第9話 稽古~沖田~


「さぁ、始めるよ!」


寒気がするほど怖い笑みを浮かべる沖田さんを前に、私は時代劇の見よう見まねで竹刀を構えている。


「違う!竹刀をもっと安定させて!」


しっかり握っているつもりだが、ブレブレの竹刀に冷や汗をかく。


「ねぇ、桜ちゃん?まじめにやって?」

「ま、まじめにやっています」

「へぇ~……」


こめかみがピクピクと動く沖田さんに背筋が凍る。

心の中で何度も謝る。


「……まず、持ち方が違う」

「え!?そうなんですか?」


私は、柄を左右から握るように持っている。

どうやらこうじゃないらしい。


「あと、足の態勢も、体の使い方も何もかも違う」

「ほぼ全部じゃないですか……」


さすがにテレビで見ただけの構えは違っていたらしい。

剣道って難しい。


「まず、持ち方だけど……」


正面にいた沖田さんが私の隣にやってくる。

土方さんや原田さんと比べると背が低く感じていたが、155cmの私よりは遥に身長が高かった。


「刀は、上から握るように持って」


沖田さんが見本を見せてくれたので、その通りにやる。


「で、そのまま腕伸ばして」


先程と同じようにまっすぐ腕を伸ばすと、肘が内側に入るような感覚があり、テキトーに構えていたときとは打って変わって竹刀が安定した。


「おぉ!なんだこれ!すごっ!?」

「……本当に刀を握ったことがないんだね」


ため息をつく沖田さんに苦笑いを浮かべる私。

基礎の基礎から教えてもらい、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

沖田総司といえば、新選組の中でも随一の剣の使い手と言われている。

そんなすごい人にこの部分を教えてもらうのは気がひける。

まぁ、それを言ってしまえば新選組の誰でも申し訳ないのだが。


「あ、手の力は入れすぎないでね」

「え!?あ、はい」


力を入れすぎないとは、どれくらい力を抜くことなのだろうか。

いまいち加減がわからない。

手の力を抜いたり入れたりして、切っ先が上下に揺れる。


「……やっぱりふざけてる?」

「違います、違います!力加減がわからなくて……」

「あぁ……」


沖田さんの目が若干死に始めたのを確認した。


「うーん、そうだな……。傘を持つくらいの力かな」


私はその言葉を聞いて、傘を握るのを想像した。


「そう、それくらい!」

「なるほど!」


持ち方ひとつでこんなに決まりがあるということは、この先どれだけの決まりがあるのだろうかと先のことを想像することはやめた。


「次は、姿勢ね。足はまっすぐ!」

「はい!」


足先を前に向ける。


「左足下げて!」

「はい!」

「左足はかかとを上げる!」

「はい!……はい?」


左足のかかとをこれでもかと上げる私。

どう考えても違うことだけはわかり、自分に疑問が浮かぶ。


「かかとはほんの少しあげて、重心を左足にかける!」

「はい!」


かかとをほんの少し上げる。

筋肉皆無の私がやるには、とても苦行だった。


「き、筋肉が死ぬぅ~!」


左足がプルプルする私を見て、哀れな目を向けてくる沖田さん。


「……一旦、戻していいよ」

「す、すみません」


左足をベタ付けにして足を休憩させる。

2022年でよく生きてこられたなと自分でも思った。


「最後に姿勢をみるよ!」

「イエス‼ボス!」


私のふざけた返事を見事にスルーし、沖田さんは続ける。


「お腹に力をいれて!」


私はなけなしの腹筋に力を入れる。


「背筋伸ばして!」


お腹に力を入れたまま姿勢をよくする……?

