第116話 思ってる?  

あたし⇒大学生


昴⇒社会人(しかも超多忙)


同棲しているとは言ってもすれ違うこと必須の生活。


もちろんちゃんと理解してるし納得してます。


同じ家に帰る=いつも一緒に居られるわけじゃないこと。




★☆★☆



「だいじょうぶ。うん・・・病院はさぁちゃんが一緒に行ってくれるからだーいじょうぶだってば・・・もぅ、イチ君・・・ちょっとはあたしのこと信用して?」


斜め前のソファで笑いながら通話をしているのはみゆ姉。


”超”が付くほど過保護で心配性な旦那様からのいつものお昼休み電話タイムだ。


まあ、みゆ姉が結構見た目と違っておっちょこちょいな人だから心配するのも無理無いとは思うけど。


一鷹くんのマメさには本当に脱帽しちゃう。


みゆ姉が妊娠する前も、暇を見つけては連絡をしてくる人だったけれど・・・


妊娠中期になって、みゆ姉の日常生活が徐々に不便になってからは今まで以上に気にかけてくれているようだ。


もちろん、そうやってちゃんと大事にされている従姉の姿を見ると安心するけど・・・


ついつい思ってしまう。


同じ状況になったら、昴はこんな風にしてくれる?


考えるまでもない。


答えは否だ。



もともとマメじゃない人だもん。


結婚しても、妊娠しても変わらない。


昴はちゃんとあたしを信用してる。


だから、そこまで過保護にはならない。



僅かに零れてきた一鷹君の柔らかい声。


『信用してるよ。けど、それでも心配なんだよ』





「心配されたい・・」


「・・・へ?」


込み合う昼間の産婦人科の待合室にて。妊婦雑誌を手に重たい溜息を吐いたあたし。


母子手帳を見ながら、会計待ちのみゆ姉がその言葉に隣りで目を丸くした。


「・・・だって」


「なーに・・・構って欲しい病?」


クスクス笑いながら、あたしの頭を抱き寄せる。


相変わらず滑らかで優しい手が規則的にあたしの髪を撫でた。


昔から、いつもいつもこうやってあたしを慰めてくれた。


今となっては、母の手よりもずっとあたしの記憶に焼き付いているみゆ姉の手。


お腹に負担をかけないように抱きついたあたしを柔らかく抱きとめてみゆ姉が笑う。


「いっつも心配してるでしょー?」


「うん・・」


ちゃんと分かっているのに、どこか腑に落ちなくて生返事を返したあたし。


そんなあたしの顔をまじまじと見つめてみゆ姉が呟いた。


「あー・・分かった」


「なにが?」


「あたしに心配してほしいんじゃないでしょう」


「・・・・」


「昴君に構って欲しくなったんだ」


「みゆ姉に構って欲しいの」


「あたしは嫌ってほど構ってるじゃない」


「・・・」


「確かに、昴君最近ますます忙しいみたいだんもんね」


「・・そーなの」


「本家の仕事もだけど、社長の仕事も色々手伝わされてるみたいだし」


「一鷹くんが言ってたの?」


「うん。そんなこと言ってたわ。おかげでイチ君は早く帰れるから助かってるけど、昴君に負担が回って申し訳ないって。さぁちゃんにも寂しい思いいっぱいさせちゃってるわね」


「みゆ姉優先なのは当然だから、全然いいんだけど・・」


「でも、お家一人だと心細い時まだあるでしょ?」


「・・忙しいの分かってるし・・・昴があたしのこと信用してくれてるのも知ってるんだけど・・・・これってあたしの我儘だよねー・・」


「さぁちゃんは我儘言う位でちょうどいいのよ」


穏やかに告げて、みゆ姉があたしの背中をポンと叩いた。


”思ったこと言っちゃえばいいの”


みゆ姉はそう言ったけど、そんな簡単に行くわけない。


”自分の感情”をちゃんと伝えることが実はあたしの一番苦手なことだったりする。




★☆★☆



帰ってきた昴を捕まえて(正確には付き纏って)何とかあたしの気持ちを伝えようとすること30分。


荷物を2階に置きに行く昴に付いて階段を上る。


彼が仕事部屋にしている書斎のデスクにカバンを無造作に置いてから上着を脱いで椅子に掛けた。


ネクタイを緩めようとして、あたしの視線に気づいた昴が顔を顰めてこちらを振り返る。


「なんだ?」


ぼんやりその様子を見ていたあたしは、突然話しかけられて間抜けな返事を返した。


「・・・・え?」


”どう伝えよう”ってずっとそればっかり考えてた。


帰宅と同時に無言で付き纏われればそりゃあそういう顔になるだろう。


「何か言いたいことあるんだろ?」


「・・・ない」


「わっかりやすい嘘吐くな」


溜息交じりに呟いて、昴があたしの両手を軽く握った。


視線を合わせて首を傾げる仕草は、こちらが口を開くまでは離さないぞと言外に伝えて来る。


「え・・まだ仕事あるでしょ?」


昴は最近いつも、持ち帰りで仕事をしている。


あたしを自宅で一人にしない為に、彼がそうしてくれている事も知っているので、仕事中の彼の側には近づかないようにしてした。


「あるけど、こっちが先だろ」


伸びてきた指が前髪を避ける。


額に唇が触れて、あたしはようやく無限ループからほんのちょっとだけ抜け出せた気がした。


昴の好きな煙草の香り。


Yシャツ越しに感じる体温が愛しくて、安心する。


閉じた瞼を親指でなぞられて、頬を唇が辿った。


あたしよりずっと高い指先の温度。



この手に触れられると、思考が停止しそうになる。


恋し始めてから、ずっと、今も。


消えない魔法みたいだ。


リビングにあたしを引っ張って来た昴は、ソファにあたしを座らせた。


その隣りにいつものように腰を下ろす。


「んで?」


「・・・・で・・って言われても・・・」


そんな唐突な聞き方ある?


困り果てた顔で呟く。


と、昴はこちらに身を乗り出してなおも言い募った。


「話したいことあるんだろーが」


「そ・・・それは・・」


「話せよ。聞いてやるから」


「だ・・だから・・」


「そこで、止まんなよ。んで、ひとりでいっぱいいっぱいになるんだろ」


その後のあたしの行動まで読まれている。


経験値の違いなのか、過ごしてきた時間故なのか、どっちにしても、ぐうの音も出ない。


「さーくら?」


甘やかすだけの声で呼ばれて、否応なしに胸がときめく。


「・・・っそこで名前呼ばないでっ」


耳元を覆っていた髪をかきあげられて、囁かれる。


崩れ落ちなかっただけエライと思う、あたし。


必死になって耳を押さえたあたしを囲い込むみたいにソファに腕をついた昴。


あたしが言い出すまで逃がさない、そう顔に書いてある。


「さーくら」


しれっと、またあたしの名前を呼んで昴が頬に口づけた。


ドキンと跳ねた心臓の勢いそのままに言った。


「・・・・っ・・・考えてる?」


「・・・なにを?」


「あ・・あたしのことっ」


ぎゅっと目を閉じて言ったら、耳元で昴が笑う気配がした。


「考えてるよ」


優しい声が届いて、あたしは恐る恐る目を開けた。


「い・・・忙しい時でも?」


視線を合わせて昴が困ったように呟く。


「・・・ひっきりになしに、思ってるよ」


「・・・・」


「何か言うことないのかよ」


強くあたしを抱きしめた昴の首に腕をまわしながら


あたしは一言だけ呟いた。


「・・・・・すき」

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