第3話 幹部
私は今、中くらいの部屋の出入り口付近に座らされている。
そんな私をコの字型に囲む。
真正面の左手に土方さん、右側の列の手前に斎藤さんがいた。
それ以外の顔ぶれは、今のところみたことはないが、もしかしたら新選組の幹部の人たちなのかもしれない。
私は、唾を飲み込んだ。
「では、詮議を始める」
「詮議!?」
土方さんの言葉に思わず反応する。
待て待て待て、私は何もしてないぞ。
「斎藤」
「はい」
土方さんが斎藤さんに目配せし、斎藤さんがなにやら紙を持っている。
「先刻、この者が暴走した隊士を手懐けていたため、規定により隊士とこの者を拘束しました」
「手懐ける!?」
左側の少し若そうな男が驚くようにこちらを向く。
「新選組継続のため、この者の処刑を検討します」
「処刑!?」
今度は私が驚く番だ。
処刑とはつまり殺されるということだ。
「しょ、処刑ってもしかしてあれですか?首を刀で斬られたりするあれですか?」
「そうだ」
冷たく言い放つ土方さん。
先程の「泣く女が苦手」といった人物とまるで別人である。
これが、鬼の副長の正体。惚れる。
「え、あの……最悪処刑されてもいいんですけど、その場合一つお願いがありまして」
「……なんだ?」
「処刑されてもいいんだ……」
どこからともなく引き気味の声が聞こえたが、土方さんは見事なスルースキルを持っている。
さすが鬼の副長である。
「あの、私の首を斬る役は、せめて土方さんにお願いしたいです!」
瞬間、重たい空気に乱れが生じる。
鬼のような土方さんは、さらに眉をひそめた。
「何故俺なんだ」
「そんなのもう、せめて最期くらいは、最期を迎えるなら、好きな人に殺して欲しいというか……」
言いながら少し恥ずかしくなり言い淀む。
が、数人が吹き出し、腹を抱え笑っている。
「土方さん、良かったですねモテモテで」
心底嬉しそうに土方さんをからかっている右列の真ん中の人は、もしかしたら新選組一番組組長沖田総司ではなかろうか。
新選組を模した作品でも、よくこういう立ち位置にくるのが沖田である。
少し長めの髪をハーフアップにしており、釣り目に口角が上がった口は若さを感じさせる。
動物に例えると猫みたいだ。
「良くねぇよ。断る」
「なんでですかぁぁぁあああああ!!!!」
即刻の断る宣言に思わず叫んでしまう。
「ひどい、どうせ殺されるなら好きな人が良かったのに。私は、死んでもいいと言っているのに。命を妥協してまで、お願いしているいたいけな女の子なのに……。どうせ死ぬなら好きな人にっていう、そのくらいの望み、叶えてくれてもいいじゃないですか」
ひくっひくっと泣き真似をする私。
それを見てさらに笑う一部の人たち。
現場は、まさしくカオスだった。
「土方さん、それくらいは別にしてやってもいいんじゃねぇか?」
左列の一番手前の筋肉マンが土方さんにそう提言してくれている。
土方さんは、顔を歪め頭を掻く。
指の隙間からちらっとみた土方さんと目が合った。
「……仕方ねぇな。もし、お前が処刑されることになったら、その時は俺が介錯してやる」
「やったぁぁぁああああ!!!!」
縛られた腕を高々と上げる。
これで私は、最悪好きな人に殺されるという幸せな展開を確約されたのだ。
「土方さんに殺されるとかなんという幸せ……。冥土の土産にしますっ!」
腕をおろし、私は土方さんに向かって頭を下げる。
もうそれなら、処刑されてもいいや。
「トシはさすがだなぁ」
「やめてくれ近藤さん」
正面の真ん中、土方さんの隣にいる人は今近藤さんと呼ばれていた。
こ、この人が新選組の局長、近藤勇。
近藤さんは、短めの髪を一つに縛ってちょんまげ風の髪型をしている。
どこか沖田(であろう人)と髪型が似ている。
威厳はあるが、どこか温和そうな人で、これは新選組の人たちがが持ち上げたくなる気持ちがわかるなと思った。
本当に土方さんのことトシって呼ぶんだ。かわいい。
「……話は逸れたが、これからはこちらの質問にすべて正直に答えてもらう。嘘をついたら、命はないと思え」
「オーキードーキー」
「は?」
「あ、すみません、了解という意味です」
思わずどこかで見たスパイアニメの真似をしてしまった。
土方さん、めちゃくちゃ顔怖い。
「では、まず名前から聞こう」
「はい、私の名前は久遠 桜(くおん さくら)と言います」
「どこから来た?」
「東きょ……え、江戸です」
思わず東京と言いかけたが、今の時代でいうと江戸になると思われるので咄嗟に言い直した。
いや、待て。
練馬区って今でいうところの江戸に入るのか?
