第7話 お風呂~近藤、井上~
運動した後の晩御飯はとてもおいしく感じた。
もちろん、いかにもな和食であったが、体に染み渡る栄養素を感じる。
これは痩せるであろうと確信した。
食べ終わった後に、歯磨きをしに向かう。
そこには、近藤さんがいた。
「おお、久遠君も歯磨きかい?」
「はい、失礼します!」
「構わんとも」
近藤さんが立つ横で歯磨きを開始する。
「体は疲れていないかい?」
「永倉さんたちに鍛えてもらったので疲れましたが、なんだか爽やかな気持ちです!」
「そうか!体を動かすのはいいことだろう!」
「はい!」
その会話をして、私は引いていた汗を思い出した。
お風呂に、お風呂に入りたい。
「近藤さん、お風呂ってどう入ればよいのですか?」
「あぁ、そうだな!久遠くんは知らないのだったな。あとでトシに言っておく」
「ありがとうございます!」
近藤さんはなんだが落ち着いた雰囲気があって、なんでも話しやすい人だ。
こういう人柄が土方さんをはじめとする多くの隊士の心を奪っていったのだなと思う。
しかし、私は新選組が長くないことを知っている。
そう考えると、少し複雑な気持ちだ。
近藤さんが出ていき、私も歯磨きが終わり自分の部屋へ戻る。
こういうちょっとした暇な時間は、動画サイトでお気に入りのゲーム実況者の動画を見たりしているのだが、ネットが使えないためそういうこともできない。
この時代の人たちはどうやって時間を使っていたのだろうか。
私の世代は、小さい頃から持ち歩けるゲームが流行り始め、みんなでゲームをしていた。
また、私の出身である広島では中心街の方はともかく近くには遊べる山や竹藪があり、よくそこで秘密基地をつくって遊んだりしていた。
外でも中でも遊びながら、年頃になるにつれスマートフォンが出始め、中高生時代はそれを使って日々を過ごしていた。
もはや当たり前にあるスマートフォンが使うことができないのはもどかしい。
それに、着慣れていない袴がより疲れを倍増させる。
早く脱いで横になりたいが、お風呂に行く途中に部屋着に着替えるのはいかがなものだろうか。
……いや、どうせお風呂入った後に着替えるのだから一緒か。
自分自答して解決したので、さっそく袴を脱ぐ。
脱ぎ方はおおまかにすればよいだろうが、明日のためにどのような形になっているのか写真を撮っておいた方がよい。
今後は一人で袴を着つけなければならない。
正直、自信はないがやるしかないのだ。
たくさん体に巻き付いている紐をどう結べばよいのかというところを重点的に写真に撮りながら脱いでいく。
思ったより複雑なため、私は明日の自分に任せることにした。
写真を撮り終えたので、スマートフォンの電源を切る。
使わないときは電源を切っておかなければ、今後充電がもたなくなる可能性がある。
袴や着物などを丁寧に畳み、モコモコ部屋着を着た。
あぁ、なんという解放感なのだろう。
洋服の手軽さに改めて感動する。
この時代の人はどうやって時間を潰すのかと思っていたが、服を着るだけでもこんなに時間がかかるのだ。
自然と時間は消えていくのだろう。
そんなことを考えていたら襖から「久遠くん」と声がかかる。
襖をそっとあけると、そこには源さんの愛称で親しまれている井上源三郎がいた。
「井上さん!どうされたんですか?」
「いやね、トシ君から久遠君にお風呂を案内してやってくれと頼まれてね」
なぜ井上さんに頼んだのか甚だ疑問であるが、お風呂の手配はしてくれるらしい。
それは、とてもありがたいことだった。
「そうなんですか!?わざわざすみません、ありがとうございます!」
「いいんだよ。……ほら、他の子たちは若いからね、トシ君も任せられなかったんだろう」
井上さんが苦笑いで放った言葉が一瞬理解できなかったが、わかるとなるほどと納得する。
井上さんは、土方さんと長い付き合いがあるし、年もかなり上のはず。
お風呂なんてデリケートな場所は、井上さんのような信頼できる人の方が良いのだろう。
「な、なるほどです……。なんかすみません」
「いや、いいんだよ。正直、みんな久遠君のことで舞い上がっている部分があるからね」
舞い上がる要素なんて1ミリ足りともなさそうだが、いつの時代も男はそうなのかもしれない。
男子校に女の子が転校してきたようなものだろう。
私で良ければ、だが。
「恐縮です、本当に……」
嘘でもそのようなことを言ってくれる井上さんに頭を下げる。
こんな優しいお父さんがいたらどれだけよかったのだろうかと思う。
