第4話 7年越しの再会

「侑、そろそろ起きないと遅刻だぞ?」

「うん〜、おはよーお兄」


 今年高一になり晴れて俺と同じ高校に通う事になった妹の日比野侑。

 のっそりと起き上がると眠そうな目を擦りながらぽけ〜っとしている。


「いいからはよ起きろ」

「むべっ!」


 俺は持ってきていた濡らしたタオルで侑の顔を少し乱暴に拭く。結構これで目覚めるもんなんだよな。

 侑は7年の間に本当に美人に育ったと思う。


 元の黒髪を染めて、綺麗な栗色の髪の毛を肩上で切りそろえ、小さくひと房サイドテールの様に髪を纏めると天真爛漫な雰囲気が醸し出される。

 くりっとした大きな栗色の瞳と小さな頃から変わらないモチモチとした頬に加え、体型ももっちりと育った物だから朝起こす時に大きく育った胸が零れそうで本当に焦らされる。

 そんな様子を見てこの妹はニヤニヤと笑ってくるのだが。


「そういやお姉はー?」

「ん?あぁ、まだもう少し寝てるっぽい」

「そっかー、んんーーーーー♪よしっ、頑張ってこー!」

「早く顔洗って身支度してこい。朝飯用意しといてやるから」

「やったーお兄大好き♡」

「冗談言ってると次から作んねぇぞ」

「こんな事で照れちゃって〜、まだまだ甘々だねお兄も」

「ほっとけっ!」


 ちなみに侑には俺の脳内にいる『姉』の存在はバレている。と言うのも、あの件以来妙にくっついて来ると言うか、侑がべったりしてくる様になって自然とバレた。


 今は侑とアイデアを出し合って何とかこの怠惰な姉の姿を呼び出せないか試行錯誤中だ。


『もーとか言って正尚が私に甘えたいだけでしょ?』

「言ってろ」

『良いのかな〜?私を邪険にすると怖いぞ〜?正尚が夜一人でナニしてるか侑ちゃんにバラちゃおうかなぁ』

「そこはお前、寝ててくれる約束だろ!?」

『あれだけ正尚の興奮した意識に充てられたら寝てなんてねぇ。居られないでしょ?』


 くすくすと笑って話しかけてくるこの姉に俺は正直辟易していた。

 と言っても俺はこいつにレスバで勝てた試しがない。本当に口が回るのだこの姉は。

 俺がぶっきらぼうな口調になった大半がこいつのせいだろ、マジで。


「お兄ー!髪やってー?」

「はぁ。仕方ねぇな、こっち来な?その間服着替えとけ」

「やった〜♪」


 ソファに座ると俺の膝の上にスッポリと座ってくる侑。

 もう本当に勘弁してくれ。女の子特有の柔らかい感触が触れてる場所からこれでもかってくらい伝わってくる。


 よく耐えてる方だよな俺。これでも一介の高校生だぞ。


「お兄?どしたの?」

「あーもう上目遣いで見上げてくるな。可愛いから」

「んふふ〜、そっか〜、可愛いかぁ〜♪」

「……忘れろ」

「いやでーす!」


 櫛で侑の柔らかい髪の毛を梳いてやると気持ち良さそうに鼻歌を歌うもんだから、ますます愛おしいと言う感情が膨れ上がる。

 本当に昔からなんでか妹と言うか女の子に対しての愛情の膨れ上がり度合いが尋常じゃない。


「絶対姉ちゃんのせいだよな」

『なんのことかな〜?』

「ちっ、相変わらず掴めないやつ」

『でもいいじゃん。その代わりめちゃくちゃ可愛い侑ちゃんに甘々に甘えてもらえるんだから。私も甘やかしたいなぁ〜』

「なら現世に姿現す方法教えろっ!」

『今の正尚には教えられませーん。従ってまだその記憶はロックしたままでーす。と言うか時間大丈夫?』

「あっっっ!!」


 気づいたらいつもの登校時間まで数分を切っていた。


「急げ侑!!遅刻するぞ!」

「まじで!?」


 俺は親父の単身赴任先に居る両親に報告のメッセージを送ると、急いで飯を食って侑と家を飛び出すのだった。


 ◇


 季節は4月も終わりに差し掛かり、少しずつ暖かさが強くなってきた。

 そんな中走った俺と侑は息を切らしながら学校に到着し、それぞれの教室に別れた。


「お、珍しく遅いな〜、侑ちゃんか?」

「そうだよ。朝っぱらから甘えてくるもんだから」

「うちも妹いるけどマジで真逆だわ。そこまで懐いてくれてるのも凄いよ全く」

「俺にもよく分かんねぇんだけどな…」


 前の席に座るこいつは三好輝明みよし てるあき。皆からテルと呼ばれている結構なお調子者だ。

 背丈は俺と変わらない174cmくらいなのだが、びっくりするくらい背が高く見える。何でだ、足が長いからか?

 まぁ男目に見てもかなりオシャレに見えるし、モテるのも分かる気がする。


「おはようマーくん。」

「おはよ、ユキ」


 隣の席に座る佐藤雪乃さとうゆきのに挨拶を返しつつ俺も席に座る。

 このユキという少女はびっくりするほど日本人離れした見た目をしている。

 驚くべきはそのアイスブルーの髪と瞳にあるだろう。細くしなやかな髪の毛は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 染めてるのかと思ったら地毛らしく、両親も日本人で普通の黒髪なのに何があったと言いたい。