江戸城、つまり皇居の周辺が江戸でそれ以外は〇〇村みたいに地名が違うような気もする。
練馬区は、少し離れているからおそらく違うんだろうなとは思うが、出身が練馬区ではないため、その辺の知識には疎い。
検索ツールで調べることができたら便利なのだけど。
「その格好はなんだ?どこで手に入れた?」
そこで、改めて私は自分の服装を見る。
首にはスヌード、腕先にファーがつきシルバーの花模様のビジューがついたグレーのコートは膝上のブラックのフレアスカートまで覆っている。
真ん中が革製、サイドがレースになっており、左右のサイド上にシルバーのハートの留め具がついたベルトが二本ずつついているのが特徴だ。
そこに肌色のストッキングを履き、上は真ん中に黒のリボンが5つあしらわれた白を基調とした薄手のVネックニットを着ている。
たしかに、袴姿だらけの中、いかにも量産型なこの格好は浮いてみえるだろう。
しかし、このことを説明するには、私が未来からきたということを話さなければならない。
なぜなら、こういう服装は1864年の今、世界中どこにも売ってないからだ。
外国からきたといっても、ごりごりの日本語をしゃべっている以上それも難しい。
そして、なにより新選組のことを知っている時点で日本で育ったことは間違いないし、さっき江戸から来たって言ってしまった。
しかも、嘘ついたら殺されると土方さんにも言われた。
ただ、私は新選組の悲しい行く末を知っている。
未来からきたと言っても大丈夫なのだろうか。
聞かれても答えることはできない。
それは、歴史を変えてしまうことにもなりかねないからだ。
それでも、本当のことを言うしかない。
それしか、私が生きる道はない。
殺されるのもいいけれど、斬首されるときすぐには死ねないと聞いたことがある。
痛い思いはなるべくしたくない。
「あ、えーっと、その前にまず私は今からすべて本当のことを言います。ふざけているわけでも、嘘を言っているわけでもありません。それを前提としてくれませんか?」
未来から来たなんて言っても誰も信じてはくれないだろう。
しかも、2022年現在もタイムスリップをする機械などは存在しない。
嘘と思われては、こちらにとっても分が悪い。
私は、自分の真剣具合をここにいる全員に伝えることにした。
「……わかった。話を聞こう」
土方さんがそううなずいてくれ、私は決心をする。
大きくゆっくり息を吐いた。
「実は、私……今から約150年後の未来からきました」
空気が凍る。
その空気に耐えられず、私は口を開く。
「あ、あの別に嘘を言っているわけではなくてですね、例えば……そう!これ!これです!」
私は、肩からずっとかけてあったカバンのチャックを開けスマートフォンを取り出す。
カメラアプリを起動し、土方さんのいる方向へカメラを向け、ボタンを押す。
すると、カシャッというシャッター音が部屋に響いた。
その場にいる全員がその音に少し驚いているのを無視して、私は今取った写真を見せる。
「見てください!これは、スマートフォンと言って、遠くにいる人と通話……話すことができたり、メッセージ……手紙?のやり取りができたり、とにかくいろんなことができるものなのですが、今見ていただいているのは写真で、これで写真を撮ることもできるんです!」
この時代の人たちが映っている写真が残っていることから、カメラも写真も聞いたことはあるはず。
しかし、それは2022年ものでは考えられない貴重な存在でこんな手軽に撮ることはできないものだ。
