第104話 オトナと着物とお姫様

試着室に案内されるあたしの背中にみゆ姉が声をかけた。


「さぁちゃん。コレも着てみて」


「はーい」


返事をしたすぐ横から、スタッフの人がみゆ姉の選んだ振袖を受け取ってくれる。


あたしはひたすら歩くのみ。


鏡越しに見たみゆ姉はすでに次の振袖を探していて、ふと足元に並べられた色とりどりの帯に視線を止める。


「この柄なら帯はやっぱり黒がいいですか?・・あ、でもこの金色も素敵」


「金でも合いますよ。華やかな感じになりますね。シックなほうがお好みなら、こちらの黒になりますねー・・・」


「この桜の柄がパッと映える帯がいいんですけど」


「それでしたら、黒の帯に金糸の飾り帯なんていかがでしょう?」


「見せてもらっていいですか?」


「すぐにご用意しますね」



誰の成人式かわかったもんじゃない。


あたしより、ずーっとみゆ姉のほうが乗り気なのだ。


そりゃー・・きれいな着物は嬉しいけど・・このはしゃぎっぷりはスゴイ。



「成人式の振袖は、あたしと選びに行こうね」


振袖をどうしようか迷っていたときにみゆ姉がそう言ってくれたのだ。


両親を亡くしてから、あたしをずっと支えてくれた親代わりの人。


もちろん、浅海の家に不満なんてない。


これ以上ないくらいに良くしてもらっている。


でも・・・





新聞の折り込みチラシを見ながら、遠い未来のことでも話すみたいに両親が話していたことを思い出す。


「桜が成人式する頃には、どんな柄が流行るのかしらねー」


「やっぱり、桜模様の振袖を着せたいなぁ。きっと、良く似合うと思うよ」


「後5年もしたら、成人式だからねー。そんな先の話じゃないわよーだ」


いつまでもあたしを小さい子供みたいに思ってるふたりの話がなんだか可笑しくて言い返すとふたりは顔を見合わせてから笑った。


「そんなに急いで大きくならないでいいよ。いつまでも、桜はこの家にいたらいいんだから」


「それって自立するなってことー?」


「そうじゃないけど・・・お前はほら、1人娘だし。できるだけ長くこの家にいて欲しいなぁ」


「やだ!お嫁に行けなくなっちゃうじゃない!」


「そーねー。昔はパパと結婚するーって騒いでたもんねェ」


「可愛いかったなぁ」


しみじみ頷く父の顔を今もはっきり思い出せる。


「今も、カワイイでしょ」


「もちろんよ。うちの子は最高にカワイイわ。だって母さんが生んだんだもん」


「すっごい自信」


そう言って、みんなで笑った。


「成人式の振袖、一緒に見に行ってね?」


「いいよ。父さんと母さんで一番可愛いの選ぼうなぁ」


「桜模様のとびきりのやつをね」





「・・・・か?」


着付け担当のスタッフの声で我に返る。


「っえ?すいませんっ」


「苦しくないですか?」


「・・・あ・・・ハイ・・・大丈夫です」


のろのろと視線を上げると、鏡に映ったのは柔らかいピンクの振袖を着たあたし。


白と赤の梅と桜が可愛らしいデザイン。


「帯は紫で締めましょうね」


手際良くあたしの体に帯を巻きつけていく。


・・・桜の・・・模様・・・


なにも言わなくても、みゆ姉が何点かチョイスした着物はどれもみんな“桜模様”だった。


あたしに一番似合うって言ってくれた・・・可愛いの探しに行こうって言ってくれた・・・


「さぁ。いかがでしょうか?お姉さま」


ゆっくりとカーテンが開かれる。


白い蛍光灯がやけに眩しく見えて目を細めた。


待っていたみゆ姉が、あたしを見て微笑む。


「素敵・・・迷っちゃうわねーピンクもとっても可愛いわ」


その満足げな笑顔を見てあたしも頬が緩む。


心の底から、あたしの幸せを願ってくれてることがその表情から簡単に見て取れる。


みゆ姉は結婚してからますます綺麗になった。


なんていうか・・・洗練された大人の女性になった。


仕事と家事の両立で、くたびれたところなんて一度も見たことない。


いつだってキラキラしている。


志堂本家で生きていくことをバネに出来る人なんてそうそういないと思うのに・・


彼女は、まるで臆することなく生き生きと本家という海を泳いでいる。


いつだったか昴が言っていた。


”古巣に帰ったからだろ”


みゆ姉にとって、志堂本家は全く無縁の場所ではないのだ。


みゆ姉のお母さんが、生まれ育った場所。


生活したことはなくても、その血が本家での生き方を知っているのだ。


分家筆頭ってだけでびくびくしちゃうあたしとは違う。


ちっぽけなあたしが昴のこと支えていけるかすぐに不安になってしまう。


そのたびに昴は”幸さんだって、見せてない部分ではすごく不安だし、慣れなくて戸惑ってる。お前の前で”お姉ちゃん面”してるだけだ”


