第6話 筋トレ ~永倉、藤堂、原田~

屯所にて、しばらく自室でのんびり過ごしていると襖の向こうがなんだか騒がしくなる。


「桜ちゃん!いるか?」


その声がした途端、襖ががらりと開く。

急に襖を開けた人物に目をやると、それは永倉さんだった。


「永倉さん!?え、どうしたんですか!?」

「おい、新八。女の子の部屋を急に開けるのやめろ」


永倉さんの後ろから、よっと顔をのぞかせたのは原田さんだった。


「そうだよ!だからしんぱっさんはモテないんだよ」


後から歩いてきたであろう藤堂さんもいる。


「なんだと平助!お前にだけは言われたくねぇな!」

「うるさいよおじさん!」

「俺は、まだおじさんじゃねぇ!」

「平助、新八をおじさん呼ばわりするってことは、俺のこともおじさんだと思ってるな?」

「そうだよ!俺からしたら二人は十分おっさんだよ!」

「なんだとぉ!?」


永倉さん、原田さん、藤堂さんが私の目の前でごつきあいをしながら軽い言い合いをしている。

一体、私は何を見せられているのか。

男同士のイチャイチャ?


「あ、あのっ!私になにか用事があるのでは?」


目の前の光景に耐えかねて私は声をかける。

すると、三人は一斉にこっちを見てあっという顔をする。


「そうだったそうだった!土方さんから桜ちゃんを鍛えるように言われてよ!」


永倉さんに言われたことが身に覚えがありすぎて思わず冷や汗をかく。

そして、私は土方さんの仕事の速さを少し恨んだ。

鍛えるのにこの三人が選ばれたことは、なんとなく察しがつく。

特に、永倉さんと原田さんは新選組幹部の中でも体格が良い。

藤堂さんは……少し細身だが、刀を振り回せるほどの力はあるはずなので、少なくとも私よりは筋肉はあるはずだ。


「な、なるほど」

「……てことで、桜ちゃんを道場へ連行だ!」


座っている私の脇から永倉さんは私を軽々と持ち上げ、左腕で私の腰回りを持つ。

腰から手足が揺れるスタイルでしっかりと掴まれて、私は道場へ連れていかれた。


他の隊士が木刀やらで稽古をしている中、道場の端で三人に囲まれる私。

もはやリンチである。


「まず、桜ちゃんがどこまでなにができるのかを確かめる!」


まるで体育教師のような永倉さん。

学生時代の嫌な記憶が蘇る。


「まずは、腹筋だ!平助!」

「おうよ!」


藤堂さんに座るよう促され、体育座りをすると藤堂さんが私の両足を掴む。


「さぁ、桜!今から30数える間に何回できるか確かめるからな!がんばれよ!」

「は、はい……」


腹筋……。

そう、私は人並み以上に筋肉がない。

スポーツテストの腹筋も10回超えたらいい方である。

抑えてくれる友達にドン引きされた。

そして、高校生からまともに運動をしてこなかった数年。

できるかどうかというより、ほぼできないであろう。


「じゃあいくぞ!いち!」


藤堂さんが数え始めたので私は腹筋に力を入れ体を起こそうとする。

なかなかあがらないが、なんとか一回起こした頃には軽く三秒を超えていた。

それからも少しずつ上体起こしをするが、20秒を超えたあたりから腹筋が悲鳴を上げ、なかなかあがらない。


「さ、桜?本気でやってるんだよな……?」

「ほ、ほんきに、決まって……るじゃないですかっ!」


しゃべるのも一苦労だが、それでも上がらず一度体を床につける。

もう無理。

明日は筋肉痛確定だ。


「三十……」


最初は元気があった藤堂さんの数える声も、三十のときには力がなかった。

わかる、この引かれている空気が。

なぜなら、三十秒で6回しか起こせていない。

これは、さすがの自分にもドン引きである。


「え、と…桜ちゃん、もう一度聞く。……ふざけてないよな?」


永倉さんの本気の低い声に少しこわばるが、大マジでしているため激しく頭を上下に振る。


「あ、えと……じゃあ、腕立て伏せだ!やってみようぜ!な?」


重い空気を打ち破るような原田さんの提案は、私にとっては最悪のものだった。

なぜなら、私は腕立て伏せこそ、3回できていい方なほどできないからだ。

そもそも、やり方がわからない。

肘を曲げる?は?状態である。


「そ、そうだな!うん!桜!やってみようぜ!」


藤堂さんも励ましてくれるが、この後に地獄が待っていることをこの時はまだ知らない。


「は、はい……」


私は渋々腕立て伏せの体制に入る。

うん、もうすでにできる気がしない。


「じゃあ、数えるぞ!せーの!」


藤堂さんが数え始める。

私は、とりあえず肘を曲げるが、なかなか体が持ちあがらない。


「ふんっ!ん~~~!!!!」


