第10話 花見 前編
あれからふた月ほど経過した4月。
この時代に来た時より暖かくなった。
袴も自分で着ることができるようになったし、この不便な生活にも慣れてきた。
健康的な生活、食事により以前より痩せたが、筋トレや稽古により体力もついてきている。
それにより、この時代の人たちがすべて徒歩移動できるのが少しわかる気がした。
いや、それでも私はしたくないが。
それにしても、人間とは適応能力が高い生物である。
袴を着て襖を開け、縁側に座る。
小さな鳥の鳴き声とともに庭の桜が揺れる。
私の名前と同じ名前の花は私も大好きだ。
8分咲きの桜を見ると、やはりしたくなる行事がある。
それはお花見だ。
小さいころは、桜の名所で桜を見ながら母のお弁当を食べたり、大人になってからは彼氏と食べ歩きをしたりしたものだ。
「お~桜、おはよう!」
声がした方を向くとそこには原田さんがいた。
「原田さん、おはようございます!」
「なにぼけっとしてんだ?」
「あ、いや……桜ももうすぐ満開ですし、お花見でもしたいなと思いまして」
私は立ち上がり、原田さんの方へ体を向ける。
というか、そもそもこの時代に“花見”という行事はあるのだろうか。
なんとなく、お花見は昔からあるものという認識ではあるが。
「おぉ~花見か、それもありだな」
「で、ですよね!」
原田さんの反応からお花見という行事が存在しているらしいことがわかった。
お花見の歴史は思ったよりも長く、そして日本人の魂に刻み込まれた行事なのだ。
「土方さんに相談してみるか」
「はい!ありがとうございますっ!」
そんな話をしながら私と原田さんは朝餉へと向かった。
朝餉を食べ終わり、私は道場にていつも通り沖田さんにしごかれていた。
「桜ちゃん、腕下がってるよ!」
「はいぃぃぃいいい!」
「姿勢悪いよ!」
「ガチでやばいてっ……!」
二か月経った今もなお素振りのみの稽古を続けているが、この時代の人たちよりまだ技術はダメなようだ。
実戦形式の稽古をいつやるのかと沖田さんに聞いたところ……
「は?連続で1000回も素振りできない桜ちゃんが実践できるとでも?」
と一蹴された。
あの時の笑顔があまりにも怖くて未だに脳裏に焼き付いている。1000回なんてこの先もできる気がしないのだが。
息も筋肉もギリギリの中、沖田さんの鋭い視線に耐えていると道場の入口から原田さんの声がする。
「おう、桜!朗報だ!」
「原田さん!」
私はその原田さんの声に動きを止める。
助かった。
「ちょっと左之さん、邪魔しないでくれる?ほら、桜ちゃんも動き止めないで」
「まぁまぁ。総司も厳しいなぁ……」
「当たり前でしょ?桜ちゃん、続きやりながら左之さんの話聞いて」
「マジですか……」
私は嫌々ながらにも体を動かす。
この人本当に鬼すぎる。
「……じゃ、じゃあ桜はそのまま聞いてくれ」
「は、はいっ!」
「明日、飯食ったら西田さんのところへ行ってくれ」
「な、なんでですかっ?」
「明日、花見に行くことになったから、土方さんからの気遣いだ」
「お花見!!!」
花見という単語に思わず反応し、動きを止める。
が、沖田さんからの無言の圧を感じ、素振りを再開する。
それを見た沖田さんは満足げな笑みを浮かべた。
「花見かぁ~。久しぶりだなぁ」
「だなっ!……ま、俺はその報告に来ただけだからよ。桜、がんばれ」
「あ、りがとうっございます!」
なぜ呉服屋さんである西田さんのところへ行くのかはいまいちよくわからないが、とりあえず明日が楽しみだ。
「沖田さんっ!」
「ん?なに?」
「西田さんの、ところって……どうやって、行くんですかっ?」
「……それ、土方さんに言ってきな?この稽古が終わったら……」
「は、はい……!」
こうして、日が暮れるまで沖田さんの鬼稽古は続いた。
次の日、朝餉を食べ終えた私は昨夜土方さんからもらった西田さんのお店までの地図を手に草履をはく。
