糖度ましまし新婚編
第126話 本領発揮
ドライブ途中で鳴り始めた携帯電話。
本当は出るつもりは無かったのだけれど、液晶画面に映し出された着信の名前を見たら、そういうわけにもいかなくなってしまった。
「どーした?」
「あ、うん・・冴梨からの電話だ」
「ああ、なんだ、出ないのか?」
「出たら絶対長くなるけどいい?」
「用件判ってんのかよ」
呆れ顔で言った昴に、桜はげんなりと頷いた。
「今日は、亮誠さんとデートって言ってたの」
「ああ・・・なるほどな」
時刻は午後14時過ぎ。
仲睦まじくデート中であるはずの親友が電話をかけてくるという事は、すなわち喧嘩、もしくはドタキャンのどちらかだろう。
確実に不機嫌確定の電話に出るべきか一瞬だけ迷ってしまう。
「愚痴ぐらい聞いてやれよ」
促されて桜は通話ボタンを押した。
途端聴こえて来る冴梨の声。
「もしもし!?聞いてよ桜ぁ!!」
「喧嘩?ドタキャン?」
「急に仕事入ったってー!!もう今週は入って2回目だよ!!あの馬鹿男!」
「仕事忙しいんだ」
「忙しいけど!」
「判ってるけど、本音言えば仕事に取られた気がするよねぇ」
「そうなのー!埋め合わせするって言ってたけど、そんなのしてくれた事何て滅多にないし!ここ最近ずっと午前様だし、一緒に住んでても顔合わせ無い日が殆どなのにー!」
「そんな忙しいんだ、亮誠さん」
「何か新プロジェクトが始動するらしくって、バタバタしてんのよ」
「この不景気にさすがだねー」
「そういう問題じゃない!」
ぴしゃりと言い返されて思わず携帯を耳元から離した。
冴梨はきゃんきゃんと寂しいを連呼する。
桜は苦笑して、電話の向こうの親友に語りかけた。
「そやって思ってる事の半分でいいから、言えばいいのに」
「だってー」
「冴梨はあたしの前では愚痴零す癖に、亮誠さんの前だといっつも我慢するでしょ?寂しいなら言わなきゃわかんないよ。言えないなら・・メールするとかさぁ」
言いながら、運転席からグサグサと視線が突き刺さるのを感じて、桜はちらりを顔を上げる。
横目に昴の様子を伺うと案の定ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
明らかに面白がっている表情だ。
「だって、仕事って言われたら怒れないし」
思いっきり咳払いして桜は続ける。
「怒るんじゃなくて、寂しいからちょっとでも一緒に居たいって言えばいいでしょ」
「そんなこと言えないし!」
「言わなきゃ伝わらないでしょー」
大人ぶって言い聞かせたら、思わぬしっぺ返しが返ってきた。
「じゃあ桜は言えるの?」
「え!?」
「昴さん忙しくて、なかなか時間取れなくて、仕事だって分かってても、ちゃんと言える?寂しいって」
「い、言えるわよ!あたしはちゃんとっ」
声を大にして言ったら、携帯越しに冴梨がふーん、と何とも嫌な返事を返してきた。
「そ、それより、自分の事でしょ?あたしと昴の話はいいのっ!心配しなくっても円満にやってるわよ」
「ええええーほんとにぃ?」
「五月蠅いなぁ。とにかく、他所の夫婦仲心配する暇あるなら、自分のトコちゃんとしなさい!ぐちぐち電話してくる暇あるなら、仕事頑張って早く帰って来てね、ってメールしなさいっ」
どうしていつも言えない事が、友達というフィルターを通しただけであっさり出て来るんだろう。
「わかったわよー。するわよー」
「うん、冴梨が素直になるの、亮誠さんもきっと待ってるよ」
「さくらぁ」
「うん?」
「ごめんね?」
「いいよ。喧嘩したとかじゃなくて良かった。寂しいのは分かるから」