それが、こんな小さいもので手軽に、しかもカラーで撮れるというのは、この時代の人たちにとって、とんでもない技術の進化だろう。
今あるもので2022年と大きくかけ離れ、また今ここで見せることができるのは、これしかなかった。
「す、すげー!写真に色がついてる!」
左側の真ん中、若そうな男が無邪気にスマートフォンの画面をのぞく。
この人は、この中で髪が一番長く、ポニーテールにしている。
大きく垂れている瞳は、沖田さんが猫ならこの人は犬といったところだろうか。
「なんだこりゃ!?お前、すげーな!」
左側の一番奥側の人もそばに寄ってきた。
1、2を争うほど筋肉がしっかりしているのが袴越しからもわかるこの人は、短髪で頭に鉢巻を巻いている。
今でいう陽キャ風の見た目に少し物怖じする。
「これは、私がすごいのではなく、150年後の世界ではほとんどの人が持っているものです」
「ほえ~そうなのか!」
左側の手前の人もこちらに来て、画面をまじまじと見つめる。
この人も先程の人に負けず劣らず筋肉が発達している。
細く大きい瞳に大きな口、少し長めの髪を後頭部の方で一つに束ねている。
「あ、未来で撮ったほかの写真もあるので見ますか?」
「え、見たい見たい!」
「ちょっと待っててくださいね」
私は、画面を自分の方へ戻し、未来で撮ったかつ建物などが映った写真を探す。
そういえば、最近スカイツリーを見に行ったことを思い出し、その時の写真を探す。
スカイツリーの上に上り、富士山方面へカメラを向けたときの写真が建物なども映っていて、わかりやすいと感じたのでその写真を見せる。
「これは……?」
「この写真は、地上600m以上の建物から富士山を映した写真です」
「ろっぴゃくめーとる?」
そういえば、この時代と今では長さの単位が違うことを思い出した。
いくら新選組が好きとはいえ、長さの単位まで覚えているわけではない。
「うーんと、人が見えないくらいの高い場所?という説明でわかりますかね?」
目の前にいる三人は、いまいちピンときていないようだ。
「うーん、今あるもので一番高いものってなんですか?」
「そりゃ、富士山だろ」
左側最奥に座っていた人が答える。
「あー富士山か!これは、富士山の高さを5つに割った内の1つ分の高さなんです!」
これで伝わるだろうか。
正直、この時代の数学がどこまで進んでいるのか、富士山はどのくらいの高さかわかっているのかはわからないが、それでも十分すごさは伝わるだろう。
「それってつまり、相当高いってこと?」
「そういうことです!奈良の大仏よりは、全然高いです!」
「そうなのか!」
とりあえずスカイツリーの高さが伝わったらしいことが伺えた。
「その高さの建物を人間が作るくらい私のいた時代は、今より進んでいるということです。下の町並みは、今でいう江戸なのですが、全然違うでしょう?」
今度は、街の様子が今と全然違うことに注目させる。
高層ビルはこの時代に存在していないものであり、そもそも木造の建物なんてほとんどないこともこの写真から見て取れる。
一見は百聞に如かずとは、よく言ったものだ。
「これが江戸!?」
「ちょっと、新八さん、左之さん、平助、見えないからどいて」
「おお、わりぃな総司」
右側真ん中の人がそう呼びかけると、目の前の三人が元居た位置に戻る。
えっと、待って?
この三人、二番組組長永倉新八、八番組組長藤堂平助、十番組組長の原田左之助なの!?
それに、総司と呼ばれたということは、右側の真ん中の人は一番組組長沖田総司で確定!?
