第124話 望むところよ 

悩みに悩んだドレスは真っ白且つシンプルなウェディングドレス。


桜模様のレースが唯一の装飾といっていい位に飾り気のないものだった。


エクリュも綺麗だったし、淡い桃色も可愛かった。


でも、やっぱり結婚式と言えば、純白に決まってるでしょうって事で、混ざりっけなしの白は、まさに今のあたしの心境。


幸せっていうよりは、幸せになってやるぞって感じ。


むしろ挑むような気持ちかな?


結婚がゴールじゃないってのは、何度もみゆ姉に嫌ってほど言われてきたから。


あたしなりに、志堂一族に入って、浅海家の嫁って立場を考えて、悩んで、決めた事。


出会った時から、この人なら大丈夫って思えた。


昴に対してのあたしのファーストインプレッションを最後まで信じる事にしたの。


不安は勿論あるけど。


でも、やっと家族になれるなってのがほんとの所かもしれない。


両親を失くしたあたしを、ずっとそばで支えてくれた人を、今度はあたしが支えられる立場になる。


「”恋人”と”家族”は違うんだよ」


産まれたばかりのあっくんを大切そうに抱きかかえて、パパの顔になった一鷹くんが、そう教えてくれた。


「愛しさが?」


思ったまま問いかけたら、一鷹くんが、笑ってそうだね、と口にした。


「後、重さ。かな」


「重さ?」


「うーん・・・なんて言えば桜ちゃんには分かりやすいかな?ほら、付き合ってる状態って同棲してても、毎日会ってても結局は”並行”だと思うんだよ」


そう言って彼が、リビングテーブルからワイングラスを持ち上げた。


「平行?」


「並んで歩くってイメージだよ。お互い何があっても、そこは自己責任の範疇になるだろ?愛情だ絆だって言ったって、社会的にも、何の責任も取れない訳だし」


「責任・・・か」


「うん。結婚って人生が重なる事だから。俺は、幸さんのこれからの生き方を左右するって重みに責任感じたよ。だから、慎重になったし。一生かけてこの人と生きて行こうと思うわけだから、そこは慎重になって当然だよね。浅海さんが結婚の時期に拘ったのもそこだと思うよ。何が桜ちゃんのプラスになって、どの状況が一番ベストなのか、いっつも考えてるからあの人は。ひとまず煩い方の分家達は先に黙らせておこうって考えも納得だし」


