうだった? ゲームから一度ログアウトできたか?」


 どうやらここにいる人々も、現実世界もとのせかいへ戻れないらしい。


 俺らは首を横に振る。

 目の前のひとりは、ガッカリしたように肩を落とした。


 マキにログアウトのことを聞かれてから、すぐに俺もメニュー画面を確認したり、他のコマンドが出せないか試したりした。だが、現実世界へ戻れそうな方法は一切見つけられなかった。


「本来なら、メニュー画面からログアウトできるはずなのよ。この状況、おかしいと思わない?」


 と、また別の女性プレイヤーも、そう話しかけてきた。


 俺も、もう一度メニュー画面を開く。

 隅から隅までメニュー画面を見ていくが……どこにも、『ログアウト』という文字はなかった。ゲームの電源を落とせるような項目もない。


 どういうことだ? このゲームは、どこからやめればいいんだ?


「どうしよう。わたし、このあとデートの約束があるのに……これじゃあ行けないじゃない!」


 女性はそう言って、他にあてがないかと立ち去った。


「マキのほうもやっぱりそれらしいのはない……よな?」


 ダメ元でマキにも聞いてみたが、マキも首を横に振るだけだった。


 そうだ。運営にログアウト方法の問い合わせを……と思ったが、運営への問い合わせ手段もなさそうだった。これじゃあ、問題の報告もできない。


 ギルドの前には、どんどん人が集まってくる。

 人々は揃って、ゲームのログアウト方法について聞いて回っている。


 他に方法があるとすれば……そうだ! 単純に、現実世界の俺の意識を覚醒させればいいんだ。夢と同じ要領で……なら!


「……マキ!」

「なんなのです?」

「俺を思い切りぶってくれ!!」

「ふぇ!? な、何を言っているのですか! 変態なのです! いきなり気持ち悪いのです!」

「いいから! 俺をぶってくれ!!」

「怖いのです! ヤバいのです! いやっ、近づかないで!!」


 ――パチン!


 マキに迫りよった俺は、見事に顔に平手打ちを食らった。

 目が冴え渡るほどの猛烈な痛みだ。しかし――。


「……叩かれただけで、まだ俺はゲームの世界だ……」


 これじゃあただの叩かれた損……いや、マキならいいか。むしろご褒美として受け取っておこう。


「変なお試しはやめてほしいのです……。でも、これでハッキリしたのです」


 ああ。マキの言うとおりだ。いよいよ、こうしてふざけてはいられなくなってきた。何をやっても現実世界に戻れないこの状況、認めたくないが、これは――。


「――閉じ込められた」


 マキはそう言った。

 俺も、そうとしか思えない。


 俺らの意識は完全にゲームの中に閉じ込められている。現実世界にいる俺らが、直接ゲーム本体の電源を落とす――なんてことはできないだろう。


 でも待て。俺らができないなら、現実世界にいる誰かに、直接ゲーム本体の電源を落としてもらえばいいんじゃないか?


 生憎、俺はひとり暮らし……誰かにゲームの電源を落としてもらうなんてことしてはもらえないが、きっとこの中には、家族暮らしや同居人がいたりする人もいるだろう。その人が、もし現実世界に戻れたならば、戻れないプレイヤーの代わりに、この状況を運営に報告してもらえればいい。


「なあ、誰か家族と住んでるとか……そういう人はいるか? 現実世界の誰かに電源を落としてもらって、運営に報告してもらえば……!」


 俺は集まるプレイヤーに向けて、そう提案をした。しかし、周りのみんなは暗い表情だ。


 一人の男の子が、俺の前に顔を見せた。


「僕の家、ゲームは一日一時間までなんだ。だけど、もう三時間も経つのに、僕は何も変わらずここにいるんだ……。僕の親だったら、こんなにやってたら、絶対にゲームの電源を落とすはずなのに」


 男の子は目に涙を浮かべた。


「ねぇ、お兄ちゃん。僕はこのまま、おうちに帰れないの……?」


 俺は言葉に詰まる。


 外部も介入出来ない状況。そうなったらもう、俺らの脱出方法は――。


『――聞こえますか』


 そのとき、どこからか声が聞こえた。

 俺らは周りを見渡す。しかし、声の主らしき人物は、どこにも見当たらない。


『わたしは今、ある別の場所から語りかけています』


 女性の声だ。その声は空から降ってくるように聞こえてくる。


『あまり長くは話せません。手短に伝えます。聞きなさい、勇者――神風勇太かみかぜ ゆうた!』

「えっ!? 俺!?」


 突然、名指しされて驚きの声を上げてしまう。一体、なんだっていうんだ。


『あなたは、この世界でたった一人の勇者となりました。この世界は、あなたしか救えません』


 ――たった一人の、勇者になっただって?


