第129話 雨の朝
眠る前に見たテレビでは、お天気おねえさん何て言ったっけ?
明日の天気はー・・・
★☆★☆
シトシト降る雨の音。
遠くにあったそれが徐々に近づいて大きくなってきた。
ベッドで身じろぎしたら、毛布から出た肩が意外なほど寒かった。
ひんやりとした空気に触れ、いよいよ目が覚めた。
目の前にある毛布をギュッと引っ張ったらすぐ隣りに居た人間が振り向いた。
「起きたのか?」
「・・ん・・・」
まだ眠たい。
昴の体温が桜よりずっと高い事は折り込み済みなので暖を取ろうとして昴の背中に抱きつく。
頬を背中に押し当てたら、昴が掠れた声でおはようと言った。
「んー・・おはよ」
寝ぼけ眼で返して肩に腕を回したら、その手を解かれてしまう。
もう起きる時間なのだと思ったら、振り向いた昴が抱き締めてくれた。
そのまま寝入ってしまいそうな気配。
「ちょ・・昴・・朝」
「うん・・」
「今日、出かけるって言ってなかった?」
接待関係で一日出掛けると聞いたのは昨日の朝の事だ。
今何時か定かでないがこのままベッドでゴロゴロしているのが非常にマズイ事だけは分かる。
頬に零れる髪を掬って、背中に流してくれる指先は最高に心地よい。
昴の指先はいつも温かくて、触れた所から熱が移る。
本当ならこのままいっしょにまどろんでいたい。
昴は、丁寧に背中に流した桜の髪を撫でた後、その手をサイドボードに伸ばした。
眠る前に置いた携帯を掴む。
液晶画面で時間を確認した。
「7時過ぎ」
「ええっ6時起きとか言ってなかった?」
ぎょっとなって毛布を跳ね飛ばす。
半身を起こして昴を見下ろした。
「ちょっと!ち・・遅刻」
慌てて悠長に寝ころんでいる昴の腕を引っ張る。
1時間の寝坊。
1分1秒が勿体無い。
はずなのに。
どうしてだか昴は一向に体を起こそうとしない。
それどころか、反対に桜の腕を逆手に掴んで引き寄せた。
傾いた体を胸で抱きとめてから耳元で囁く。
「俺昨日何処行くっつった?」
「え・・・?」
とにかく出掛けるという記憶だけが残っているのだが
昴は目的地を何処と言っていたっけ?
えーっと・・・
必死に記憶を巡らせる桜。
昴はヒントを出すつもりは無いらしく桜の肩に零れた髪を避けて唇を寄せる。
★★★★★★★★★★★★★
休日の前の夜は、誰にとっても至福のひと時だ。
しかも、翌日の予定が無いなら尚更の事。
思い切り夜更かしして、ジャンクフードといつもは控えめなお酒も無礼講。
部屋の片づけもほったらかしで、お気に入りの映画を見ながらリビングのソファーで寛ぐ。
結婚してから、冴梨のお店のバイトを始めたけれど基本的にスケジュールは昴に合わせてあった。
土日は基本シフトから外して貰うようにしている。
ただでさえ多忙な夫と顔を合わせようと思ったら
こちらが融通を利かせるよりほかない。
それに、冴梨の夫である亮誠はガーネットの現社長でもあるので、書き入れ時である土日は基本オフィスに詰めている。
その分、平日に休みを取るので冴梨としても平日抜けれる事の方が嬉しいらしい。
そんな事情があったので、桜は一般のOLと同じように金曜の夜が何より楽しみだった。
最近ハマっているお気に入りの韓国ドラマを一気にレンタルしたのでこの週末はドラマ三昧の予定。
そんなのんびりモードの妻の出迎えを受けて昴がリビングに足を踏み入れたのは23時過ぎだった。
今日はいつもよりも遅い帰宅だった。
「楽しそうだな」
リビングテーブルの上に並べられたボトルのフルーツワインとサラダにコーンチップスに真っ赤なイチゴ。
完全休日モードの桜は部屋着のままで酒のせいでほんのり染まった頬をおさえて微笑んだ。
「だって金曜日だもーん」
「酔ってんな」
「酔ってます―・・明日はぁー?」
上機嫌の桜が腕にじゃれついてくる。
酔うと甘えるのはいつもの事だが、荷物を持ったままなのでとりあえず床にカバンを下ろす。
「ゴルフコンペ」
一気に眉間に皺が寄った。
桜が唇を尖らせる。
「場所は?」
「いつものトコ」
志堂グループがよく利用する北区にある大型のコースがあるのだ。
ゴルフとなると朝は早いし夜は遅い。
つまり丸一日潰れることになるのだ。
「丁度良かったな。一日DVD見てろよ」
テーブルの上のDVDディスクは6枚はある。
1日かかって見るには丁度良い量だ。
一人で退屈させなくて済むと思って罪悪感が軽くなる。
が、桜はふーんとだけ呟いた。
「日曜日は?」
「なんもないよ」
すかさず答える。
不穏な空気を取り払うように続けた。
「日曜は出かけような」
★★★★★★★★★★★★★
「ゴルフ!」
思い出した桜がカーテンを勢いよく開ける。
窓の外にはどんよりとした重たい雲。
そして空から降り注ぐ・・冷たい雨。
「雨―!」
「そう、雨風強いしってんでコンペ中止」
「で、朝寝坊しようと思ったの?」
「そう、なのに、お前があっさり目ぇ覚ますから」
カーテンに伸ばした桜の手を引き戻して指先にキスをする。
「だって・・」
「わざわざアラーム止めたのに」
昴の隣りに寝ころんだ桜が上目づかいに昴を見返した。
「朝起きて昴がいる事って最近無かったでしょ」
「・・」
そう言われると返す言葉が無い。
今週は月曜から会議や出張が立て続けに入っていた。
過密なスケジュールの為、朝は6時過ぎに家を出る事もままあった。
当然、桜はまだ眠っている。
”明日はちゃんと見送るから!”
と前の晩に意気込んでも、結局夜が遅くなると起きれない。
ベッドの中で手を振って見送れたら良い方だ。
あまり寝付きが良い方ではない桜を
起こすのは忍びないので昴も声をかけない事の方が多い。
昴が側を離れる気配で目を覚ましていた昔より、ベッドを抜け出しても熟睡してくれている方がずっと良い。
「朝起きて一人なのに慣れてたからびっくりしたの」
うつ伏せになった桜は半身を起して昴を見下ろす。
こちらを見上げる瞳にかかった前髪をそっと払った。
大人びた微笑み。
引き寄せられるように桜の頬に手を伸ばす。
「・・寂しい事言うなよ」
零れる桜の長い髪が窓から差す薄明かりを遮っている。
「寂しい?」
強気な問いかけに何と答えようか躊躇する。
桜の冷たい指が前髪の隙間から額に触れる。
低体温な桜の体を抱きしめると、まず指先に触れたくなる。
熱を灯したくなるから。
余韻の残る彼女の体は、いつもよりもずっと温かくて、その体温が徐々に下がっていくのを、確かめるように唇を寄せた。
昨夜の熱が嘘のように、平熱に戻った桜の体を抱きしめる。
後ろ頭を掴んでから言った。
「さあ?訊きたかったら、キスして」
「言う気ない癖に」
こちらの性格をよく知る桜がすかさず切り返した。
なのに。
「寂しいよ」
「っ!」
一瞬の虚を突いて爆弾が飛んできた。
瞬きの後のキスに翻弄されて、当然訊き返す余裕は桜には無かった。
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