「戦ってるの?」


現在進行形で彼が分家間を自分の為に奔走しているなら黙って見ているなんて出来ないと咄嗟に思った。


あたしにどうにか出来る事か?なんて関係ない。


昴が戦ってるのに、黙って見てるなんて絶対出来ない。


どうにかしたいと思う。


「そこは浅海さんを全面的に信用していいよ。俺も黙ってないしね」


にこりと微笑んだ一鷹くんは、いつもの王子様然とした笑顔じゃなくてどこか威厳を湛えていた。


さすが志堂次期当主様。


「何にも云わないから」


言葉でも態度でも絶対に分家内部の事は話さない。


たとえ訊いたって、適当にはぐらかされる。


「そのうち嫌でも関わる連中だ。余計な事まで気ぃ回す必要ねェよ」


とあっさり言われてしまえばそれ以上追求は出来ない。


足手まといに違いないあたしの一存なんて志堂から見れば些細な事だ。


それでも、知りたいと思うようになったのは、あたしの覚悟が出来たから。


「あたしも一緒に頑張れるんだけどな」


「そこはホラ、やっぱり舞台が整わないとね」


「どういう事?」


「桜ちゃんを連れてって大丈夫な状態まで状況を整えるのは、浅海さんの役目でしょう。他所様のお嬢さんを貰い受ける為の通過儀礼だよ。俺もやったし」


「あたし、両親居ないのに」


「両親並みに口煩い人がいたでしょ?」


一鷹君が声を小さくして苦笑いする。


言わずもがな誰か分かる。


愛すべきあたしの従姉様(お姉さま)。


「あたし訊いてないんだけど、その時の様子、ねえ、昴はみゆ姉になんて言ったの?」


物凄く気になる。


けれど、一鷹くんは穏やかに微笑んで口を割りはしなかった。


「分家の方もすぐ落ち着くから大丈夫だよ」


綺麗に話を持って行かれてしまう。


仕方なくあたしはもう一つの質問を口にした。


「あたしも何度か耳にした事はあるのよ?昴が分家のお嬢さん方に大人気だって事」


「浅海さんもてるからね」


「何言ってんの、一鷹くんだって引く手数多だったでしょ」


昴の比では無い人気ぶりだったと知っている。


分家間での婚姻がどれ位、一族の中で重要視されるのか漸く分かってきた今だから言える。


「それでも最後は自分で決めるもんだから」


「その為に昴は頑張ってるの?」


「そうだよ。だから、桜ちゃんは胸張っていいんだ。あの浅海さんが奔走しても欲しがった女の子なんだからね」


前代未聞だよ、と付け加えられて思わず頬が熱くなった。


「早く結婚したいなぁ」


言葉にしたら一鷹君が、浅海さんに言いなよと笑った。



★★★★★★★★★★★★★




バージンロードを、一鷹くんとゆっくりゆっくり歩く。


最後の止めがいるでしょう?と茶目っ気たっぷりにバージンロードのエスコート役を買って出てくれた彼。


最近は両親と一緒に歩く人もいるらしくて、みゆ姉が一緒に歩く!と言って譲らなかったけれど、あっくんから目が離せないので今回は一鷹くん一人での参戦となった。


あたしとしては心強い限りだ。


祭壇の前で立つ昴にあたしの手をそっと預けると、一鷹くんが柔らかく微笑んだ。


「俺の大事な妹です。宜しく頼みます」


「お前に言われんのかよ」


苦笑交じりで昴があたしの指先を握り返す。


「当然ですよ?・・・・ちゃん、幸せにね」


「ありがとう、一鷹くん」


ベール越しにあたしと目を合わせて一鷹くんが、親族席に戻る。


昴や佐代子さん曰く、志堂当主がバージンロードのエスコート役をするなんて前代未聞らしい。


益々この結婚が及ぼす波紋が心配になったけれど、昴はあっさり


「これ位当然だ」


と言ってのけた。


神父様の言葉の後で、昴が向かい合ったあたしのベールをそっと捲る。


マリアベールにするって絶対に決めていた。


繊細なレースが頬に添ってとっても上品で一目で気に入ったから。


上目使いに合わせた視線の先で昴が微笑む。


「やっと家族に出来るな」


「うん」


「ずっと考えてたよ」


静かな昴の言葉にあたしは小さく訊き返す。


「え?」


「お前が失くしたモノをどうやって取り戻してやろうかって」


事故でこの世を去った両親の顔が浮かぶ。


「昴・・・」


「でも、時間は巻き戻せないからな。代わりに、俺に出来る精一杯を考えた。お前が一番居心地良い場所になるように、戦ってきたから・・・安心していいよ」


昴の指があたしの額を撫でる。


いつもより熱く感じる指先と唇の感触。


どこか遠いゴスペルとフラッシュ。


昴が緊張しているのが分かってなんだか嬉しかった。


「あたしも戦う。ちゃんと一緒に頑張るから」


「そう言うと思った。けど、今日くらい守ってやるよって言わせろよ」


「うん・・・・お願いします」


「じゃあ最後な。この手取ったら死ぬまで離してやんねェよ?」


差しだされた手を迷わず握る。


あたしが自分で選んだ答え。


幸せに挑むって決めたんだから。


見えない未来も一緒なら怖くない。


頷いてあたしは誓いの言葉を口にする。


「望む所よ」

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