初めての一人外出に少し緊張する。
気合を入れて門をくぐった。
どうやら、頃合いをみて土方さんが迎えに来てくれるらしい。
それも楽しみである。
地図をみながら歩くのは、ゲームで培ったマッピング能力のおかげか、なんとか迷わず飯田さんのところへたどり着くことができた。
「おはようございます!桜です!」
暖簾をくぐり声をかけるとお店の奥から西田さんが出てくる。
「桜ちゃん、いらっしゃい!随分見違えたなぁ」
「ありがとうございます!」
ようやく袴姿が板についてきたのかと嬉しくなる。
私は、この時代に馴染めているのだろうか。
「ささ、奥へどうぞ」
「はい!」
飯田さんの素敵な笑顔に連れられ、最初袴を着せてもらった部屋へと通される。
そこには、紅色の帯と藤色の帯揚げ、桜色の帯締めが置いてあった。
「これから花見に行くんやろ?」
「はい!そうです!」
「土方はんと逢引かいな?」
「ち、違います!」
確か逢引は今でいうデートの意味合いがあったはず。
おそらく、新選組のみんなで行くのだろうと推測されるため西田さんの言葉をしっかりと否定しておく。
そして、西田さんは話をしながら私の袴を解いていく。
帯があるということは、この桜の着物を着付けるということだろう。
「なんや違うんか?うちはてっきりそうかと思ってたわ」
「なんでですか?」
「ちょいと待っとぉてな」
私の疑問を待たず袴をたたみ終わった西田さんは、近くにある棚の引き出しから何かを取り出す。
それを私の顔の前に出したとき、その正体がわかった。
それは、かんざしだった。
木製のもので先端は二股に分かれており、その反対には刺繍で作られた桜、その下には丸い赤の玉がついた2本の紐がついているなんとも可愛らしいかんざしだ。
「めちゃくちゃかわいいですね!?これどうしたんですか?」
「これ、土方はんが昨日持ってきて、今日の花見のときに着けてやれって言うたんよ。せやから、逢引かと」
かんざし=なぜ逢引になるのかはわからないが、土方さんが選んでくれたというそのかんざしは何よりも大切な宝物だ。
「土方さんが!?え、嬉しすぎる……」
タイムスリップしてから二か月経ち、肩上ボブから肩に着くくらいまで髪が伸びた今、かんざしを使う出番も出てくるのだろう。
「髪は後でやりますさかい、まずは着物きよか」
「はい!」
西田さんは、これまたテキパキと着物の着付けをしていく。
現代で生きている間も片手で収まるほどしか着物を着ていない私は心が躍る。
やっぱり、着物は日本の素敵な文化だ。
着付けが終わり、鏡の前に誘導される。
改めてみても、とても綺麗な着物だ。
「わぁ~素敵!」
「おおきに。ほんなら、あとは髪やな」
西田さんは私に座るよう促し、それに従う。
「この髪ほどいてくれるか?」
「あ、はい!」
ハーフツインテにしているので、それをまとめているヘアゴムを取る。
すると、西田さんは髪をまとめようとするが、なかなかうまくまとまらない。
この時代の女性にしては短いため、かんざしも使えないのだろう。
できるとしても、ハーフアップのお団子くらいだろうか。
「桜はん、髪の毛もうちょっと伸ばせへんか?」
「そんな無茶な……」
今すぐに髪を伸ばすことはもちろんできない。
それなら、2022年にある髪型でかんざしが使えそうな髪型にするしかない。
「ちょっと貸してください!」
私は西田さんから櫛を受け取り、顔周りの髪だけ残すと髪の上半分の髪を後ろに持っていく。
髪を丁寧に梳かしてまとめ、ハーフツインテの際に使っていたヘアゴムで一度ハーフアップにする。
そこでくるりとお団子を作って左手で抑える。
「西田さん、かんざしください」
「はいよ」
西田さんからかんざしを受け取るとお団子が崩れないように右上の地肌の髪からお団子中央を通り左下の地肌の髪に向かってかんざしを挿す。
これでまとまるはずだ。多分。
「こんな感じでどうでしょう?」