目の前の解像度があがり、急に鼓動が早くなる。
「どれどれ~…」
総司と呼ばれた男が目の前に来る。
こ、これが本物の沖田総司。
美男子と言われているが確かにイケメンだ。
「へぇ~なるほどね。確かに、これは今じゃまったく見ることができない景色だ。山南さんも見てみなよ」
「そうですね」
正面の右側、眼鏡をかけた男性も沖田さんにつられてやってくる。
こ、この人が新選組総長の山南敬助。
山南さんは、顎先まである髪の毛をハーフアップにしている。
目の奥の瞳は細く長い、いわゆる切れ長だ。
よくよくここにいるメンバーをみると、皆顔が整っていることに気づく。
が、私が新選組が好きなためフィルターがかかっているのだろうと結論付け、思考を元に戻す。
「そうですね、確かにこんな精巧なものは今作ることは不可能でしょう」
「だよね~。ほ~ら、土方さんも!」
沖田総司は一度立ち上がり、座っている土方さんの腕を引き、再び戻ってくる。
土方さんが近いと心臓爆発するからやめてもらってもいいですか?
「……なるほどな」
ほら、戻れと土方さんが手を払うと、沖田さんと山南さんは定位置に戻る。
「つまり、お前は未来からきたから、着物も着ていないし、変わったものも持っている……ということか」
「そうです。……信じていただけましたか?」
土方さんの目をじっと見つめる。
気づけば、土方さんから鬼の副長オーラが消えていた。
「信じたくねーが、信じてやる」
「ありがとうございます!」
意外にも土方さんは、信じてくれたようだ。
そっと胸をなでおろす。
「ん?待てよ、未来からきたということは、お前はどうやって帰るのだ?」
今までずっと黙っていた斎藤さんが問いかけてくる。
「それが、私にもわからなくて……。2022年も過去にタイムスリップするような技術はないんですよ」
「たいむすりっぷ……?」
「2022年?」
どこからともなく疑問の声が上がる。
2022年の言葉は、この時代では伝わらないものが多い。
「あ、えーっと文久4年の今は西暦、世界基準でいうと1864年なんです。それでいうと、私のいた時代は2022年、元号でいうと令和4年です。で、タイムスリップというのは、過去に行ったり未来に行ったりする技術なんですけど、創作の世界では存在しているのですが、現実にはそういったことはできないんです」
「な、なるほど。お前の言葉は時々わからぬ」
「すみません。以後、気をつけます……」
私にとって当たり前の言葉がこの時代の人に通じないのは少しストレスだが、新選組の皆様に説明するとあれば造作もないことだ。
「つまり、帰り方がわからぬ……ということか?」
斎藤さんに改めて聞かれ、肯定の返事をする。
そうだ、私元の時代に帰らなくてはいけないのか。
新選組に会えたのが嬉しくて、すっかり忘れていた。
「……どうします?土方さん。思ったより面倒なことになってますよ、この子」
沖田さんが土方さんに言葉を投げる。
土方さんは、顔をしかめて黙ってしまった。
なにも悪いことはしていないけれど、いたたまれない気持ちになってきたその時。
急に私の手を掴んできた人物がいた。
「久遠殿!そんなことがあったのか!大変だったな!」
顔を見ると、鼻の先が赤くなり目に涙が浮かんでいる、新選組局長近藤勇の姿があった。
「え、え!?」
戸惑う私に、近藤さんは話を続ける。
「こんな若い娘がたった一人で見知らぬ土地へ放り込まれるなんて、不憫じゃないか!もう大丈夫だ、君のことは我ら新選組が家へ帰れるまで預かろう」
「近藤さん何言ってんだ!」
近藤さんの言葉にすかさず厳しい言葉をかける土方さん。
それに、近藤さんがいやしかしと二人で軽い口論が始まった。
それを見ている私と周り。
というか、近藤さんは、新選組で私のことを保護してくれると言ってくれているのか。
なんて優しいお人なんだ。近藤さん、一生ついていきます。
「土方くんのいうことも最もですが、この子を解放するのも私たちにとってはよくないんじゃありませんか?」
二人の口喧嘩に山南さんが口を挟む。
その瞬間、土方さんは黙り空気もぴりっとする。
