第8話 洗濯~原田、山南~


日差しを感じ、ゆっくりと目を開ける。

明るくなっていた空間に体を起こし、回らない頭を回転させる。

ここはどこだ?

……そういえば、私は幕末にタイムスリップしていたのだった。

ふと夢が覚めて元の時代に戻っているのではないかと考えてしまうが、そんなことはなかった。

着替えるかと立ち上がり、洋服に手を伸ばしたところで私が着替えるのは袴だと気づく。

袴を着るという重い出来事に朝からげんなりするが、慣れる前の辛抱だと気を震わせる。

スマートフォンの電源を付け、写真を見ながらなんとなくで着てみる。

うん、なぜかかっこよく決まらない。

まぁ、大体でいいかと諦めメイクなどの準備をする。

髪もぼさぼさなのでくしでまとめ、ヘアオイル等をつけそれっぽくする。

土方さんが買ってくれた小刀をそれっぽく袴に差し、部屋を出る。

今日の格好は、もはやコスプレだ。


いつも朝餉を食べる部屋に着き、襖を開ける。


「おはようございます!」

「おう、おはよ……」


そこには、土方さん、原田さん、沖田さんがいた。

今日は朝餉のの部屋に到着するのは早い方である。

しかし、三人が私を見て固まっていた。

なんだ?


「桜ちゃん?もしかして、自分で袴着た?」


沖田さんに問いかけられる。


「はい、そうですけど……。やっぱり、なにか変ですよね?」

「そうだね、格好悪い」

「そんなストレートに言わなくても……」


違和感を覚えてはいたが、あらためて人に言われるとショックを受ける。

しかし、本当のことを言ってくれるのはありがたいことでもあるのだ。


「一回見ただけじゃ覚えられなくて、それっぽく着ました……」

「あぁ、努力は認めるよ」


原田さんにも苦笑いをされる。


「誰か着つけ方教えてください」


思わず項垂れていると原田さんが近寄ってくる。


「ちょっと見せてみ?」

「はい、どうぞ……」


そう言って原田さんは私の腰回りを確認する。


「これは、行灯袴か?」

「あんどんはかま?」

「あぁ、えぇっと……」


原田さんが頭を掻きながら目を逸らすので私は首を傾げる。


「足が分かれていない袴ってことだ」


今まで黙って見ていた土方さんがぼそっと教えてくれる。


「あぁ、なるほど!そうですね!足が分かれていないやつです!」

「……じゃあ、いいか」


独り言のようにそうつぶやく原田さんは、私の小刀を脇に挟み私の袴の紐をほどいていく。

袴がすとんと落ち、紐が巻かれているだけの着物があらわになる。

幸い、このスカート型の袴は着物を腰回りで巻かず、下ろして着ることができるタイプのものだ。

ズボン型のタイプだと巻かなければならないため、足が出る。

原田さんはきっとそのことを気にしていたのだろう。

まずは、乱雑に巻いていた着物の帯を結びなおしてくれ、袴の紐もぎゅっと結ぶ。

やっぱり見ただけじゃなにも頭に入ってこない複雑な結び方をしている。


「よし、これで様になったな」


私の肩を叩いて笑顔を見せる原田さん。

見てみると、昨日と同じようにきちんとした袴姿となっていた。


「ありがとうございます!」


朝餉の席に座ると、沖田さんがにやにやしながらこちらを見ている。


「ん?なんですか?」

「あぁ、いや。桜ちゃんが一人で袴を着れるようになる日は来るのかなと思ってね」


それは私自身、不安な点である。

浴衣でさえ着る練習を何十回と行い、なんとか一人で着れるようになったくらいだ。

袴なんていつになったら着れるようになるのだろうか。


「まぁ、習うより慣れろだな。たくさん練習して少しずつうまくなればいいさ」

「ありがとうございます!」

「ほんと左之さんは、女の子には甘いよねぇ」

「あたりめぇだろ」

「僕は、厳しくいくけどね」

「それはそれで総司らしいけどな」


こういう新選組隊士のやり取りを間近で見ることができるのは、とても贅沢なことだなとふと思った。


「総司、今日は久遠に剣術の基礎を教えてやれ」


土方さんが沖田さんに話しかける。

剣術の基礎……?


