第11話 花見 後編

しばらく歩いていると、徐々に人が増えてきた。

人の波に吞まれないよう土方さんの後ろをぴったり付いていくと、「おーい!こっちこっち!」という声が聞こえた。

土方さんがその声の方へ向かっていく途中、人々の隙間に見えるピンク色の木。

ここが花見会場だと瞬時に理解した。

少し人が開けたので土方さんの横にぴょんと飛び出る。

そこは大きな桜の木の下で、近藤さん、沖田さん、井上さん、斎藤さん、山南さん、永倉さん、藤堂さん、原田さんが座っていた。


「あれ?土方さん、桜は?てか、その別嬪だれ?」


私の目の前にいる藤堂さんが私を探している。

なぜ、私だと気づかない?


「藤堂さん、私が桜ですが?」


藤堂さんは私の声に反応し、私の顔を凝視する。

細めていた目を徐々に開いた。


「うえ~!?お、お前桜か!?」

「正真正銘桜ですよ!ねぇ、土方さん!」

「あぁ」


土方さんが頷いたにも関わらず藤堂さんは信じられないような顔をする。

藤堂さんは、本当に女に疎いのだな。


「本当に久遠君か!見違えたな!」


近藤さんが爽やかな笑顔で答える。

なんだか、そこまで言われると普段の私がいかに冴えないかを実感する。


「ありがとうございます!よくしてもらいました!」

「さ、お二人とも座ってください」


山南さんに促され、私も土方さんと共に座る。

お団子やおまんじゅうなどがびっしり並んでおり、甘いものを久しく食べていない私の口の中がよだれで満たされる。


「あれ?そのかんざしどうしたの?」

「あ、これ土方さんにいただきました」

「えっ!?」

「おいっ……!」


隣にいた沖田さんにそう聞かれたので、反射で答えてしまった。

あちゃちゃ~と心の中でてへぺろする。

土方さんは一瞬私の右肩を掴むが、他の人たちに質問攻めにされそちらの対応に追われ始めた。

なぜ、こんなに騒がしくしているのかがまったくわからないため、私は首を傾げる。

それを見かねた沖田さんが私に話しかけてきた。


「桜ちゃん、良いこと教えてあげる」

「え、なんですか?」

「おい、総司」


沖田さんがにやりと笑みを浮かべ、口の横に耳に手を当てるので私はそこに耳を近づける。


「男の人が女の人にかんざしをあげるのって『一生添い遂げたい』って意味があるんだよ」

「一生添い遂げたい?……つまり?」

「あなたと婚姻を結びたいですよってこと」

「……こんいん?」


こんいんってあの婚姻のことだよなと頭の中で漢字を浮かべる。

婚姻は今でいう結婚のことだったはずだ。

土方さんが?私と?結婚したい?