声を出してがんばり、ようやく1回。

伸ばした腕は震えている。

そもそも、だ。

着物も袴も体操服に比べて重いため、普段よりできなくて当然なのだ。

という言い訳を心の中でする。

だが、さすがに1回というのはふざけていると思われかねないため、もう一度気合を入れて肘を曲げる。

が、力が抜け、体が地面にまっすぐ落ちる。


「いてっ!」


もういやだ。

穴があったら入りたい。

こんなことになるなら、運動しておけばよかった。

筋肉を鍛えるための筋肉がないというのは、まさにこのことである。

それでもやめるわけにはいかない、土方さんに買ってもらった刀を扱えるようにするためにも。

私は、もう一度体制を整え、大きく息を吐く。

ゆっくり肘を曲げる。

今度はなんとか耐えている。

ゆっくりと、でも力が抜けないように体を持ち上げる。


「三十……」


三十秒で二回しか、腕立て伏せができなかった。

シーンとする三人に思わず泣きそうになる。


「す、すみません……。私、本当に筋力がなくて……」


思わず正座になる。

油断すれば、涙がこぼれそうになるのでしっかりと目に力を入れる。

すると、永倉さんが「くくくっ」と喉を鳴らす。

それから啖呵を切ったように、永倉さんが笑い出す。

それに続き、原田さんと藤堂さんも笑い始めるため、私は顔を上げる。


「い、いや……ここまで筋肉ないと逆に笑えるなっ」

「ほ、本当になっ!初めて見たぜ……!」

「桜、おもしろすぎるっ……」


思わず口が開く。

最悪だとか面倒くさいだとかマイナスな感情があると思ったが、それは私の思い違いだったようだ。

三人の様子にそっと胸を撫でおろす。


「桜ちゃんがまったく筋肉がないのがわかったところで、鍛え始めるか!」


永倉さんが手を伸ばしてきたので、私はそれを掴み立ち上がる。


「すみません。よろしくお願いします!」

「おうよ!びしばし鍛えるから、覚悟しとけよ!」

「はい!」

「とはいっても……どうすっかな?」


永倉さんが原田さんと藤堂さんに相談する。

そうだ、そもそも鍛えるための筋肉がある前提の筋トレしかしたことがないであろう三人は、鍛えるための筋肉を鍛える筋トレを知らないのである。


「桜が元の時代で、できていた筋肉を鍛える方法とかないか?踊りでもいいんだが……」


原田さんに聞かれ、私は頭を巡らせる。

好きなアニメのアイドルやミュージカル舞台のダンスはあるが、完璧に覚えているものは少なく、音源がないといまいち盛り上がらない。

昔できたダンスで筋肉がなくてもできるが、やれば鍛えられるものはないかと考える。

そして、辿りついたのは小学生のときだ。


「あ、ソーラン節……」

「そーらんぶし?ってなんだ?」


ソーラン節とは、多くの小中学生が躍る伝統的な踊りのことだ。

どっこいしょ~どっこしょ~と漁師の真似をする踊りは、小学生の時にやったことがあり、最初の方は筋肉痛になっていたが、運動会本番に近づくにつれ、徐々に慣れていったことを思い出した。


「どっこいしょ~どっこしょ~って漁師の真似をする踊りがあるんですけど……」

「ちょっとやってみてくれ」


永倉さんが興味を示してくれたので、私はサビの部分からやることにした。


「あ~どっこしょ~どっこいしょ~。ソーランソーラン!」


網を引っ張りながら膝を限界まで曲げる動作を左右2回、網を持ち上げる動作で腰を捻り腕を上げる動作を2回。


「いや~れん、ソーランソーランソーランソーラン!はいはい!」


小学生のときにやったとはいえ、意外と踊りを覚えていることに驚いた。

が、素早くできたわけではなく、最初の網を引っ張る動作はゆっくりでしかできなかった。


「で、ここからまたどっこしょをします」


一通りの動きはやったのでそこで一度踊りをやめる。

久しぶりにやるため、さすがに肩で息をする。


「確かに、この踊りは鍛えられそうだな」

「だね」


永倉さんの言葉に納得する二人。

どうやら合格点のようだ。


「よし、まずはそのソーラン節をびしっと決められるようにしながら徐々に鍛えていくぞ!」

「はい!よろしくお願いします!」

「まずは、その踊りを最初から教えてくれ!」

「わかりました!」


私はソーラン節の最初から永倉さんたちに教えながら踊っていた。

久しぶりに体を動かし、汗をかいたが、それはとても気持ち良かった。



「何やってんだ、あれ」

「さぁ?なんだろうね」

道場を除きにきた斎藤、沖田は四人のへんてこな動きを見て疑問を抱いていた。

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