第123話 花に嵐 

「・・・みゆ姉、みゆ姉・・・どっか変じゃない?」


ウェディングドレスのままで、ずるずると振り返ったあたし。


想像より、ずーっとずっと重たいそれは鉛の様に感じられる。


世の中の花嫁さまはみんなこれを引きずって満面の笑みで結婚式に挑むのだ。


「どこも変じゃないわよ」


「・・・ほんとに?」


「本当よー・・・暁鷹が見たら、きっとさーちゃんに見惚れちゃうわ」


今日は義理のお母様に預けられたあっくんは後で式場にじーじとばーばとご機嫌でやってくるはずだ。


ふくふくのほっぺの可愛いあっくんを思い浮かべて深呼吸するけれど、いつものように気持ちは緩まない。


あー・・・ますます緊張してきた!!


「・・・みゆ姉ー・・・こんな緊張するもんなのぉー?」


「そうよー。あたしだってほんっとに緊張したもの」


「・・・フラフラしてきたかも・・」


「とりあえず、座って、お茶飲んで」


「みゆ姉ー・・・なんでそんな落ち着いてんのよう・・・自分の時はずっと泣き通しだったのにー」


「・・・だって、さーちゃんが緊張してるのにあたしまでガチガチになるわけいかないでしょう?あたしは、あなたのお姉ちゃんですからね」


高校3年の春に、事故で両親を亡くして以来あたしをずっと見守ってくれた従姉のみゆ姉。


この人なしでは、絶対今日のこの日は迎えられなかった。


病院のベットで眠り続けたあたしのそばで付きっきりで看病してくれた人。


「・・・お父さんたちの代わりに・・・ずっとそばにいてくれて」


「待って!ダメよ!言わなくていいの!」


「なんでよ。言わせてよ、ちゃんと聞いて?」


「だって・・・そんなの・・・あたしが泣いちゃうでしょ」


「・・・やだ・・みゆ姉・・・待ってよあたしも・・」


 涙目になったみゆ姉が、あたしのことをぎゅっと抱きしめる。


これじゃあいつかの結婚式と逆だ。


堪えようとすればするほど二人で過ごした時間が思い出されてくる。


・・・しんみりした気分で二人で抱き合っていると、控室の入口から声がした。


「あんまり遅いから様子見に来たら・・・やーっぱりこうなってたかぁ。桜、泣くの早すぎだろー。幸さんも、披露宴まで待ってくれないと・・・」


「姉妹水要らずに水差さないで!」


普段はあっくんがいるので思うようにあたしとはしゃげない鬱憤を晴らすかのように、みゆ姉があたしと腕を絡ませる。


こんなやり取りも久しぶりでそれすらも嬉しい。


「なーにを今さら・・・おーい一鷹ぁ」


様子を見に来た昴が、苦笑いで廊下に顔だけ戻して一鷹くんを手招きした。


まさにいま会場に到着したらしい一鷹くんまでやってきて結局いつものようになる。


結婚式の30分前だとはとても思えない光景だ。


保護者同然の三人に囲まれると、やっといつもの京極桜の顔を思い出すことが出来た。


といってももう30分で京極とはお別れだけれど。


一鷹くんに優しく背中を撫でられて落ち着きを取り戻したみゆ姉が、あたしの両手をぎゅうっと握って励ますように目線を合わせてくれた。


「さーちゃんが、志堂の一族に入ってくれて本当にうれしい。浅海のご両親は、とても優しい方だし・・安心してお嫁にやれるわ」


「みゆ姉・・・なんかあったら助けてね?」


「もちろんよ。絶対、何があっても助けるから!困ったことがあったら、いつでも言って」


手を取り合うあたしたちを遠巻きに見ていた昴が、呆れ顔で呟く。


「それって俺の台詞のような気が・・・」


「まあ、まあ、浅海さん。今に始まったことじゃないでしょ」


「お前の気持ちが今になってやっと分かるよ」


「・・・やっとですか」


苦笑いした一鷹くんが、みゆ姉を呼んだ。


「そろそろ親族室に、母さんたちが来てるよ。暁鷹も寂しがってるだろうから、俺達は戻ろうか」


「うん、そうね・・・見守ってるから、しっかりね」


ベールをかぶる前のあたしの髪を撫でて、みゆ姉が微笑む。


この人の笑顔は凄い。


絶対大丈夫って確信が持てる。


