第128話 寝ないで!!
「桜?今いつものコンビニだけど、何かいるかー?お前が言ってたアイスなんだっけ・・」
テレビで流れた新作チョコアイスの名前を思い出しながら店内を歩く昴は、携帯を片手に真新しいお菓子をかごに放り込んでいく。
とりあえず、新作おやつに目が無い桜への本日のお土産は、キャラメルフレーバーのクッキーだ。
てっきり”やったー!”という返事が返って来ると思ったのに以外にも聴こえて来た返事は
「お菓子とかどーでもいいー!!」
だった。
桜の口から出た言葉とは思えない台詞である。
昴は思わず携帯画面を確かめる。
間違いなく通話相手は桜の携帯だ。
「ど・・どーした?」
「早く帰ってきてー!!」
「なんかあったのか?」
「いいからー!」
「分かった分かった、すぐ帰るよ」
”早く帰ってきて”
なんて嬉しいセリフに違いないのだがどうも桜の様子がおかしい。
今朝一緒に朝食を取った時は普段と変わりなかったはずだ。
となれば、昴が仕事に行った後で何かあったということになる。
桜は大学を卒業してから、洋菓子店ガーネットを展開する篠宮の1人息子と結婚した親友の冴梨がアイデアを出して出店まで漕ぎつけたオーガニック食材で作る洋菓子店を手伝っている。
今日は夕方まで店に行くと言っていた。
冴梨ちゃんとケンカしたとか?
お店で嫌な事があったとか?
あれこれ考えながら桜に返事をしつつかごを片手にレジに向かう。
すこぶる機嫌が悪いとしても・・・
「こんだけありゃあ大丈夫だろ」
チョコレートスナック菓子。
各種取り揃えた新作菓子。
それから昴はいつもの銘柄の煙草を2箱一緒に会計すると家路を急いだ。
★☆★☆
ガレージに車を乗り入れると、家に視線を送る。
と同時に眩しい明りが目に入った。
家じゅうの明りが灯っている。
桜と暮らしてきた数年間で、彼女の行動理論は殆ど頭に入っている。
「・・なるほど・・」
昴は呟いてエンジンを止めた。
車を降りてドアを閉める。
と同時に玄関のドアが勢いよく開いた。
「遅い!」
「すぐ帰って来ただろ?」
げんなりしながら言い返せば。
「10分も待ったわよ!」
詰るような声が飛んできて、桜が突撃する勢いで抱き着いて来た。
広げた腕で抱き留めて、ひとまず言い訳を口にする。
「15分かかるトコ裏道飛ばして帰ったんですがね」
肩を竦めて見せれば、桜がきゅうっと眉根を寄せた。
「ごめん・・」
「いいけど、ただいま」
「・・おかえり」
答えた桜の後ろ頭をあやすように撫でてやる。
ほっとしたように昴に身を寄せて桜が息を吐いた。
「で、今日は?」
「なにが?」
「怖いテレビでも見た?」
「違うの!そんな生易しいもんじゃないのよ!」
待ってましたとばかりに昴の顔を見上げて桜が力説しようとする。
それを遮るように昴が桜の唇にキスをした。
「とりあえず、家入ろう」
そう言って桜の前にコンビニ袋をかかげて見せる。
「わ!お土産!」
「そう、これでちょっとは復活しそう?」
桜を促して家に入ると、見事に廊下から
1階の部屋総ての明りが灯っている。
「さー電気消そうな」
「え!!」
「いっつもエコだ省エネだ言うのそっちだろが」
「部屋行く時一緒に二階上がってくれる?」
「いーよ」
昴の言葉に念を押すように桜が言った。
「絶対だからね!」
「そんな怖いめにあったか」
「・・・・」
「桜?」
「その前にトイレ行ってくる!ひとりだったから怖くて我慢してたの!」
思い出したように廊下に取って返す桜。
昴はげんなりしてその背中を見送った。
「何があったんだ・・?」
★☆★☆
ようやく家じゅうの電気を消して、ソファに納まった桜が膝を抱えて昴の腕をしっかり抱きこんで語り出した。
「今日、冴梨の義姉さん・・ほら一緒にお店経営してる美穂さんがいらしてね」
「ああ・・亮誠の姉貴な」
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、俺とタメだからアイツ。昔から知ってる」
「・・そーなの?知らなかった」
「だろうなぁ。俺も言ったこと無かったし。そっか、共同経営って形にしてんのか。アイツ昔っから甘い物好きだったからな。えっらく年上のケーキ職人とかけおち同然で結婚するって言った時には焦ったけど。今やガーネットの取締役だもんなぁ・・」
しみじみ呟いた昴の横顔を見ていた桜が面白くなさそうに言った。
「仲良かったんだ」
「まあ、同じ小学校だった頃はそれなりにな。俺が一鷹に就くようになって、必然的に亮誠とも関わる事が増えたから。無関係ではないわな」
至極当然と言った風な昴の様子。
自分の事を語らないのは昔からだけど。
「んで、美穂が来てどうしたんだよ」
「・・・」
あっさり呼び捨てにした昴に一瞬驚いた桜は平静を装って続ける。
「友達から借りたDVD見ようって言われたんだけど・・それがすっごい怖いやつでね、作り物なんだけど・・」
「今日はテレビじゃなくてDVDか」
「あ、呆れてる」
「美穂は昔っからホラー映画とか好きだったからなー。文化祭のお化け屋敷も率先して仕切ってたらしいぞ。準備に巻き込まれた亮誠がピーピー騒いでたな」
「・・・ふーん・・」
気温が2度ほど下がった冷やかな声に昴は桜の視線が恐ろしく鋭い事に気づく。
「なんだよ・・」
「美穂さんの事好きだったの?」
「はぁ!?」
ぎょっとなった昴の顔を見て桜がさらに詰め寄る。
「付き合ってたの?・・付き合ってたんだ?」
どうしてそこまで分かるのか、内心冷や冷やしながら昴は口を開く。
「随分昔の時の話だぞ?」
どうして矛先がこっちに向くのか?
言い訳のように言ってみたが桜の表情は不機嫌なままだ。
「ふーん・・懐かしい過去なわけね」
「あのなぁ・・」
言い返すのも馬鹿らしくて立ちあがる。
と、慌てて桜が昴の腕を掴んだ。
「どこ行くの!」
「どこって部屋・・とりあえず風呂入ってもー寝る」
これ以上拗れる前に逃げるが勝ちだ。
が、桜は縋る様な視線を送って来た。
「寝ないで!」
「はぁ?」
「あたしも昴が高校生の時の話聞きたいもん」
意外な答えが返ってきて思わず目を丸くする。
「美穂さんも同じ事言ってた。昔の事だって。学生時代の昴の事教えようかって言われたけど、断った。昴から聞きたいから」
「ふーん」
「呆れた?」
「いや?面倒臭いけど」
「あ!」
思い切り不貞腐れた桜の顎を捕えて反論が出る前に仰のかせる。
唇を重ねたら素直に体を預けてきた。
もっと抵抗するかと思ったけれど。
「こういう我儘なら悪くない」
こちらを窺うように視線を向けてくる桜に向かって意地悪く微笑む。
「お前が眠たくなるまで、昔話しようか」
「ほんとに?」
小首を傾げた桜を手招きして、抱き寄せた耳元で囁く。
「桜の我儘ならしょうがない」
「しょうがないの?」
楽しそうに昴が告げた。
「俺の奥さんはヤキモチ焼きだからなぁ」
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