第115話 キミの場所

「法事?」


両親の次の法要はまだ少し先なので出てきた単語にピンとこない。


そもそも桜の祖父母は父方の祖母が残っているだけだ。


それも、地方の片田舎に暮らしていてほぼ音信不通状態だ。


現在は父の姉夫婦と生活しているらしいが、桜は顔すら知らない。


京極の叔母と名乗る女性が一度だけ会いに来たことはあったが、きっぱりと桜自身が拒絶を示して、その旨を昴と幸にも伝えて以降、一度も姿を見せてはいない。


恐らく、一鷹と昴が、京極の人間が二度と桜に関わることが無いように処理をしたのだろう。


そのあたりの詳細は何も聞かされていないし、桜自身も尋ねるつもりが無かった。


全てはもう終わった事だからだ。


だから、法事と言われても誰の?と疑問符しか浮かばない。


キョトンとした顔でこちらを見てくる桜に向かって昴が手招きした。


「ああ。一鷹と幸さんのばーさまな」


そこで、初めて本家の事だと分かる。


桜にとって未だに志堂は未知の世界だ。


浅海家に嫁いでいない桜は、まだ志堂の親族ではないので。


「あ・・亡くなってたんだ」


呟くと同時に背中に腕が回された。


こういう話題に敏感になってしまうのは仕方ない。


つい二年前までは何とも思わなかった。


けれど、今は真っ先に両親を思う。


そんな桜の思考を先読みした昴は緩く桜の髪を撫でた。


今となっては両親の手よりも先に昴の手を思う。


無意識のうちに。


こういう時の昴は、言葉少なでその分空気が柔らかい。


髪に触れる指がいつもよりずっと甘い。


だから、いつもの強がりが出てこない。


抱き寄せられたまま大人しくしている桜から視線を外して昴が告げた。


「もう随分前の話だよ。んで、今回はお前も連れてくから」


途端、桜が体を離した。


ぶんぶん首を横に振る。


「え!いーよ。丁重にお断りしてよ」


そう来ると思った。


内心独りごちて、昴は距離を詰めるように桜の指先を握り込む。


「出来るもんならそーしてる」


「出来ないの?」


桜の大学卒業までは、志堂との関わりは必要最低限で抑える。


そういう話し合いをしているはずだ。


幸、一鷹、昴の三者間で。


むしろ喜んで自宅待機の指示が出そうなものなのに。


桜からの問いかけに昴は苦虫を噛み潰したように吐き出した。


「十三回忌で、ほら、ちょうど一鷹んとこもオメデタだろ?」





★★★★★★★★★★★★★




「あたしは怒ってるんですからね!」


腰に手を当てて、全身で怒りを表しながら幸は昴に詰め寄った。


「まあ、まあ、幸さん落ち着いて。胎教にも良くないから、ね?」


「イチ君は黙ってて!」


「・・・はい」


間に入ろうとした一鷹を一喝して幸は自分より15センチほど上にある昴を睨みつける。


「こういう事態にならないようにするのがあなたの役目なんじゃないの!?」


「面目ない」


珍しく言い訳一つせず謝った昴に、一瞬たじろいで、けれど幸は必死に踏ん張る。


「こんな・・さぁちゃんが引っ張り出される事態になっちゃって・・」


「でも、これ以外にベストな解決法って無いよ、幸さん」


ここでまた一鷹が口を挟んだ。


さすがに居た堪れなくなったらしい。


「分かってるけどっ」


「あ、居た。みゆ姉ー」


緊迫したシーンに似つかわしくない、明るい呼び声に、幸が出鼻を挫かれた。


振り向いて桜を見とめて、表情を和らげる。


「さぁちゃん」


「もー分家の人たち結構集まってるよ?揃って何やってんのよ」


「怒ってるのよ」


「何を?」


「この事態を、よ」


「なんで?」


「なんでって・・・昴君が回されたお見合い話を上手く捌いていたら、こんな事にはなってないでしょう!」


「それは中々難しいよ。分家筆頭は今のところ独身。婚約発表もされていない。ただの恋人ならいくらでも付け入る隙はある。あわよくば、って狙ってる家だって沢山あるよ」


思い出すように言った一鷹を見て、幸が不安そうに問いかける。


「イチ君もそうだったの?」


「婚約発表するまではね、でも、ずっと余所見なんてしたことないでしょ?」


あっさり言ってのける一鷹。


所詮育ってきた環境が違うので、本家や分家の繋がりなんて幸には分からない。


「イチ君・・・」


夫の愛情百点満点の回答に、うっとりと呟いた幸に向かって桜が明るく言った。


「こういう事情だし、あたしだけ昴の影に隠れて知らぬ存ぜぬで黙ってるわけにいかないでしょ?一応これでも暫定婚約者なんだから。それにまたこんなお見合い話を持ってこさせないようにする為にも、あたしがここに来るのが一番手っ取り早いって」


