第3話 幼き日の明るい記憶
「ささらちゃんは霊感はあるほうかい?」
「えっと…はい。結構見えます」
「そうか…辛かったろうね。正尚は言わずもがな、恐らく侑ちゃんも見えてるだろうね」
俺は正直驚いていた。俺が霊感を持っているのは誰にも言ってなかったからだ。それをばあちゃんはさも当たり前のように言ってきた。
「な、なんで分かるの!?」
「お前が赤ん坊の頃から見てきてんだ。見えてる奴は無意識に幽霊を目で追うってもんだ。お前は特に子供の頃から見えてる節があった」
「そうなんだ…。黙っててごめんなさい」
「別に怒ってる訳じゃないさ。寧ろ他にはない特技だ、隠すより誇っていきな。ささらちゃんもね」
「は、はい!」
ばあちゃんはふぅーっと息を吐くと遠い目をして語り始めた。それが今回の真相だろうと言うのは言わなくてもわかる。
あの奇妙なモノは何だったのか。不気味だが内心ワクワクしてきている自分も居て、死にかけたのに悠長なもんだと今になって思う。
「あれはね所謂山神様ってもんだ。」
「神様なのに悪いやつなの?」
「神様だっていい神様も居れば悪い神様もいるさ。アレは比較的いい神様なんだよ。でも昔は恩恵を受ける代わりに生贄を差し出してたんだ」
その言葉にゴクリと息を飲んだ。
日本には土着信仰と言うか、結構ヤバめの風習があったりする。この生贄云々もそれに近いものだったはずだ。
と言っても小学生の俺に理解出来るはずもないからな。その時はばあちゃんの言葉に真剣に耳を傾けていたに過ぎない。
「若い娘に花嫁衣装を着せて山神様に差し出す。さすれば向こう10年は安泰だろう。そんな根拠もクソもない事を馬鹿みたいに信じて何人もの少女を殺してきたんだよ」
「でも、その伝承は嘘じゃなかった?」
「皮肉もいい所だよ。山神様は定期的に送られてくる少女の魂を喰らって生きていたのさ。しかも、その信仰自体が時代と共に失われ、生贄が差し出されなくなってからは見境が無くなった。男女問わずに10年に一度の誰かを連れ去っていたんだ。」
それでアレは色んな人の形に姿を変えていたのか。と妙に腑に落ちたのを覚えている。
別にそんな説明はされてないのに、それが正しい物だと合点がいっていた。
「そんなの危ないじゃん!」
「あぁ、だからばあちゃんが小さい頃にお坊さんを呼んでお祓いして貰ってね。御堂まで建ててからは被害も無くなったんだよ。」
「でもこの子は襲われた!」
「恐らく…」
ばあちゃんは少女の着ていた高価そうな白いワンピースを見て言った。
「多分その綺麗な白い服を見て昔の生贄に来た少女だと思われたんだろうね。昔から嫁入り娘は白無垢だったから。」
何とも理不尽だがそもそもあの世のモノに常識など通じないのだ。対抗策を持たないものは魅入られた時点で終わる。
現代人に見えない人が多いのはそう言った都合の悪い事から目を瞑ろうと進化してきた結果なのかもしれないな。
「ささらちゃん、山神様はどっかに行ったって言ってたが何でか分かるかい?」
「えっと…」
少女は俺の顔色を伺い、明らかになにか隠しているのがバレバレだったが、分からないと答えた。
恐らく俺がした事を間近で見ていたのはこの子だけだろう。侑は見せないように抱きしめていたし。
難題なのは俺が何をしたのか全く覚えていない事だが。急に意識を落としてきた脳内の姉に悪態をつくと、いつもの様に笑って躱された。
「正尚は?」
「ううん。気を失ってたし」
俺が話したくないというのを感じ取ったのか、黙っててくれる辺りこの子は本当に賢い子なのだろうとお姉ちゃんは言っていた。
「まぁいいさ。お前達、今後はあの山に近づいたらダメだからね。死にたくなければ…ね?」
「「は、はい!」」
俺と少女は被って返事をする。
「ははっ、いい返事だ。ささらちゃんのご両親にも連絡してるから今日はご飯食べていきなね。いい機会だしそこの正尚と仲良くしてやって」
「ちょ、ばあちゃん!」