「……話が逸れてしまったね。準備ができたら行こうか」
「はい!」
私は、着替えをお風呂セットのメッシュバックに詰める。
井上さんに準備ができたことを告げ、井上さんの後を追う。
ここにきてから、屯所内の移動は誰かに付き添ってもらってばかりのため、マップを覚え始めないといけないなと思った。
それに、先程替えの下着を出したときに思ったことがある。
「あの、井上さん」
「うん?なんだい?」
「洗濯ってどうしたらいいですか?」
そう、替えの下着は5日分しか持ってきていない。
そろそろ、次からどうするのかを考えなければならないのだ。
「あぁ、そうか、それもあったね。……今日は夜も遅いし、明日教えるよ」
「ありがとうございます!」
この時代に洗濯機なんてハイテクなものはもちろん存在しないだろう。
……となると、イメージするのは、水を張った桶の中に洗濯板を入れ、手で洗うというものだ。
こんな真冬に手洗いなんて想像しただけでも鳥肌が立つが、おおよそ予想は当たっているだろう。
取り急ぎ、そのことを考えることはやめてあったかいお風呂のことを想像する。
体が冷えに冷えているため、体力を回復するという意味でも早く湯船に浸かりたい。
道場の近くまでくると、煙が上がっている箇所がある。おそらく、ここがお風呂だろう。
「さぁ、着いたよ。なにかわからないことがあれば、聞いてくれればいいからね」
「ありがとうございます!」
「あ、それと……」
と井上さんから手渡されたものは少し大きめの手ぬぐいだった。
「これで体を拭くといいよ」
「ありがとうございます!」
ホテルに当然あると予想し、持ってこなかったタオル代わりの手ぬぐいを渡される。ふかふかのタオルでないことは残念だが、それも致し方ないだろう。
井上さんが背を向けたので、目の前にある引き戸をずらすと、そこには棚があるこじんまりとしたスペースがあった。
その奥にさらに引き戸があることから、向こうがいわゆる浴室でここが脱衣所なのだろうと理解する。
入口の引き戸を閉め、部屋着を脱ぐ。
メッシュのカバンに入れてあるお気に入りの小さいシャンプー、コンディショナー、ボディソープのボトルとクレンジングと洗顔が一緒になっているボトルを持って浴室へとつながる引き戸を開ける。
湯気がもわっと立ち込め、そこには木製の湯船が広がっていた。
「ビバ!風呂!」
湯船に浸からずとも暖かい空間に体が溶けていくような錯覚を覚える。
まずは、顔を洗いたいが、シャワーがないことに気が付いた。
そりゃそうだと思うが、ではどうやって体を流せばいいのだろうか。
辺りを見渡すと小さな桶があった。
おそらくこれを使うのだろう。
私は、桶に湯を溜めながら顔、髪、体を洗っていく。
全身砂まみれの体が清潔になっていくのを感じ、普段お風呂が面倒くさい私でもこの時ばかりはお風呂に感謝した。
それから湯船にゆっくりと浸かる。
思わず、「あぁ~」というおじさんのような声が漏れた。
全身がポカポカになったところで湯船を出る。
もらった手ぬぐいで体や髪を拭くが、すぐにびちょびちょになり追い付かない。
絞りながら、なんとか拭いたところで下着と部屋着を身に着け引き戸を開ける。
無論、髪は全く乾いていないので手ぬぐいは肩にかけて部屋着が濡れるのを少しでも防いだ。
「お待たせしました~」
「大丈夫だよ。ゆっくりできたかい?」
井上さんの柔らかい笑顔に心も暖かくなる。
「はい!ゆっくりさせていただきました!」
冬の夜は冷えるが、今のところはそれをまったく感じさせない。
「おや?髪の毛も洗ったんだね?後で、もう一枚手ぬぐいを持っていこう」
「わぁ~助かります!」
など井上さんと会話を弾ませながら廊下を歩く。
髪の毛がすかっかり冷え切ったところで、自室に着いた。
「じゃあ、またあとでね」
「ありがとうございました!」
井上さんに手を振りながら見送って、部屋に入る。
髪の毛を乾かそうとドライヤーを無意識の中で探すが、よくよく考えたらドライヤーはこの時代にはない。
スペースをとるドライヤーをスーツケースに入れていないのはもちろんだが、物があったとしても電気が通っていないんじゃどうしようもない。
「え?どうすれば?」
私は、井上さんが後から持ってきてくれた手ぬぐいも用いて、髪の毛の水分を取ろうとしたがドライヤーで乾かしたようになることはなく、あきらめて眠りについた。
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