「……ガチ?」

「え?」

「あ、それ本当ですか?」

「まぁ、そういう意味で渡す人が多いね」


沖田さんの笑顔を見たあと、私は反対の隣にいる土方さんの方へゆっくりと向く。

「やるじゃん、土方さん」といった煽りを受けながらそれを必死に否定している土方さんの横顔をじっと見つめる。

顔がいい。

私の視線に気づいた土方さんが私と恐る恐る視線を合わせる。


「……私、喜んで土方さんの嫁になりますよ?」

「ならなくていい」


即答してくる土方さんは反射神経がすこぶる良い。

土方さんはため息をついて組んでいた腕を組みなおす。


「普段男装させてるから、たまには女らしい格好もしたいと思ったんだ。だから、“今”に合った髪飾りなんかもないと思って買った」


つまり、土方さんは私のために気を遣ってかんざしをプレゼントしてくれたらしい。

気の利く男、それが土方歳三である。

これを無意識でやっているのだから、モテないはずがない。


「そんなの軽率に好きになる……」

「軽率になるな、考えろ」


心の中で思ったはずの言葉が知らない内に口から出ていたようだ。恥。


「土方さん、改めてありがとうございます!」


私は深く頭を下げる。

顔を上げると、土方さんが気まずそうに視線を逸らした。


「あ、私土方さんの嫁になる覚悟はできているので、いつでもおっしゃってくださいね!」

「お前は本当に一度口を閉じろ」

「んんっ!?」


土方さんの手が私の口を塞ぐ。

手が大きいせいで口だけでなく、鼻まで覆っている。

私がこれ以上余計なことを言わないようにしているのだろう。

私がわざと土方さんへの愛を叫んでいることにどうやら気づいたようだ。


「まぁまぁ、トシさん。その辺に」


井上さんが苦笑いで土方さんにそう話しかけてくれたおかげで、私は酸素を吸うことができた。


「総司が余計なこと言うからこうなったんだ」


少し土方さんが拗ねている様子にギャップ萌えを感じる。

まぁ、確かにまったくそんなつもりがない人に勘違いされてしまえば、少なからず嫌な気持ちにはなるだろう。

自分で言っておいて悲しくなってきたが。


「別にいいじゃないですか、減るものじゃあるまいし」

「……まぁ、そうだが」

「減らないんだ……」


思わず言葉が出る。

大体、こういう時は「減るんだよ、何かが」と言うものだと思っていた。


「いやぁ~、まさか花見が始まって早々おもしろいものが見れるとは思わなかったな」


原田さんがこちらを見ながらケラケラ笑う。


「本当にな!土方さんがうろたえているの初めてみたぜ」


永倉さんまでもが笑いを抑えている。

よく見ると、二人とも顔が少し赤い。


「待って!?もしかして、お酒飲んでます?」

「あったりめぇよ、花見といやぁ酒だろ!」


永倉さんがおちょこをぐびっと飲み干す。

よくよく見たら、全員前におちょこが置いてあり、日本酒の入れ物が置いてある。


「ささ、土方さんもどうぞ!」


藤堂さんがおちょこを土方さんに持たせ、お酒をつぐ。


「ほら、桜も!」


とおちょこを渡されたが、私はお酒にはめっぽう弱く、カクテルしか飲めない。


「あ、私日本酒はちょっと……」

「焼酎の方が良かったか?」

「いや、焼酎も度数高くて。カクテルしか飲めないんです」

「度数?カクテル?」


首をかしげる藤堂さんを見て私ははっとする。

もしかして、度数の概念すらこの時代にはないのかもしれない。

さらに、カクテルなんてものも存在するわけがなかった。


「あー、えっと……梅酒!梅酒なら飲めます!」

「梅酒かぁ~、今日は持ってきてないな」

「それならノンアル……お酒以外の飲み物で大丈夫です!」


藤堂さんは持ってきていたお水をおちょこについでくれ、元の位置に戻る。

この生活に慣れてきて現代にしか通じない言葉をしばらく発していなかったが、今まで出なかったお酒の話題に思わず口が滑る。

やはり、癖というものは中々抜けないものだ。


「じゃあ、乾杯は近藤さん!頼んだぜ!」

「お?そ、そうか……。では……」


乾杯の音頭を促された近藤さんは、一度咳払いをして呼吸を整える。

近藤さんの言葉に皆が注目する。


「えぇ~新選組の益々の発展を願って、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