『今、この世界は人間ではなく、ゲーム内のAIが権限を握っています。このAIから権限を奪わない限り、あなたたちはここから出られません。ずっと、永遠に繰り返すことになる』


 ――AIが権限を握っている……? それに、永遠に繰り返すってなんだ?


『お願いです、勇者。わたしもすべてのことは知らない。だけど、権限を握るAIはどこかにいる』


 女性は必死に、俺に訴えかけてくる。


『今度こそ、この世界に終止符を打って、勇者! 神風勇――』


 女性の声は、そこでやんだ。

 何がなんだか、さっぱりだった。


 俺が、たった一人の勇者だって?

 なんでまた、そんなこと。

 こんなときに限って、俺は超レアな〈JOB〉引いちまったって、とんでもないクエストが降ってきたっていうのか?


 周りの人々は、またざわめき出した。

 そのとき、ある会話が耳に入ってきた。


「ねぇ、今『勇者』って言ってたけど…」

「うん。言ってた。でも、そもそもこのゲームに〈勇者〉の〈JOB〉なんてあった……?」


 ――と、二人の会話が聞こえたのだ。


 本来なら、このゲームには〈勇者〉という〈JOB〉はないらしい。……じゃあ、今の俺はどういうことだ?


 まさか本当に、マンガやゲームでよく聞くような、『選ばれし者』にでもなっちまったのか?


 もしかして、この不思議な〈SKILL〉――勇者だけが使える、特別な力なのだとしたら。


「おい、お前!」


 突然、俺はオッサンに肩を掴まれた。


「さっき驚いて声出してたのお前だろ。頼む、俺たちをここから出してくれ!」

「えぇ!?」


 オッサンに続いて、ほかの奴らも次々と言ってくる。


「お願い! 頼みの綱はアンタしかいないわ!」

「任せたぜ、勇者!」

「わたしたち、ずっと待ってるから!」


 周りの奴らは、縋る思いで俺を見つめてくる。

 いきなりそんなこと言われても、俺だって、何がなんだか、まだわかっていないのに、急にそんな大役が務まるわけ……!


「……お兄ちゃん」


 さっき話した男の子が、服の裾を握りながら見上げてきた。


「……勇者様」


 マキが、心配そうな顔を浮かべている。

 ……くっ、もうこうなったら。


 俺はボロい木のつるぎを、高く振り上げた。


「――わかった! この神風勇太、お前らをこの世界から救ってやる! だからしばらくの間、全員この世界を楽しんで待ってろ!!」


 ――言って……しまった。

 周りの雰囲気に押し負けて、宣言してしまった。


 直後、歓声が上がる。


「ありがとう! 勇者!」

「わたしたち、脱出できる日を待ってるから!」

「頑張れ、勇者〜!!」


 人々は口々に声援を投げてくれたが……うーむ、これはめんどうな事態になってきた。


「勇者様」


 マキを見ると、なんだか嬉しそうな顔つきをしていた。


「わたしも精いっぱい、お手伝いするのです。これから始まる冒険、いっしょに乗り越えていきましょうね!」


 マキは右手を差し出した。


 ――本当は、ただゲームをするだけだったのに、なんだかとんでもないことになっちまったけど。


 俺はマキの手を取り、力強く握り返した。


 ――これはこれで、面白くなっていきそうだ。


「よし! AIさんよ、待ってろよ! お前の好きにはさせねぇからな!」


 ゲームは、AIお前のもんじゃねぇ。


「――俺たち〈プレイヤー〉が、本来の世界ゲームを取り戻してやるぜ!」

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