私を解放することの新選組へのデメリットとはなんなのだろうか。
とは思ったが、この空気でその質問をすることはできなかった。
「だが、新選組は女人禁制だ。こいつをここに置いておくわけにはいかない」
「では、男装をしてもらってはいかがですか?あなたも、屯所を追い出されては居場所がないのでしょう?」
「そう、ですね……。でも、私新選組が好きなんです。好きだからこそ、ご迷惑おかけするわけにはいかないといいますか……」
近藤さんや山南さんの申し出は大変ありがたい。
この時代の生活を知らない私は、屯所を追い出されればどう生活していけばよいのかわからない。
そもそも、この時代の人にとっては変わった格好の女、雇ってくれるのは遊郭のような風俗店だけだろう。
2022年でいわゆる夜のお店で一度も働いたことない私にとって、かなりハードルも高い。
それに、避妊道具もないであろうこの時代に、そんなハイリスクなことはしたくないのが本音である。
だが、生きていくには致し方ないのかもしれない。
現実味を帯びてきたこの世界、いつ2022年に戻れるのかもわからない。
心が闇に浸食されていく。
自然と手に力が入った。
「……わかった。久遠、お前の身を新選組で預かることとする」
「……え?」
「ただし、条件がある。新選組で預かる以上、お前には男装を続けてもらう。これが飲めなければ、預かることはできない」
一筋の光が広がっていく。土方さんからのその提案は、とても暖かいものだった。
「はい!それくらいお安い御用です!ありがとうございます!」
私は、深々と頭を下げた。
元々大好きな新選組だったが、ますます好きになる。
新選組の実態を知っているからこそ、こんな大それた決断をしてくれた三人に感謝が止まらない。
「トシさんは昔っから、女の子には優しいねぇ」
正面の右手、正式なまげを結った近藤さんとあまり年が変わらなそうな顔が柔らかい人が土方さんに微笑みかける。
「源さん、勘弁してくれ……」
土方さんの表情が急に緩んだ。
源さんということは、新選組六番組組長の井上源三郎だろうなと推測する。
井上さんは、土方さんたちが武州にいる頃からずっと一緒にいる仲間の一人だ。
この方が源さん!
「でもさ、あんた袴とか着物を持ってるの?」
全員の名前がわかったところで、沖田さんが私に話しかけてくる。
「もちろん、持ってません!」
「だろうと思った」
そうか、男装をするということはこの世界の男性の格好、つまり袴を着るということか。
そもそも、袴なんて大学の卒業式に一回着たきりである。
「なら、夜が明けたら買いに行く。総司、お前明日非番だろ。付いていってやれ」
「え~嫌ですよ、面倒臭い。こういうのは、女心がわかる人が行った方がいいと思いますけど」
「……誰だ、それは」
「え?土方さんに決まってるじゃないですか」
「なんで俺なんだ」
「土方さん、モテモテだから向いていると思うけどな~」
「断る」
目の前で繰り広げられている土方さんと沖田さんの漫才に、密かに心が躍る。
なんという尊いやり取りだろうか、それをこんな近くで見ることができるなんてお金を払いたい気持ちでいっぱいである。
「うん、確かにトシが行く方がいいと俺も思うぞ」
「近藤さんまで!」
近藤さんは、悪気がない笑顔で土方さんに顔を向ける。
沖田さんの言葉には明らかに悪意があるが、明らかに悪意がない近藤さんの言動に少し天然だろうことが伺える。
こういうほっとけないところも近藤勇の魅力なのだろう。
「君は、どうしたいのかな?」
沖田さんが私に胡散臭い笑顔を向けてくる。
土方さんだよね?という無言の圧をじりじりと感じる。
「ひ、土方さんがいいです……」
「じゃあ、決定~!土方さんよろしくね~」
「総司てめぇなぁ!」
拳をつくる土方さんを止める永倉さんと近藤さん。
沖田さんをなだめる井上さん。
みんな仲良しでほのぼのする。
「桜……だったよな?改めてよろしくな!俺は、原田左之助だ!」
左側にいた原田さんが話しかけにきてくれた。
「あ、左之さんだけすりぃ!俺は、藤堂平助だ!よろしく!」
「あ、俺は永倉新八ってんだ!桜ちゃん、よろしくな」
