第84話 きみの季節 

前日比プラス5度。


部屋が暖まるまでは布団から出られなかった先週までが嘘のようだ。


一気に春らしくなってきた三月。


気温が上がると春服が欲しくなる。


早めの衣替えをして、今年追加したい洋服のリストをつくる桜は、ファッション誌のチェックに忙しい。


今日は絢花と冴梨を引っ張り込んでの作戦会議だ。


「去年の上着はー・・・あれは使えるかなぁ」


「あれってどれ?」


「ほら、白のロングカーデ」


「ああ、あれは今年もいけるでしょう!あたし好きよ、桜があれにデニム合わせるよ」


「うんうん、スラッと見えるものね」


「ほんと?嬉しい。じゃあ上着はいらないかー」


「ねえ、コレ見て、可愛くない?」


小花柄のワンピースを指差して冴梨が絢花に似合いそう、と告げる。


「ほんとだ、これはいかにも絢花っぽい!」


「うん、あたしも好きかも」


女の子らしいガーリーなスタイルを好む絢花は、ワンピースやフレアスカートが多い。


「色合いも優しくて、絢花に似合うよ」


「じゃあ、こっちのキュロットスカートは冴梨ね」


「さすがだね、桜。あたしの好み分かってる~」


「これだけ色々見ると、すぐにでも買い物行きたくなっちゃうねー」


絢花がページを捲りながら楽しそうに呟く。


即座に冴梨が頷いて答えた。


「ほんと!お店回って春服買い漁りたい~」


その声に絢花が目を輝かせる。


「明日の授業の後で行く?」


「行っちゃう?」


桜がにやっと笑う。


「そうしようよ!三人で買い物しよう!」


二人の言葉に冴梨も頷いた。


「さーってそうと決まれば早速欲しい服見つけなきゃ!」


「駅前のビルから見て回る?」


「この間見つけた裏通りのお店も行きたい!」


「いいよー。疲れたらお茶して、また買い物しよう」


楽しそうに絢花がスケジュール帳に”買い物”と書き込んだ。


と、リビングのドアの開く音がした。


「えらく盛り上がってるなー」


入って来たのは昴だ。


話し込んでいた三人は車が駐車場に入った音にも気づかなかった。


そして、時間を見て驚く。


「もう21時!?うっそ!あ、お邪魔してます、浅海さん。おかえりなさい」


冴梨の言葉に昴が頷いた。


「ありがとう。ところで、冴梨ちゃん、亮誠が心配してるんじゃないのか?」


「え、あ、そうですよね!連絡します!」


「迎えは呼ばなくていいよ、俺が送って行くから。もちろん、絢花ちゃんもな」


「いつもすみません、浅海さん」


丁寧に頭を下げた絢花に気にするなと手を振って見せると、昴は手にしていたカバンを置いた。


最後に桜に視線を向けると、目元を柔らかくする。


「楽しそうだったなぁ」


「おかえりなさい。明日買い物行く事にした」


頷いた桜の髪を優しく撫でて、昴が迎えは?と尋ねる。


「来てくれたら嬉しいけど、時間読めないからまた連絡するね」


「ああ、そうしろ。どーせ山盛りの荷物持って帰るんだろ?」


「いーでしょー」


「いいよ、お前の機嫌がいいなら何でも」


「あ、うん」


突っ込まれるかと思いきや、あっさり頷かれて、肩透かしを食らった桜が驚いたように目を丸くした。


「なんだよ」


「また買い物かーとか言われるかと思った」


「女の子同士で楽しく出かけてくれるなら大賛成だ」


桜の買い物に付き合わされて、さんざん歩き回った挙句、両手に余るほどの荷物を抱えて帰る羽目になった過去を振り返って昴が苦笑する。


買い物は女同士で楽しむのが一番だ。


一鷹は幸の買い物について行きたがるが、昴には到底理解できない。


愛妻家もあそこまでいけばもはや病気だ。


出かけたついでの買い物なら付き合うが、それ以外は御免蒙る。


「ヘトヘトになるから?」


「入りにくいんだよ、女性ものの店は」


「それは昴には期待してないから平気よ」


「っそーかよ」


「選ぶ服見せるたび、丈が短い、胸元が開きすぎって言われるんだもん。好きな服着れなくなっちゃう」


唇を尖らせた桜の頬を引っ張って昴が顔を顰める。


「そんなもん世の中の男は皆同じ事言うぞ。買って来ても、着せないからな」


きっぱりと言われて桜が溜息を吐く。


「春だもん、肌身見せしたいし」


「バカ、何言ってる。余計なところで見せるなよ」


即座に言われて桜が笑う。


「ほら、そう言うと思った」


「当たり前だ」


「・・・何よーケチ。可愛いピンクのミニスカート履きたかったのに・・・春だし」


「春か・・・お前の季節だな」


小さく呟いて、少し迷った後で昴が桜の額をピンと弾いた。


「桜色のなら、許す」


「ほんとに?」


「ああ、けど、大学には着て行くなよ?デート用だデート用」


きっちりとそこは押さえてから昴が頷いた。

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