乾杯と同時におちょこを煽る面々。

私はおちょこに不相応な水を煽る。

結局、水が一番おいしい。


「それにしても、花見なんて久しぶりですね」


山南さんが近藤さんに話しかける。


「そうだな、京へ上ってからは一度もしていないからな」

「去年なんてさ~!……あ、」


藤堂さんがそう声を上げた瞬間、やってしまったと口を抑え、気まずそうに俯く。

すると、新選組の皆も同じように俯いている。

去年、つまり新選組がまだ新選組と呼ばれる前、芹沢鴨という人物が新選組に存在していた。

ここにいる人たちとは対立するグループで、度々問題を起こしていた芹沢鴨とその一派を粛清したのが去年だ。

その話題は、今の新選組にとっては禁句なのだろう。

それなりの重い空気に耐えられなくなった私は、まとまらない頭で口を開く。


「……皆さんがやったことは、新選組にとって重要かつ賢明な判断だったと思います。そのおかげで新選組は……」


活躍でき、寿命が延びたんだと思います。と心の中で呟く。

これを言ってしまえば、もうすぐ起こる池田屋事件を始め、新選組の終末期のことを想像させてしまうため、口を紡いだ。


「良い方向に進みますよ、絶対」


新選組はこれからが始まりだが、それは終わりに向かうカウントダウンも同時に始まることも意味する。

私は、新選組の終末を知りながら、共に生活していかなければならない。

新選組にとって一番活躍できる時期が新選組を破滅へと導く。

その切なさが、散りゆく桜のように人々の心を動かすのだが、今後私はそれを間近で見なくてはならない。

その複雑な状況に耐えることができるのだろうか。

ここにいる人たちが亡くなっていくのを私は見ていかなくてはならないのだろうか。

神様、どうかそうなる前に私を2022年へ帰してください。


「そうだな。俺たちは、ただ前に向かって進むだけだ。そのために、できることは何でもする」


そういう土方さんの瞳は静かに燃えていた。

そう、私は土方さんのこういうところに惹かれたのだ。


「そうだな!頼りにしてるぞ、トシ」

「当たり前だ」


近藤さんの言葉に力強く答える土方さんの頬は少し赤くなっていた。

この二人の関係性というのは、背中を預けられる存在であり、共に上を目指す仲間であり、友であり、兄弟のようであり……何よりも硬く、何にも代えがたいものなのだろう。

私にも、現代に残してきた親友がいる。

ふと、その親友はどうしているのか気になって、無性に会いたくなった。

気兼ねなく、二人でゲラゲラ笑いながらバカみたいな話で盛り上がりたい。


「桜ちゃん、団子でも食いな?」


ほらよと永倉さんが三食団子を渡してくれた。

ありがたく受け取り、1つ目の団子を口に含む。


「え、おいしすぎでは!?」


この2か月、お菓子というお菓子を食べていなかったせいなのか、新選組の人たちと花見をしているからかわからない。

しかし、これまで食べたどのお団子よりも甘くて柔らかく感じた。


「それならよかった。俺のもやる」


斎藤さんが自分の分のお団子を渡してくれて、両手にお団子を持つ。


「えへへ。幸せの境地」

「まさに、花より団子だな」


原田さんがそう言うと和やかな空気が流れ始める。

お花もいいけど、結局甘いものしか勝たん。

私は2つ目のお団子を口に運ぶ。


「甘い~!毎日でも食べたい」

「そうしてあげたいところだが、砂糖は貴重なものでな。そう、毎日買えるわけじゃないんだ」


苦笑いで頬を掻く近藤さんの言葉と頭の端にあった知識が合致した。

現代では食べようと思えば毎日でも甘いスイーツやお菓子が買えるが、江戸時代ではそうもいかない。


「そうなんですね!大丈夫ですよ!」


甘いものには目がない私にとっては、なかなかに苦行である。

この2か月は生活に適応していくのに必死であまり考えられなかったが、一度甘いものを食べてしまうと食べたい欲が腹の底から湧き上がってくる。

あ、ダメだ。チョコレートやショートケーキ、シュークリームやプリンなど食べたいスイーツが無限に頭の中を支配し始める。


「桜のとこでは、甘いものはよく食べるのか?」

「はい!砂糖も手軽に手に入るので、食べようと思えば毎日食べられますし、家で自分で作ったりもします!」

「へぇ~それはいいなぁ!」