 めちゃくちゃ可愛いが身長体型ともに平均的な彼女だが一挙手一投足が美しいのもあり、かなり存在感が大きい。


「侑ちゃんほんとマーくんの事大好きだねー。私一人っ子だからなんか羨ましいや」

「お兄ちゃんならこいつが代わりになってくれるぞ」


 俺がテルを指さすとユキは悪戯っぽく嫌そうな顔を見せる。


「テルくんは無いかなぁ。」

「どういう意味だ!」


 そんな調子で笑い合う俺達は実の所中学時代からの友達だったりする。

 こんな学園の花の様な二人に挟まれてるせいで俺の影がどんどん薄くなってるんじゃねぇかな。


 するとこんな話し声が聞こえてきた。


「おい、今日転校生来るって知ってたか?」

「もしかしてあの職員室前にいた黒髪美少女!?」

「可愛かったよなぁ〜、仲良くなりてー」

「俺は佐藤さんの方が好みかなぁ」

「え、白雪さんでしょ」


 俺がユキの顔を見ると「ん?」とキョトンとした顔を見せてくる。


「相変わらずモテモテだな。」

「別にあんまり嬉しくないわよ?」

「そんなもんか?」

「だって考えてみてよ…。喋ったことも無い男子から告白されてOKすると思う?テルもそう思うでしょ?」

「いや、俺はめちゃくちゃ嬉しいけどな。知らん女の子だったとしても。マサもそう思うだろ?」

「いや知らねぇよ。そもそも告白された事……もねぇし」


 ふとささらの事を思い出したが、そもそも7年も前のことを引きずってる方が女々しいだろ。


「え、マーくん告白された事あんの?いついつ?」

「いやねぇわ。テルもうきうきした目で見てくんな!」

「まぁお前もそのぶっきらぼうな口調直せばモテると思うんだがなぁ」

「いや、十分モテてるでしょマーくんは」

「「え、マジ?」」


 思わず俺とテルの声が被る。


「まー、どう考えても寄ってこないのは侑ちゃんのせいだと思うけどね」

「なんか嬉しいやら嬉しくないやら…」

「そう落ち込むなよ。それこそ何も無かったらユキが付き合ってくれるって」

「なんでしゃーなしの扱いなの!?」


 ユキがジト目でテルにつっかかろうとした時、教室の扉が開いて先生と一人の女の子が入ってきた。


「あ、あれって件の転校生?」

「相応美人だなあれ。噂になるのも無理もねぇな」


 俺は正直この少女に目が釘付けだった。

 可愛いからって訳じゃない。いや可愛いのは間違いないが、物凄く懐かしい感覚を覚えていた。


 タンザナイトの様なバイオレットブルーの瞳。遠目で見てもサラサラしてるのが分かる艶のある黒髪。スラッとした体型で折れそうなくらい細い手足。


「さ、さら……?」


 思わず口をついて7年前の少女の名を呟く。

 その時壇上に立つ少女と目が合った気がした。

 そしてあの懐かしい慈しむ様な笑顔を小さく向けてきた。


 そして俺の疑問は即座に確信へと変わった。


「じゃあ自己紹介してくれる?」

「五月雨ささらです。京都には私の大切な人と会うためにやって来ました。仲良くして貰えると嬉しいです。よろしくお願いしますね」