っていうけど。


みゆ姉が、本家でびくびくしてたら、余計あたしが不安になるからって・・一鷹くんが悔しそうに言ってたなぁ・・・・


”幸さんには負けるよ。もっと愚痴こぼしてくれればいいのに。さぁちゃんの為だから大丈夫って。俺の入り込む余地なんてまるでなし”


肩を竦めた彼に、昴が可笑しそうに”なら、俺が構ってやろうか?”って問いかけて真顔で一鷹くんが“ご免被ります”って答えた。


あたしにとって、たぶん最強の女性は生涯みゆ姉だと思う。


こんな風にありたいと常に追いかける相手だと思う。


憧れ・・・


携帯をかざしてみゆ姉があたしの着物姿をカメラに納める。


「じゃあ、次はさっきの紅色着てみて?色はそっちのほうが良い気がするのよね・・・さぁちゃんのイメージはピンクよりこの色だと思う」


「帯はどういたしましょうか?」


「さっき見せて頂いた、黒に金糸の飾り帯でお願いします」


「かしこまりました」


「・・・ファッションショーだね」


あたしの感想にみゆ姉が笑う。


「モデルさんは大変?」


「楽しいよ。江戸時代のお姫様になった気分」


「なら良かった。慌てずに、色々着てみて、一番さぁちゃんに似合うのを選ぼうね。時間たっぷりかけて。それで、振袖着てみんなで写真撮りましょ」


「成人式の記念に?」


「そうよー。イチ君も、昴君も呼んで、4人でね」


「家族写真ですか?」


スタッフの人の問いかけに、みゆ姉が笑顔のままで頷く。


「ええ」


「いい記念になりますねー」


”家族”


たった二文字の単語に泣きそうになる。


一緒に家に住んでるから”家族”なんじゃない。


離れてても、つながってる気持ちが”家族”なの。




★★★★★★★★★★★★★




何度目かのお色直しを終えてカーテンの向こうに消えた桜を見送ってから幸は携帯のメール画面を起動させた。


これまで着た振袖総勢8着。


それらすべてをここに収めてある。


手早く添付メールを作成して、送信する。


題名はナシ。


本文はたった1行。


”あたしの可愛いお姫様。どれがいい?”


送信先には2つの名前が並んでいる。


言わずもがな彼女の”家族”だ。


送信を終えた携帯を閉じてカバンに戻してから


ずらりと並べられた振袖に視線を移す。


見せてあげたかったなぁ・・・・


本来なら、ここにいるはずだった叔父と叔母を思う。


きっと大はしゃぎで振袖を選んだだろう。


ふたりしてさぁちゃんの取り合いだっただろうな・・・


あの家はさぁちゃんを中心に回っていたから。





帯はこの色、簪はこの形、カバンはコレ!


こっちの帯も可愛いんじゃないか?


カバンはもうちょっと小さいほうが・・・歩くときに邪魔だろう。


結局ふたりで決められずに、すっかり着物選びに飽きてしまっておもちゃで遊び始めたさぁちゃんを一斉に振り返る。


桜ぁ、どっちがいい?




七五三の準備での賑やかな光景を思い出す。


思わず緩んだ涙腺から、涙が零れそうになって慌てて顔を上げる。


幸は胸を押さえて深呼吸した。


こんなに立派に成長したよって・・・見せてあげなきゃね・・・


誰より、娘の成長を楽しみにしていた、あのふたりに。




カバンの中で携帯が震えた。


二つ折りのそれを開く。


着信メール1件。


開こうとしたら、すぐに再びメール着信中になる。


一緒に返信を打ったに違いない。


先に届いた一鷹からのメールを開く。


”付き添いお疲れ様。どれも可愛いね。浅海さんが隣でブツブツ言ってたよ。ちなみに、返事は保留でいい?”


忙しいってこと?


それとも、ちょっと考えたいってこと?


返信を打たずに2つ目のメールを開く。


送信元は昴だ。


”まず、訂正させて。幸さんのじゃないから。申し訳ないけど、俺のです。1も2もなく振袖は幸さんと見に行くって言われたから黙ってたけど、やっぱりそっち行くから。決定するのは俺らついてからにして。よろしく”


「・・・そーゆーこと・・・」


ぱくんと携帯を折りたたんでカバンにしまう。


志堂御用達の呉服屋さんで振袖用意するって話は前からお義母さんたちにも話していたから場所は分かるだろうけど・・・


「一番可愛がってるのはあたしなのに」


不貞腐れて呟いたら、カーテンの向こうから桜の声がした。


「みゆ姉ー、背中のチャック上がんないよーお願いー」


「はいはい。ちょっと待って」


カバンを椅子に置いて立ち上がる。


あの二人が揃うとなれば七五三の光景が復活すること間違いなし。


でも、最終決定権はいつだって女性にあるものですからね。



懐かしい七五三の桜の着物姿を思い出して幸は無意識のうちに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る