いまいち体の使い方が良く分からず、私はグニャグニャと体を動かす。


「そうじゃなくて……」


右横にいた沖田さんはそのまま私にぐっと近づいてきて、私のお腹を右手で力強く触る。


「待って沖田さん吐く!吐く!」

「はい、このまま背筋伸ばす!」


左手で私の左肩を掴み、猫背だった肩を元の位置にぐっと戻す。

思ったより近い沖田さんにドキドキする。

……間もなく、体が伸びる。


「おぉ!こういうことか!」


明らかに姿勢がよくなった体に体自身が喜んでいる。

しかし、体が硬く、普段から猫背気味な私にとってはかなりきつい体勢だ。


「はい、顎引いて~」


沖田さんは、そんな私に容赦なく指示を出す。

今度は、お腹にあった右手で私の顎を掴み、首の方へ寄せる。

体の上部が後ろに引かれていることにより、腰が逆向きに曲がりお腹が飛び出る。

それを見た沖田さんは両手を離し、その手でそれぞれお腹と腰を支える。

すると、再び体がまっすぐになるので、今度は自分の力で肩を元の位置に戻す。

その際、肩がボキボキッ!と鳴る。

私は肩を回すと骨の音が鳴る体質だ。


「いや、どれだけ硬いの?」

「すみません、割と昔からこうなんです……」

「逆にすごいね」


沖田さんからお褒めの言葉をいただき内心喜ぶ。

すると、沖田さんからの視線を感じたので顔を見上げると、目が合うと同時に目を逸らされる。

なんだ?