志堂夫婦を見送った後で、まだネクタイすら締めていない昴があたしのそばにやってきた。


「立って見せて?」


「・・・後で見るでしょ」


「幸さんが抱きしめれて、俺が出来ないってのは可笑しくないか?」


手を引っ張られて、履き慣れないヒールでふらつくのを頑張って立ち上がる。


あ・・・やっぱりいつもより視線が近い。


「・・・感想は?」


小首をかしげて問いかけてみたら、彼が笑ってキスをくれた。


「・・うん。似合ってる。待ちに待ったって感じだな」


純白のドレスに重ねられた桜模様の細やかなレースをまじまじ眺めた後で、楽しそうにあたしのことを抱き寄せる。


「・・・そんなに待ってましたか?」


「お前が女子高の頃からだぞ?」


「・・・じゃあ・・・お待たせしました?」


「まあ・・・そんなとこだろうなんで・・?浅海夫人になる感想は?」


「・・・・緊張してます」


「すぐに慣れるよ」


「慣れなの・・?」


彼の言葉に思わず笑って、やっと緊張がほぐれた。


そして、あたしは気付く。


「あ・・・誓いのキス先にしちゃった」





★★★★★★★★★★★★★



新郎の親族控室に顔を出すと、浅海の両親が揃ってお茶を飲んでいた。



「あの・・・おじ様、おば様」


「まあ、幸さん今日は・・えーっとなんて言えばいいのかしらねぇ・・おめでとうございますってのは変よねえ・・?これからも宜しくお願いします。かしらねえ?」


いつもの調子で話し始めた浅海夫妻に向かって、あたしは慌てて手を振る。


「いえ。今日は、志堂の妻ではなく、桜の親族としてご挨拶に伺いました・・・」


だから、この場にも一人で来たのだ。


病院で、あの子を引き受けると決めた日から、ずっと思ってきたこと。


いつか、生涯彼女を守ってくれる人が現れるまであたしがあの子を守ってみせるって。


・・・あっという間に、取られちゃったけど・・・


「幸さん・・」


気づかわし気な表情の浅海夫妻に改めて頭を下げる。


「両親を亡くしてからは、あたしと主人が後見を務めてきました。至らないところもある娘ですが・・・あたしにとってはかけがえのない・・・たったひとりの従妹です。浅海の家族として・・・大切にしてやってください。どうか、宜しくお願いします」


「こちらこそ・・・ようやく桜ちゃんをうちの家族に出来るのが嬉しくて・・なあ」


「ええ。うちには、女の子いないでしょう?お兄ちゃんはとうの昔にこの家を捨ててしまったし・・・戻るつもりはなさそうだし。だから・・・京極のご両親にも、幸さんにも負けないくらい桜ちゃんを大事にします」


「差し出がましいことを申し上げてすみません。その言葉を聞けて安心しました」


どうしても、これだけは伝えておきたかったのだ。


もしも京極の両親が生きていたら、こんな風に浅海夫妻と挨拶を交わしたと思うから。


無事に浅海家に桜が嫁げば、志堂、浅海の繋がりはより一層強固なものになり、もっとあの子を守ってあげる事が出来る。


先陣を切ってさぁちゃんを守る役目は昴君に譲ることになったけれど、援護射撃はこれからもずっと続けていくつもりだ。


浅海の親族室を出たところで、ふいに肩を抱き寄せられた。


イチ君がいつも使う香水の香りに包み込まれる。


肌にすっかり馴染んでしまった香りは、緊張と強張りを一瞬で解いてくれた。


「ひと仕事終わった?」


「・・・待ってたの?」


「泣きだしたら、助けだすのは俺の役目かと思ってね」


「泣かずに言えました」


「・・・偉かったね、お姉ちゃん」


「なに、イチ君!あたしのこと泣かせたいの?!」


あたしの言葉に、彼が肩を竦めてみせた。


「だって、暁鷹の前で泣いたら、あいつが心配するでしょう?」


「じゃあ、先に泣いておくわ」


「そうだね」


どうぞと言ってイチ君が腕を広げて見せる。


あたしは素直に彼の胸に飛び込んだ。

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