今思えば、恵まれた時代なんだなと実感する。

食べ物も豊富で利便性があって清潔感があってエンターテインメントが数多くあって……。


「じゃ、今度桜ちゃんが甘いもの作ってよ」


沖田さんが猫のような顔で私に言ってくる。


「この時代にはない材料や道具があるので、作るのは難しいかもしれないです……」

「なぁ~んだ」


見えないはずの猫耳が垂れ下がっているように感じる。

そういえば、沖田総司は甘いものが好きだったな。


「沖田さんすみません……」

「いいよ。……あ、金平糖食べる?」


沖田さんは袖から小さなケースを取り出し、蓋を開けるとそこにはカラフルな金平糖がたくさん詰まっていた。


「金平糖だ!いいんですか?」

「うん。桜ちゃんも甘いもの好きなんでしょ?」

「はい!ありがとうございます!」


掌にいくつか出してくれた金平糖を一粒口に放り込む。

口内に広がる甘さに頬が垂れる。


「久しぶりに食べましたけど、おいしいです!」

「それならよかった」


この時代なら、金平糖が一番好きなスイーツかもしれないと思った。


「前はよく食べてたの?」

「はい!小さいころ、おじいちゃんがよく買ってくれました!」


私がそう言うと何人かがその場で噴き出す。

沖田さんは少しムッとした顔をした。


「え?え?なんですか!?」

「それ、総司がおじいちゃんって言いたいの!?」


藤堂さんがお腹を抱えながら笑っている。

その近くにいる、永倉さんや藤堂さんも同様だ。


「あっ……!違います違います!ただ、ちょっと昔の思い出のものだったのでそれで……!」


とまったく悪意がないことを言い訳するが、その必死な様子がまたおかしいのかさらに笑う3人。

後ろを向いて肩を震わせている斎藤さんや山南さんの姿も視界に映る。


「……もう桜ちゃんには金平糖あげないからね!」

「沖田さんほんっとうごめんなさい!金平糖好きなので、またいただけるとっ!」


腕を組みそっぽを向く沖田さんに向かって手を合わせて謝る私。

近藤さんがそんな様子を見てニコニコしている。保護者?


「じゃあ、土方さんをからかうのを手伝ってくれるなら金平糖あげてもいいよ」

「え?」


私はゆっくりと振り返り土方さんの方を向く。

土方さんは静かにお酒を呑み続けていたからか、ほんのり目が潤んでいた。

私の視線に気づき、首を傾げる。

いつもの眉間の皺も目の鋭さも消えていたため、シンプルに顔が良かった。

すばやく沖田さんの方を向き、手で顔を覆う。


「無理イケメンすぎる」

「よくわからないけど、君が土方さんのこと大好きなのはわかった」


再び土方さんの方へ顔を向けた私は、指の隙間から右目を覗かせ間から土方さんを見る。

当の本人は、お酒が入って頭が回っていないのか不思議そうな顔で私を見ている。

何その油断しきった顔、かわいい。

顔を元の位置に戻し、手を下ろして沖田さんを見る。


「ねぇ、沖田さん。あれ、やばくないですか?何ですかあの顔、私をどうしたいんですか?完全に罪ですよね罪深きかわいさですよね、あんなの逮捕もんですよ即逮捕レベルのかわいさですよ。かわいすぎの刑で捕まえてくださいよあれ」


オタク特有の早口が炸裂してしまったが致し方なし。

いつも気を張っていて、どこか近寄りがたい雰囲気の土方さんが子犬みたいになっているのだ。

ギャップ萌えどころの話ではない。


「うん、君は土方さんのこととなると本当に頭がおかしくなるよね」

「すみません、自重できません」

「そっか」


沖田さんの目が死んだ瞬間を私は捉えた。

でも、しょうがないものはしょうがない。

だって、一生会えないはずだった世界で一番好きな人が目の前にいるのだもの。

頭の1つや2つおかしくなって当然である。


私は、一度心を落ち着かせるために空を見上げた。

現代よりも広い空に未だ感動を覚える。

今は時間の流れが遅いが、あとふた月もすれば怒涛の日々が始まる。

嵐の前の静けさ……とは少し違うが、新選組にとって今が一番平和で穏やかなときだろう。

それを新選組の皆はまだ知らない。

どうか、この先の運命に皆が絶望しませんように。


私は、天の神様にそう強く願った。

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