「あ、あの話有効だったんですね」

「当たり前だ」


昨日、外で言っていたことを今日実行するらしい。

筋肉もままならないですが、大丈夫でしょうか。

沖田さんは大きくため息をつくと、私の方へひきつった笑顔を向ける。


「たっぷりしごいてあげるから楽しみにしててね」

「は、はい……」


土方さんとはまた違った怖さがある沖田さん。

永倉さんたちみたいに楽しく筋トレ!とはならないだろう。


「ま、がんばれよ」


私の筋肉の現状を知っている原田さんが私の肩に手を置き、苦笑いを向ける。


「はい、耐えます」


そんな会話をしている内に続々と幹部の人たちが集まってきたので、朝餉を食べ始めた。



部屋の前の縁側に座って空を眺める。

2022年よりどことなく空気が澄んでいるように感じるのは、きっと気のせいではない。

うるさい機械音がなく、人の声や自然の音だけが聞こえるこの世界は静かで耳が癒される。


「久遠くん、ここにいましたか」


透き通るような低い声が右から聞こえ顔をそちらに向けると、そこには山南さんがいた。


「山南さん、こんにちは」

「こんにちは」


山南さんはそういうと私の隣に座ってくる。


「ここでの生活に、少しは慣れましたか?」

「はい、そうですね!皆さんが親切にしてくださるので、感謝しています」

「それならよかったです」


山南さんは、新選組の総長。

頭も腕も切れる優秀な人だ。

どこか心の奥が読めないというか感情が読めないような不思議さを残す。


「久遠くんは洗濯がしたいと聞いていますが、合っていますか?」

「あ、はい!したいです!洗濯!」

「今からお教えしようと思うのですが、お時間はありますか?」

「めちゃくちゃ暇なので大丈夫です!」

「では、ご案内します」


山南さんが立ちあがったので、私もそれに続く。

まず、訪れたのは炊事場だ。

本物のかまどを目の前にすると重厚さに圧倒される。


「まず、ここの灰汁桶から灰汁を別の桶に移します」

「灰汁を!?」


灰汁が溜まっている桶の隣に多くの桶が置いてあり、それを取って灰汁を入れる山南さん。

ま、まさかこれで洗濯するのだろうか。


「これを庭に持って行ってこの灰汁を使って手で擦り洗いをしてください」

「な、なるほど……」


やはりというか手で擦るのはイメージ通りだったらしい。

寒い中水に手を付ける経験が社会人となるとそんなにないので不安になる。


「ご自身の服を洗濯してみますか?」


教えてくれる人がいるうちにと思い、私は返事をする。

山南さんが庭へと運んでくれたので、私は自室からパンツを3枚取ってくる。

取り急ぎ、足りなくなるものを最優先させたい。

また、すぐに乾くのもある。


「お待たせしました!」

「では、始めましょうか」


袖をまくった山南さんが手ぬぐいを灰汁につける。

手ぬぐい同士を擦らせながら丁寧に揉みこんでいく。

それをよく絞り皺を伸ばすためにはたいて終了。


「簡単なのでやってみてください」

「はい!」


私は、ピンクのパンツを灰汁につける。

灰汁の中に手を入れると冷たくて思わず手を出す。

が、このままだと洗えないので意を決して手を入れる。

パンツをよく擦り、汚れが取れたのを確認してからそれを絞り皺を伸ばす。


「おぉ、思ったよりちゃんと綺麗」

「久遠君の時代は、手で洗わないのですか?」

「はい!洗濯機という洗濯をするだけの機械があって、その中に洗濯ものを入れるだけであとは自動でやってくれます!」

「ほう、それは便利ですね」

「そうなんです!」


こんな手洗いの時代から自動で洗濯できるようになるなんて人類の進歩はすごいなと思った。

なんなら洗濯機がある時代の方が少ないことに気づく。

人類の歴史からすれば、「三種の神器」が登場したのもつい最近である。

洗濯機を発明してくれた人にはあらためて感謝だ。 


「久遠くん、この生活に慣れた時には、私に言っていただけると助かります」

「わかりました!」


山南さんはそう笑顔を浮かべると、その場から去った。

何故、生活に慣れたことを山南さんに報告する必要があるのか。

山南さんのこの言葉の意味が分かるのは、もう少し先の話……。

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