「……ま、こんなものかな」


私から離れる沖田さん。

基礎の姿勢を教わって思ったこと。

やはり、筋力が足りない。

私は、タイムスリップ前に動画で見たヒールを履きながらのスクワットをすることを心に決めた。


「ありがとうございますっ!」


私はお辞儀をする。


「次は、素振りだね」

「え」


もう終わりかと思い、礼をしたにも関わらずまだ終わりじゃないらしい。

思わず、声が漏れる。


「なに?その不思議そうな顔。こんなに早く終わらせるわけないでしょ?」


一昔前の中二病小説で流行った「暗黒微笑」という表現がぴったりの表情をする沖田さん。

ふと思い出し笑いをこらえる。


「で、ですよね~」

「……なに笑ってんの?」

「いや、こっちの話です、すみません」


笑っているのがバレたが、この説明をしても沖田さんには到底理解できないだろうと口を閉ざす。


「……なぁんか、腹立つなぁ~その顔」


沖田さんがそう言ったかと思えば、私の正面に立ち私の頬を掴む。

そして、頬をぐねぐねと動かす。


「い、いひゃいれす!」

「ん~?なにぃ~?聞こえないなぁ~?」

「い、いひわるだぁ~」


全く安心できない笑顔を向けながら私の頬を掴み、顔をぐちゃぐちゃにしてくる。

まるで、子供のようなその行動に少しだけ親近感を覚える。

しばらく触って満足したのか、沖田さんは手を離す。

解放感とじんじんとした痛みを同時に感じ、複雑な心境になる。


「あはは、桜ちゃんほっぺ真っ赤だよ」


自らがやったことなのにお腹を抱えて笑う沖田さん。


「沖田さんのせいですよ!」

「えぇ~僕、知らないなぁ~」

「もうっ!沖田さんのいじわる!」

「なんとでも言いなよ」


完全に沖田さんに振り回されているが、小学生の頃に戻ったみたいでほんの少し楽しい。

こういう無邪気な楽しさを久しぶりに経験した。

そういえば、沖田さんも新選組の中では若い方だった気がする。

20代前半だったような……。

そうすると、かなり歳は近いのだろう。

私と大して歳が変わらないにも関わらず、様々なことを経験しているのだなと改めて沖田さんのすごさを感じる。

やはり、現代とこの時代とでは大人として認められる歳が違う。

現代で14歳と結婚したらロリコンだと騒がれるが、この時代ではよくあることだと聞いたことがある。

私の感覚では虫唾が走るが。

だが、それくらい大人の認識が早かったのだろう。


「こら!何やってる!」


どこからともなく怒号が聞こえ、そちらを振り向くとそこには鬼の形相をした土方さんがいた。

相変わらず眉間の皺が濃い。

土方さんはこちらに向かって、ズンズン歩いてくる。


「どうも、土方さん」

「おい、総司。稽古はどうした」


沖田さんの目の前に立つ土方さん。

上から睨みつけるが、沖田さんは余裕の表情である。

この人は、本当に肝が据わっている。


「やってますよ~?あまりにも、桜ちゃんができなさすぎて休憩です。ね?」


沖田さんに顔を向けられ、顔を全力で上下に振る私。


「素振り見せてみろ」

「え、でもまだ……」

「桜ちゃん、見せてあげて」


素振りはまだ習ってないと言おうとすれば、沖田さんがそれを遮る。

無言の圧をかけてくる沖田さんにそれ以上なにも言えず、私は構える。

足を揃え、お腹に力を入れ、姿勢を正す。

上から竹刀を握り直し、左足のかかとを少し上げる。

安定の見よう見まねで、竹刀を前頭部まで持ち上げ、「やぁ!」と言いながら竹刀を腰まで下げる。

ぶんぶんという音が気持ちよく、何回も振るが竹刀が安定していないことが目に見えてわかる。


「ね?ひどいでしょ?」

「…………」


腕を組みながら見ている沖田さんが土方さんに視線を送る。

土方さんも沖田さんと目をあわせ、ため息をつく。


「……総司、任せたぞ」

「は~い!」


土方さんはそのまま道場を出て行った。


「桜ちゃんすごいね!あの土方さんを黙らせちゃった!」


再び笑いながら私を見る沖田さん。

初対面からは考えられないほど愉快な人だ。

激動の時代を生き抜く中で、とても明るい沖田さんは新選組の灯にもなり得るだろう。


「でも、このままだと土方さんに嫌われちゃいますよね……」


こっちに来てから情けないことばかりだ。

現代の当たり前が当たり前ではないことが多い。

何度土方さんを始め、新選組の人たちに呆れられたかしれない。


「……嫌いになることはないと思うけど」


聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く沖田さん。

意外な言葉に沖田さんの方を見ると、顔を背けられる。


「え?今なんて……?」

「別に~?……さ、素振りの稽古するよ!」


とても嬉しい言葉を言われたような気がする。

“嫌いになることはない”。

もし、本当にそう言ってくれていたのなら、私はまだここで頑張れる気がした。


「ありがとうございます!」

「なにが?……それより、さっきの素振りはあまりにもひどいから、覚悟しててよね」

「ちょっとは手加減してください……」

「無理」


笑顔で振り返りながら言われた言葉に、甘えは通用しないと察する。


「まず、振りかぶり方だけど、さっきのは上げすぎ。左手がおでこの高さになるくらいでいいよ」

「わかりました!」


私は左手がおでこに当たるくらいまで竹刀を上げる。

重みで竹刀が頭頂部に当たりそうだ。


「竹刀が傾きすぎ。もう少し、上げて」


再び、沖田さんが右隣に来て私の竹刀を片手で持ち上げる。


「これくらいかな」


沖田さんが手を離したことで重力に負けそうな竹刀をなんとか支える。

思ったより、竹刀を立てるらしいことが感覚で理解できた。


「これは筋肉つきますね」

「うん、桜ちゃんはなさすぎだけどね」

「それは、否定できません……」


私は、運動音痴なため学生の時の体育の授業が大嫌いだった。

持久走の日なんかは、何かと理由をつけてサボるか学校自体休むこともあったくらい。

おかげさまで、体力もなければ筋力もない。


「このまま、ゆっくり振り下ろして」


私は、言われた通り竹刀を振り下ろす。

しかし、筋肉がないのか竹刀がブレる。

なぜ。


「振り下ろし方は、まず肩、肘、手首の順に下ろしていって。振り方としては、前の方に剣先を飛ばすようにしてみて」

「はい!」


もう一度、竹刀を振り上げる。

振り下げるときに、まず肩を動かしそれについていくように肘を下げる。

最後に手首で剣先を前方に保つ。

ブレてはいるが、先程よりは幾分か綺麗に見える。

ブレないようにするには、何が必要なのだろうか。


「うん、だいぶマシかな」

「沖田さん、質問があるんですけど!」

「なにかな?」

「竹刀がブレるんですけど、どうすればいいですか?」

「そうだなぁ~」


沖田さんは考える人のポーズをする。


「桜ちゃんは、なんというか……体の軸がないんだよね」

「ほう、なるほど」


体の軸、言い換えれば体幹ということだろう。

もちろん、体幹はない自覚しかない。

プランクなんて、30秒すれば余裕で息が切れる。


「心当たりしかないので鍛えます」

「うん、そうして」


面倒くさがりながらも、丁寧に教えてくれる沖田さんも世話好きだなと思う。

そういえば、近所の子供と遊んでいたなんてエピソードがあったと思い出した。

え?私は、子供扱いされているのか?


「まぁ、今日はひたすら素振りの稽古ね。はい、振って~」

「はい!」


その日は、夕餉の時間になるまでひたすら素振りをさせられた。

終わるころには、全身に力が入らなかった。

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