「ありがとね」
またメールすると言った冴梨との通話を終える。
と、同時に昴が面白そうに口を開いた。
「で?」
「うん?」
「悩み解決してやったの?」
「うん、亮誠さん忙しいんだって」
「ああ、一鷹がそんな事言ってたな。まー頼もしいアドバイスだったな」
「そんなこと無いよ」
「本領発揮してたよ。他人の事はちゃんと分かるのになぁ」
「何よ、その含んだ言い方は?」
ぎろりと睨みつけたら昴が口元に笑みを浮かべたままで、左手を伸ばしてきた。
「分かんねェの?」
頬を撫でた手が髪を梳いて離れる。
「・・・」
無言のままで視線を下げたら、膝の上に置いていた桜の指先に昴の指が絡んだ。
「いっつも最後まで意地張るの誰だっけ?」
「あ、あたしはっ」
「円満にやってこれてるのは誰のおかげだろーなぁ」
なぞられた爪の先が甘く痺れる。
小さく笑った昴の横顔が優しくて、許されている事を改めて実感する。
とても”あたしも十分素直ですけど!?”とは切り返せなかった。
だから、なけなしの意地で言い返す。
「あたしだって素直になる努力してるし!」
結婚した以上はやっぱり可愛げのある奥さんを目指したいものだ。
「努力中な」
呟いて昴が絡めていた指を解いた。
咄嗟に桜が手を伸ばして昴の手を握る。
「メールはしないけどっ・・早く帰って来てって言うでしょ!?」
「最近なー」
これ以上話し続けたら墓穴を掘る事は目に見えている。
桜は口を閉ざして、昴の視線を避けるように窓の外を眺めた。
けれど、手は離さない。
上手く言えないけれど、どうしても、今だけはこの手を繋いでいて欲しかった。
「お前の欠点はな」
ハンドルから手を離した昴が身を乗り出して来る。
いつの間にか車は停まっていた。
目的地のお店に到着したらしい。
桜の体に巻き付いていたシートベルトを外して、自由になった華奢な体を抱き寄せる。
「不利になると黙りこむトコ」
耳元で声がして頬が熱くなる。
前髪をなぞる掌が熱くて目を閉じたら額に唇が触れた。
まるで反射のように心臓が撥ねる。
昴は桜の反応を楽しむように深く抱きこんで離さない。
重なった視線の先で昴が柔らかく笑う。
「黙りこんだら負けだろ?」
本領発揮とばかりに昴が手を伸ばして来る。
「俺がつけこむ事位予想しとけよ」
「っなっ」
「まあ、黙ってくれた方が俺としては都合いいけど」
なぞられた項がくすぐったくて身を捩ったら、昴の唇が頬を掠めた。
「あたしたちの関係に勝ち負けある!?っんっ」
言い返したと同時に唇が重なる。
僅かに触れて、離れた瞬間に息を吐いたら、またすぐに塞がれた。
逃げ惑う桜をいとも容易く押し留めてしまう甘い誘惑。
唇から洩れた吐息さえも飲み込むくらい深いキス。
困惑して焦る桜の反応を楽しむように、昴が指先を滑らせる。
背中に回された掌の熱。鎖骨を撫でる指先に翻弄されてしまう。
すっかりシートに体を預けてしまった桜を解放した昴が、さっきまで触れていた淡い唇を親指でそっと撫でた。
「勝ち負けで言えば、俺がいつも負けてるだろ」
呆れたように呟かれて、桜は目を丸くする。
「そう・・・なの?」
まるで他人事のような返事に昴ががっくりと項垂れる。
それから何か思いついたように、桜との距離を再び縮めた。
「ちょっと思い知らせてもいいか?」
意味深な言葉と共に指の背で頬をそっと撫でられる。
「えっなんで、ちょっ」
嫌な予感に首を振る桜を囲い込んで昴が不敵に微笑んだ。
「本領発揮、してやるよ」
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