 ニコッと上品な笑顔で笑いかけると教室中から拍手が湧き上がった。

 そんなささらの元気そうな顔を見て俺は正直感極まって思わず涙が溢れてきた。

 あれから何も無く無事に生活出来てた。昔聞いた話ではささらは魅入られやすい体質とかであの件以外にも巻き込まれた経験があったらしいし、無事であることが一番の嬉しい情報だった。


「え、マサ泣いてる!?どうした?」

「べ、別に、泣いてないから。」

「マーくんあの子と何かあったの!?」


 何かってそりゃあったさ7年前に。

 とびっきりの出来事が。


 正直7年前のあの日、俺は初恋を経験していた。あの五月雨ささらに。

 初めての理解者でもあったし、純粋に初めて好意を向けられて惚れない方がおかしいと思う。


 顔が熱くなってるのを悟られたくなくて、俺は顔を伏せてユキとテルの追求から逃れようとした。


 ◇


 休み時間になるとささらの周りには人集りが男女問わずかなりの人数が集まっていた。

 ささらはお嬢様に見えるのではなく割といい所の本当のお嬢様だ。その為喋り方もおっとりして礼儀正しい。

 誰が見ても惚れるのは分かる。


 ただ人が居すぎて話しかけるタイミングが分からない。

 侑も結構懐いてたから合わせてやりたいんだけどな…。

 そんな事を考えてるとテルが小突いてきた。


「いいのか?声かけなくて」

「俺にはあの中割って入るのは厳しい」

「そう言えば大切な人と会うためって言ってたけどあれもしかしてお前のこと?」

「いや流石にそれは知らん。」

「あーあ、なんか複雑―。マーくんにあんな可愛い知り合いがいたなんてー」

「いや偶然だし向こうが忘れてる可能性の方がたか…」

「忘れられるわけないよ」


 不意に後ろから声をかけられて俺達は弾かれたように後ろを振り返った。

 そこには集団から抜けてこっちに来ていたらしいささらが立っていた。

 綺麗な瞳と髪の毛が陽の光を反射して神々しく見える。


 クラス中だけでなく、ささらの噂を聞きつけた他クラスの人もやってきていて、ささらに注目が集まっている。


「忘れるわけ…無いでしょ?」

「……うん。俺もずっと覚えてたよ」


 立ち上がってささらの顔を改めて見ると本当に懐かしい気持ちで溢れてくる。

 そしてそれはささらも同じだった様で、涙を浮かべながら勢いよく抱きついてきた。

 俺もその懐かしい匂いを逃すまいと優しく抱きしめ返すと、ささらが鼻声で耳打ちしてきた。


「7年越しに会いに来たよ。正尚くん!」

「俺も会いたかったよささら。本当に無事でよかった」


 お互い涙を流す当事者とは逆にクラスでは阿鼻叫喚の騒ぎが巻き起こった。

 正直やってしまった感はあるが仕方ないと思う。

 人間感極まると体の制御が効かなくなるって身をもって味合わせられた。


『若いなぁ。これにはお姉さんもフォロー出来ないよ〜』


『でも、良かったね正尚。』




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