この場で誰よりも腹が据わっているのは桜のようだった。


幸は頼もしいばかりの従妹を前に、せめてもの八つ当たりで、昴を盛大に睨みつけるしかなかった。



★★★★★★★★★★★★★




法要は無事に終わり、会場を出た親族たちは離れに移動し始めた。


すでに会食の準備は整っている。


談笑しながら歩いて行く年輩の男女から少し離れて身重の幸を気遣いながら、桜はゆっくりと歩く。


「でも、良かったわ」


「え?」


「会食まで出席させられちゃ、あたしの身が持たないもの」


「そうだね」


「付き添いってことでさぁちゃんも連れて帰れるし・・まあ、今回のことは良しとするわ」


「そう?」


桜の問いかけに頷いて、幸がいつもの穏やかな表情で笑う。


機嫌は直ったようだ。


桜の席を自分の隣りに指定出来た事で幸の気は済んだらしい。


最後まで譲らなかった彼女の言い分通り桜は幸と昴に挟まれて座ることになったのだ。


一鷹は笑って”完全ガードだね”と評した。


桜一人ならともかく、本家の若奥様と分家筆頭を前に噂話の軽口を叩く者はいなかった。


まさに狙い通りだ。


どうせ出席するのなら、と昴の父親の意見で志堂、浅海とも懇意にしている分家の重鎮たちとも挨拶をした。


必要最低限の労力で最大限の利益を得る。


昴らしい効率的なやり方で、桜は不愉快な思いをする事もなく無事に役目を終えた。


”余計な事は言わなくていい。とりあえず愛想だけ振り撒いてろ”


昴からの言いつけは守れていたと思う。


抜けられない一鷹から、桜と幸を送る役目を仰せつかった昴は帰り途でガーネットに寄った。


「ご褒美やるよ。何がいい?」


との問いかけに桜が”ケーキ”と言ったからだ。


亮誠の顔馴染みなので、奥の個室に通される。


席に着くと同時にケーキがカートで運ばれてくるのだ。


トイレに向かった幸を置いて先に部屋に向かう。


「ガーネット久しぶりー」


「こないだも買って帰ったろ」


「違うよ。自分であれこれケーキ見て選ぶのが楽しんだってば」


毎回新作ケーキが欠かさず届くけれどずらりと並べられた鮮やかで可愛らしいケーキをじっくり堪能するもの楽しいのだ。


こういう言い分は女子ならではなので、当然昴には理解できないだろう。


ベルベットの上品なソファとテーブルが中央に置かれた個室に入るなり、キャッキャとはしゃいだ桜が、昴の向かいに腰かけた。


「は?」


途端、眉を顰めて昴が言う。


「なに」


「なんでそっちだ?」


「え、いーでしょ、3人だし」


幸を一緒の時は、大抵桜は幸の隣に陣取る。


そこが自分の指定席だと無意識のうちに刷り込まれているからだ。


「あのなぁ」


溜息交じりに昴が手招きした。


桜は腰を上げるどころか、首を振って拒絶する。


「みゆ姉の隣りがいい」


「何だよ、何件も見合い話来てた事黙ってたの、まだ根に持ってんのか」


言っても余計不安にさせるだけなので桜には黙っていたのだろうと想像はつく。


確かに言われても桜にはどうしようもない。


昴にしてみれば、考えるまでもない”お断り案件”でそんな事にかかずらっている暇のだという事も分かっていた。


けれど、”無かった事”にするのなら、口にしなくても同じ事だと判断された事が、やっぱりどこおか納得できない。


「別にー」


ぷいとそっぽ向いたら、伸びてきた手に手首を掴まれた。


今朝から桜は幸にべったりだった。


体調を気遣う意図勿論あるが、わざと昴では無くて幸の側にいたのも事実だ。


不貞腐れた昴が手招きしても、幸も頑として譲ろうとはしなかったのだ。


”昴くんはいつもさぁちゃんといるじゃない”


と言われてまえば、一鷹の手前昴は強くは出られない。


仕事が忙しくてろくに二人で過ごせていないとぼやいた昴に、一鷹が、もう暫くよろしくお願いします、と口添えしてきて、昴はやれやれと肩を竦める羽目になった。


「桜、いーからこっち来い」


有無を言わさぬ口調で呼ばれて、仕方なく桜は席を移す。


素直に隣に腰を下ろす直前に、思っていた事を口にしておく事にした。


「何でも一人で解決しないでよね。あたしのいる意味ってなに?って思っちゃうでしょ!」


「意味?」


「そーよ。お見合い話なんて・・」


とそこまで言いかけて、自分のこの微妙な立場を思い出して口ごもってしまう。


その頭を抱き寄せて昴が小さく笑った。


「笑うとこじゃないから!」


「こんなヤキモチ妬くなら、黙っとくんじゃなかったなぁ」


こうやって怒るのは、つまりはそういう事だろう?と視線で問われて桜は慌てて腕の中ら逃れようとする。


「違うわよ!あたしに失礼でしょうが!」


「あーはいはい。何でもいいから、ここに居ろ」


おざなりに言ってあっという間に引き戻されてしまう。


と、タイミングよくドアが開いて幸が顔を覗かせた。


途端眉を跳ね上げる。


「昴くぅん?」


青筋を立てて呼び掛けれた昴は開き直って答えた。


「ごめん、見逃して」

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