そう言って台所に消えていったばあちゃんを尻目に俺は若干気まずさを抱えていた。
何せ人との関わりを徹底的に避けてきた俺だ。それも思春期に片足突っ込んでるし、こんな可愛い女の子と一緒にされて何を話せばいいんだ!ってな感じで。
この時ほど侑に起きてくれって願った日は無い。まぁ起きなかったんだけど。
「あの…」
「ひゃい!」
「あはは、なんでそんなに緊張してるの?」
「仕方ない…だろ…。その…同年代の女の子とこうやって話すこと…無かったんだから」
「学校の女の子は?」
「………誰とも関わらないようにしてきたから」
こんな自己紹介したら大抵の人は寄ってこないだろう。ただ孤立を望んでそうあっているだけの周りより少しだけ大人びていた小学生なのだから。
でもこの子は違った。
俺の手を取ると慈しむ様に両手で包み込んできた。
「誰にもバレないように侑ちゃんを守ってきたんだよね?」
「え?」
「正尚くん優しいもん。さっきだって私の事も守ってくれたし」
「あれは…俺も何をしたかちゃんと覚えてないんだ。」
「でも私を守ってくれた事には変わりないもん」
俺は顔を真っ赤にして言葉に詰まっていると少女はくすくすと笑って俺の手を離した。
柔らかく温かい温もりが離れていくのはちょっと寂しさがあった。
「あの時正尚くんのお姉さんと少し話したよ」
「え!?」
これは流石に度肝を抜かれた。
すぐに姉ちゃんに問い詰めたがニヤニヤしてからかわれただけだった。
「何を話したのかは知らないけど…。俺にとって姉ちゃんの存在はバレるとダメなんだよ」
「うん。分かってる。侑ちゃんのためだもんね」
なんなんだろう。この包み込んでくれる優しさは。同い年の女の子は自分勝手でキャーキャー騒ぎ立ててる様な物だったのに、この子はそれとは真逆の存在だった。
「勿論お姉さんの事は絶対に言わないよ。命の恩人だもん。だから…」
「うん…」
「私には打ち明けてくれていいからね?」
俺は生涯で初めて姉の存在とその故郷である異世界の事を人に話した。
思えばずっと話したかったんだろう。
話す度に肩の荷が楽になっていったのを覚えている。
そんな荒唐無稽な話をささらは1つも疑うこと無く真剣に聞き入れてくれた。
◇
ささらの両親が迎えに来て俺の親とささらの親が何やら楽しげに話し込んでいる脇で俺はささらに聞いてみた。
「な、なぁささら。なんでそこまで俺にしてくれるんだ?」
「そんなの…」
ささらはふわっと俺の傍に軽いステップで近づいてくると耳に口を近づけて囁いてきた。
ミルクのように甘い香りが鼻腔を刺激して顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
そしてそれを見て微笑ましそうに笑っている両親達にも腹が立つ!
「そんなの私が正尚を好きになりかけてるからだよ?」
「なっ!?」
「むっ!!」
「いデデデ!!侑!?」
唐突に横に立っていた侑が膨れっ面で腕を抓ってくる。
「覚悟しててね!」
「お、おう」
実を言うとこの後侑の家族は引っ越してしまい、俺と侑も京都の家に帰らないとだったから、ささらとはかれこれ7年は会っていない事になる。
高校に入って2年経つが、女の子から純粋に好意を向けられたのはあれが初めてで最後だった。
「今頃何してんのかなぁ」
俺の呟きは俺の部屋に木霊すること無く消えていくのだった。
◇
私は7年前に大好きな人のお姉さんと話した時の事を思い出していた。
今でも自分を命懸けで守ってくれたあの男の子の事を考えると胸が熱くて、動悸で張り裂けそうになる。
『この子の事ずっと見ていてあげてね』
お姉さんに言われたのはその一言だったけど私には大きすぎる一言だったのを覚えてる。
「待っててね正尚くん。今会いに行くよ」
私、五月雨ささらの決意は7年前から一切、変わっていない。
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