「ええやないの!桜はん、あんたやりはるなぁ!」
「ありがとうございます!」
我ながら着物に合うヘアアレンジができたと思う。
かんざしがこういう使い方ができるのかと新たな発見だ。
すると、西田さんはまたもや引き出しから小さくて丸い何かを取り出す。
その丸いものの蓋を開けると真っ紅なクリームみたいなのが入っている。
それを小指につけ、私の正面に座る。
「桜はん、目瞑ってくれるか?」
「はい!」
言われた通り目を閉じると西田さんの指が私の唇に触れる。
唇の中央をポンポンと叩き、それを少し伸ばす。
その後、何かを取り出すような音が聞こえ、肌全体に何か粉っぽいものをはたいていく。
「目開けてええよ」
ゆっくりと瞼を上げると、鏡には肌が白く唇が赤くなっている自分がいた。
今ではほとんどメイクをしなくなった私にとって、久しぶりのメイクである。
「わぁ!かわいい!」
「えらい別嬪になりはったなぁ」
「ありがとうございます!」
私は立ち上がり、全体を見る。
薄ピンクの桜があしらわれた着物に真っ赤な帯で締め、ハーフアップお団子には桜のかんざし、顔を軽くメイクしてもらった私は、普段の自分とはかなり変わっただろう。
江戸時代なりの(髪型は別だが)オシャレを体感し、テンションが上がった。
「ビバ!江戸時代!」
小躍りしている私を温かい目で見守る西田さん。
そんなのんびりとした空間に鋭い声が通る。
「久遠!迎えに来たぞ」
入口の方から聞こえてくるのは土方さんの声。
どうやら迎えに来たようだ。
「桜はん、いってらっしゃい」
「西田さんありがとうございます!行ってきます!」
頭を下げ、私は畳んでもらった袴を包んだ風呂敷を持ち、軽い足取りで入口へ向かう。
暖簾をくぐると、そこに土方さんは腕を組んで待っていた。
「土方さん、お待たせしました!」
「…………」
土方さんの視界に入ると、土方さんはこれでもかというくらい目を見開き固まる。
あれ?もしかして私のこと見えてない?
「土方さん……?」
私がもう一度声をかけると、土方さんはその声で止まった時が解けたのか瞬きをし、目を伏せる。
「行くぞ」
「は、はい……」
土方さんが歩き出したので、私もそれに続く。
土方さんは小難しそうな顔をしてずっと黙ている。
なんか、変だったのだろうか?
「土方さん?」
「……なんだ」
「私、どこかおかしいですか?」
「……いや、別に」
エリカ様?とここまで出かかったが、それを飲み込む。
私が話しかけても前をまっすぐ見つめ、私の方を全く見てくれない。
そこで、私は土方さんがくれたかんざしのお礼を言おうと決めた。
「あ、そうだ!土方さん、かんざしありがとうございました!」
一瞬、体が少し強張ったような土方さんだったが、それを無視して歩き続ける。
「……何の話だ?」
「え?西田さんがこのかんざしは土方さんが選んだって言ってましたけど、違いましたか?」
話がすれ違っていることがあるのかと少し疑問に思い、それを問う。
すると、土方さんは頭を掻く。
「言うなって言ったのに、あの人は……」
大きくため息をつく土方さんに、このかんざしは土方さんが買ってくれたものだと確信する。
「土方さんありがとうございます!めっちゃかわいいです!末代までの家宝にしますね!」
「家宝にはしなくていい」
オタク特有の誇張表現を真に受ける土方さんに思わず笑みがこぼれる。
「土方さんからプレゼント…贈り物だって、みんなに自慢しますね!」
「いや、それはやめてくれ」
「え、私のこの高ぶる感情を抑えられるとでも?」
「抑えてくれ頼むから」
「……善処はします」
もちろん、自慢する気満々である。
オタクは総じて口が軽いのだ。
推しからプレゼントがもらえるという人生最大のイベントが発生しているのだから、それを言わないでくれなんて無茶な話である。
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