第102話 ペアリング 

街中を昴とぶらぶら歩くのは珍しい。


「適当にウロウロって出来ないみたい」


「それ分かるよ~カズくんも嫌がる」


「亮誠も苦手かも」


親友二人の意見を聞いて桜は納得したように頷いた。


昴だけかと思ったけれどそういうわけではないらしい。


「目的ないのが嫌なんだってさ」


○○が欲しいから探しに行こう。


というように明確な答えを欲しがるのだ。


昴と亮誠だけならまだしも、彼女大好きフェミニストの一臣ですらそうだというから仕方ない。


そして昴は人ごみが嫌いだ。


なので、極力電車にも乗りたくないらしい。


仕事柄、会議や打ち合わせ、パーティーなどで多種多様な人物と会う事が多いので、休みの時位人が少ない所でのんびりしたいというのが昴の主張だ。


それでも、桜の機嫌を取るために時々はデパートやショッピングモールに付き合ってくれる。


が、学生のようなデートはしたことがなかった。



★★★★★★★★★★★★★




「駅前で待ち合わせしてファーストフード食べて路面店覗いて~ってそんな完璧なデートしたいわけじゃないんだってば」


「じゃあどーしたいんだ?」


帰って来た昴を捕まえて上着を脱ぐ暇も鞄を置く暇も与えずに桜は要求を提示した。


すなわち


「適当にウロウロするデートしたい」


当然昴は顔をしかめた。


適当の意味が分からない。


怪訝な顔で問い返した昴に桜は満面の笑みで言った。


「車は置いて行こう」


「は?」


「どーしてもって言うなら、駐車場に置いていこう。二人で色んな話しながら、ぶらぶらするの」


そんな高校生みたいな・・・と言いかけて昴は黙り込んだ。


桜は一昨年まで高校生だった。


その頃から一緒にいて、一度だって"学生らしいデート"をした事はなかった。


彼女の家の最寄り駅で待ち合わせして、人気の映画を見て、手近なファーストフードで感想を何時間も話し合った。


昴にとっては10年近く前の事。


けれど、桜にとってはほんの数年前だ。


図らずも、出会いから今まで何もかもを志堂と浅海の都合で振り回してきた。


二人が出会うきっかけになった桜の事故。


両親を一度に亡くした桜を引き取ると言った幸と彼女を支えると決めた一鷹。


そんな彼の腹心だった昴は、志堂次期当主が後見すると決めた女子高生の保護役という立場で桜と出会った。


志堂から命じられた任務。


桜は純粋な保護対象であり、自分が仕える一鷹が志堂として守ると決めた相手。


浅海と志堂を省いてはどうやっても始まらない二人。


告白→交際→婚約→結婚


普通の順序で進めばこうなるであろう経過をすっ飛ばして告白と同時に内々の婚約をする羽目になり、分家筆頭の婚約者(公表はしていないが)として色々と面倒な場所にも顔を出さなくてはならない。


普通のサラリーマンとは異なるスケジュールで動く昴のせいで、最近はデートもままならない。


考えれば考える程桜に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。


昴は桜を手招きすると、出来るだけ優しく彼女を抱き寄せて言った。


「わかった。土曜日意地でも休みにするから。二人で出かけような」


しわ寄せが来るのは承知の上。それでも、桜のこんな些細な願い位いつでも叶えてやれる自分でありたかった。



★★★★★★★★★★★★★



目覚ましの鳴る前に起きて、張り切って朝食を作る。


洋服選びにも余念がない。


今日は歩くから!と珍しくぺたんこのバレエシューズを玄関に並べる。


桜は終始笑顔だ。


休日で混み合う電車に乗り込んで、人気ランチの店で並んでも。


こんなに上機嫌になるなら面倒なデートもたまには悪くない。


繋いだ指先を撫でながら昴は思う。


大抵食事する場所は事前に決めて予約を取る。


買い物は馴染みの店をハシゴして済ませてしまう。


"待つ"事がいつからか嫌いになっていた。


大人になって仕事をこなすうちに要領よくなったつもりだったけれど。


こういう"待つ"ならアリかもしれない。


ティータイムの目的地を探して街中を歩きながら、同じようにすれ違う何組ものカップルを見た。


桜はいつも一人で見ていたのだろうか?


路面店を眺める楽しそうな横顔を見つめる。


「なに?」


「いや・・・楽しそうだな」


「うん!すごく」


満面の笑みが返って来る。


その笑顔を素直に嬉しいと思うと同時に、湧き上がって来るのは罪悪感だ。


「いつも一人で寂しいか?」


「そりゃあ、寂しくない事はないし、他のカップルが羨ましい時もあるけど・・・昴が忙しいのは昴のせいじゃないしね」


「聞き分けいいなぁ」


いつもながら良すぎて困る。


もう少し我が儘でも構わないのに。


「欲しいもんないのか?服とか靴とか・・」


問いかけたら、桜がこちらを窺うように視線を向けてきた。


「一個ある」


「言ってみろよ」


「子供っぽいって笑わない?ダメって言わない?」


念を押すように言われて昴が鷹揚に頷く。


「言わねぇよ」


意を決した桜が立ち止まった。


ショーウィンドウを指差す。


その先にあったのは若い世代に人気のジュエリーブランドのペアリング。


桜の意図を読み取った昴が、結婚指輪以外着ける気無かったんだけどなと呟いてから、続けた。


「いいよ」

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