第110話 きみはだれのもの

「んー・・・」


ダイニングの真ん中にドンと構えたソファに腰を下ろして、昴は難しい顔をした。


どうにもしっくりこない。


座り心地、皮の手触り、背もたれの角度、クッションの弾力。


どれも申し分ない筈なのに、何かが違う。


視線の先にあるのは、テレビボードと、液晶テレビ、キャビネットにはDVDと写真。


窓枠を飾るカーテンまで、何一つ変わっていないのに。


「なにー?あんまりよくない感じ?」


業者を玄関まで見送っていた桜が、昴の顔を見て面白そうに眉を上げた。


散々悩んで、検討に検討を重ね選んだソファだ。


京極の家に昔からあった革張りのソファは、古くなりスプリングが軋んでいたので思い切って買い換えたのだ。


大手家具屋を何軒も回って、二人で納得の上選んだ代物の筈なのに。


どうして昴は、腑に落ちない、といった表情なのか。


まさに今届いたばかりのソファに陣取ったままで、昴は桜を見上げた。


「良くないってわけじゃなくてだなー・・・なんつーか・・・」


頬杖をついて、桜の顔を見ていた昴がふと思い出したように桜の手を掴んだ。


「なに?なによ、って・・・きゃ・・・」


勢いよく腕を引かれて、桜の身体が前に傾ぐ。


昴の腕がそれを支えて、上手に着地させた。


二人分の重みでソファが沈む。


昴は満足げに頷いた。


不本意な着地点(昴の膝の上)に降りることになった桜は、眉根を寄せる。


「なに!?急に!重いからヤダって・・・」


隣に座るならまだしも、こうして膝の上に乗せられてしまうとダイレクトに桜の体重がかかるわけで。


決して軽いとは言えない自分の体重を思い出して、桜はあわあわと昴の上から退こうとした。


が、昴の腕が桜の腰を絡め取り、動けなくなる。


してやったりと、したり顔の昴が、桜を見上げる形になった。


「お前の体重何てとうの昔から知って・・・」


「嘘!?いつ見たのよ!?」


体重計はバスルームにしかない。


知っている、と言う事は脱衣所で風呂上りに桜が体重計に乗る瞬間を見ていたと言う事だ。


昴と一緒に入浴する事はあっても、目の前で体重計に乗ったりはしていない筈。


さすがにそこまでおおっぴらには出来ない。


花も恥じらう乙女心というやつだ。


なのに、なのに、なんで知ってんのよ!?


仰天して目を剥いた桜が、血眼になって昴に詰め寄る。


肩を掴んでぶんぶん揺さぶりながら、桜が言った。


「言いなさいよ!いつ!どこで!?」


「何処って・・・」


「い、いくら何でも盗み見なんて最低っ!」


「はあ!?ちょ、待て。お前いま物凄い誤解しただろ」


「誤解って何!?脱衣所で体重測ってるあたしの事見てたんでしょ!?」


「見るか馬鹿!」


すかさず昴が突っ込んだ。


「なんでコソコソ盗み見なんかしなきゃなんねーんだよ」


「だ、だって・・・」


物凄い剣幕で言い返されて、桜がたじろぐ。


「そんなもん、見たけりゃ堂々と見るに決まってるだろ」


「・・・っはあ!?」


しれっととんでもない事を口にした昴に、今度は桜が剣呑な表情になる。


「堂々とって・・・な、何言ってんのよ!!馬鹿!」


「馬鹿じゃねえよ。普通だ、当たり前だ」


桜の追及をさらりとかわして、昴が意味深に笑う。


あ、嫌な笑い方。


本能で察知した桜の不審な顔になった。


桜の顔を見つめたままで、昴の掌が桜の身体のラインをなぞった。


「大体、見なくても分かるけどな。どの辺に肉がついてるか・・・っッテ!」


丸みを帯びた胸に伸びた手をペシリと叩いて、桜が馬鹿、と再び告げる。


「しょうもない事言わないの」


「しょうも無くねぇだろ。重要だ。少なくとも・・・俺にとっては・・・」


腰を撫でた掌が、太ももから膝へと降りる。


躊躇うことなく桜の身体に触れる昴の大きくて暖かい手。


この手に触れられた事の無い場所が、もう無いのだという事実。


ぽろっと浮かんだ言葉に、脳みそが沸騰しそうになる。


べ、別に変な意味じゃないし・・・


妙な方向に曲がりかけた思考回路を元に戻して、桜は昴を睨み付ける。


「で、体重だけど・・・」


「ちょっと!本気で当てようとしないでよ!」


「お前ちょっと太ったもんな」


この冬で、甘いものを食べ過ぎた自覚がある桜は、敏感に反応してしまう。


びくりと震えた肩を優しく撫でて、昴が笑った。


「2キロ?」


「煩い!」


見事に図星を突かれた桜が、頬を赤くして眉を吊り上げる。


「ダイエットするなら、付き合ってやろうか?」


「走り込みでもしろっての?」


やさぐれた気持ちのままで桜が答える。


もうちょっと温かくなれば、運動しようとちゃんと考えているのだ。


冬はこもりがちになるから、仕方ないし・・・


そもそも、なんでそんなトコまで見てんのよ!?


触っただけでわかるとかどういうこと!?


半ばパニック状態で、桜が昴を睨み付ける。


昴はというと、いたって楽しそうな表情だ。


桜の髪を指に巻きつけては解いて、遊びながら告げた。


「もっと手っ取り早い方法があるだろ?」


「え、なに?」


ちょっと興味が湧いた桜の耳元で、昴が小さく囁く。


途端、桜の顔が沸騰した。


「っ!!な、っ、な、に・・・するわけないでしょ!!」


完全に遊ばれたと理解した桜が鬼の形相で言い返す。


昴の口から告げられたとんでもない提案は、即刻却下だ、ありえない。


「無駄に走るより、よっぽど効果あると思うけどな」


一番気になっているウエストのくびれに手を添えて、昴が残念、と笑う。


「本気でもないくせに!!」


「そうでもないぞ」


すかさず昴が切り返す。


「俺はいつでも大歓迎。お前から誘われるのもアリだしな」


「馬鹿っ!!」


もう何を言っていいのか分からなくなった桜が、昴の肩に顔を埋める。


紅い顔をさらにからかわれては適わない。


もう膝の上に座らされた事はどうでも良くなってしまった。


完全にパニック状態の桜の髪にキスをして、昴が穏やかに笑う。


桜を抱き込んで、昴がこれだよな、と呟いた。


「・・・何がよ・・・」


「座り心地も申し分ないソファだけど、何か足りんと思ったんだよ。


お前だ、足りなかった」


「・・・物みたいに言わないで・・・」


言葉とは裏腹に桜の頬を滑る指は、どうしようもない位優しい。


熱を呼び起こすように優しく優しく触れる指先。


「何をいまさら・・・」


呆れた様に昴が囁いて、桜の耳たぶを甘噛みする。


「っ・・・ん」


小さく震えた桜の首筋に顔を埋めた昴が、とびきり甘い声で囁く。


「お前は俺のもんだろ」


「・・・」


悔しいから黙り込んだ桜の火照る頬を包むようにして、昴が目を眇めた。


「ずっと前から、そう決まってる」


「そんなの・・・知らな・・・」


唇を尖らせた桜のそれにキスをして、昴が笑う。


魅惑的に、誘うように。


「なら、分かるまで教えてやるよ」


どうしようもなく強気な視線と共に、これまでとは比べ物にならない位熱っぽいキスが桜の唇に降って来た。

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