「もちろん、お三方とも存じてます!よろしくお願いします!原田さん、藤堂さん、永倉さん」
原田さんに続き、藤堂さん、永倉さんも来てくれる。
この紹介により、ポニーテールの人が藤堂さん、短髪の人が永倉さん、髪が長めの人が原田さんだとわかった。
気さくな人たちだな。
「てか、土方さん!そろそろこの縄ほどいてやってもいいんじゃね?」
藤堂さんが少しイライラしている土方さんに提言する。
「あぁ、そうだな。外してやれ」
「はーい!」
藤堂さんは、腰から刀を取り出し、私の手の間の縄を切ってくれた。
それからすぐに縄はほどけ、ようやく手が自由となる。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます!」
シャキッと気持ちよい音を立て鞘に収まる刀身に思わず目を惹かれる。
本物の刀をこんなに間近で見ることができて幸せだ。
「空き部屋が一つある。誰か案内してやれ」
「お、じゃあ、俺が行く」
土方さんの問いかけに答えたのは、原田さんだった。
「原田、頼んだ」
「わかった」
「久遠、原田についていけ」
「わかりました」
「さぁ、行くぞ」
「はい!」
原田さんが立ち上がったので、私も立ち上がりそれについていく。
襖を閉めた瞬間、冷たい風が全身を包み込む。
「いろいろ大変だろうが、なんかあったらすぐに言ってくれ」
「ありがとうございます」
暗い廊下を進んでいくが、原田さんの背中が唯一の頼りだ。
「ところで、土方さんのこと本当に好きなのか?」
「えっ!?」
少し声のトーンが上がった原田さんは、顔が見えなくてもニヤついていることが安易に想像できる。
コイバナが好きなのだろうか。
「好きってさっき言ってたろ?」
「そうですね、土方さんのことは好きです、推しです!」
「推し?」
原田さんの疑問は当然であった。
またわからない言葉を言ってしまったと少し後悔する。
推しとは、応援したい人というのが大まかな意味だ。
「はい、土方さんの生き様とか性格とかがとにかくかっこいいなと思ってます!もちろん、150年後の未来からきた私は、土方さんに会うことはないと思っていましたが、土方さんが生まれ育った町とか新選組の屯所があった場所とかは、一度行ってますよ」
「それは、なかなかすごいな……」
若干引かれているような気もするが、致し方ない。
この時代の人にとって、聖地巡りというものは存在しないのだから。
なにより、今は新選組自体があまり有名ではない。
新選組が世に知られるようになったのは小説からだというし、新選組がなくなってから人気を博したため、ここまでのファンは2022年ほど多くはないだろう。
「ま、俺は応援してるからよっ!がんばれよな!」
原田さんは振り返って私の頭を撫でる。
原田さんはモテるだろうなとぼんやりと思った。
「ありがとうございます!」
何を応援されているのかはよくわからないが、とりあえずお礼を言う。
「さ、ここだ」
どうぞと襖を開けてくれる原田さん。
部屋の中を見ると、行灯のぼんやりとした明かりの中にかすかに自分のスーツケースが置いてあるのがわかる。
屯所についてすぐ斎藤さんの姿が見当たらないと思ったが、ここに荷物を運んでいてくれたのかも。
「なーんだ、土方さん最初からそのつもりだったんじゃねぇか」
「え?」
「いーや、なんでも。さ、今日は疲れたろ?ゆっくり休みな」
「ありがとうございました」
「はいよ」
手を上げ、元来た道を戻っていく原田さんの背中が見えなくなってから、改めて部屋に入る。
スーツケースと布団が置いてある以外、特になにもない部屋。
スーツケースを開け、メイク落としのシートやモコモコの部屋着を取り出す。
メイクを落とした後、動物の耳が付いたフードがあるモコモコのピンクのトップスとそれに合わせたモコモコの短パンに着替え、布団にもぐる。
布団なんて旅館でしか使わないが、それが逆に私をわくわくさせた。
行灯の消し方がよくわからないため、明かりはそのままに、気づいたら眠りについていた。
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