第80話 バレンタインその後

テーブルに並べられた箱。


一口サイズのチョコレートがずらりと並ぶ。


桜の要望通り、何処にも行かない休日ということで少し早いバレンタイン週末となった。


濃いめのブラックコーヒーと桜はミルクたっぷりのカフェオレを手にそれぞれ思い思いのチョコを口に運ぶ。


「それ、中身なに?」


「コーヒー味、そっちは?」


「ココナッツ入ってた」


「さっきのホワイトチョコのやつも美味かった」


「あたしの苺のも美味しかったよ」


「つーか、桜」


「はい?」


美味しそうにチョコを頬張る桜が隣りの昴に向かって視線を送る。


「これ、バレンタインだよな?」


念のためという風体で昴が問うた。


バレンタインというのは、たしか女性が男性にチョコレートを贈るというイベントのはずだ。


が、さっきから桜は目の前のチョコレートをまるで自分のもののように頬張っている。


昴はもともと甘党ではない。


ので、チョコレートはいくら食べてくれてもかまわない。


が、ついつい今日が何の日か忘れそうになる。


けれど桜はケロリと答えた。


「そうそう」


「これ、自分が食いたいチョコ選んだだろ?」


「だって、昴チョコあんまり食べないでしょ?」


「そーだけど」


「一緒に食べれたらそれでいいの」


ハイ、と言って桜が選んだチョコを昴の口元に運ぶ。


「え・・」


「いいから。たまにはいーじゃん。あたしもこやって食べさせたいもん」


「・・」


「早くあーんてして」


チラッと手元の抹茶チョコに視線を送ってから大人しく口を開く。


まあバレンタインだし、ということで柄に合わないとかその他諸々の感想は頭の片隅に追いやった。


何より桜が期待度大の目でこちらを見てくるのだ。


「ん」


舌の上に上品な苦みが広がった。


「美味しい?」


あっさりしていて、かつ程良い苦みと甘み。


抹茶パウダーの奥に隠れていた


ミルクチョコレートが口いっぱいに広がる。


「美味いな」


「でしょ!!これすっごい人気なんだってー。お店で、一個一個チョコを選んで詰めて貰ったんだ」


「へー・・話題のショコラティエ?」


「うん、テレビにも出てたイケメンショコラティエのお店ー」


そう言って笑った桜の右手を掴む。


瞬きした桜と視線を合わせたままで桜の指先に付いた抹茶パウダーをペロリと舐めた。


人差し指に走った電流。


あっという間に心臓まで届いて一気に頬が熱くなる。


「やっ!」


慌てて腕を引こうとした桜の反対の腕も引っ張る。


傾いた体に腕を回して抱き寄せた。


「そ・・・そんな美味しかったの?」


驚いた口調で桜が言ったが無視。


そのまま耳たぶを甘噛みしたら途端、桜が小さく息を飲んだ。


口の中のチョコレートはすっかり溶けてしまった。


もっと欲しくなるが、伸ばした手は桜の方に向かう。


腰に回された腕に、桜が困惑気味で言う。


「まだいっぱいあるから・・もっと食べよう!ね!ビターチョコとオレンジリキュールの風味のも買ってきたの。昴、きっと好きだと思う・・・」


「もう十分」


さらりと言って桜の首筋に唇を寄せる。


触れる吐息が産毛をさらって桜が困ったように身を捩った。


急に甘くなった雰囲気。


昴としてはこのまま流されるのも悪くないという体だ。


「あたしっまだ食べたいよ!」


「誰のチョコだっけ?」


「・・い・・一緒に食べようって言ったでしょ」


「じゃあ、食ってやる」


「ほんと?」


ホッとした桜の唇にキスをしてから笑う。


そして桜の目を覗き込む。


明らかに愉しんでいる表情。


桜の微妙な視線や表情の変化を見落とすものかと見開かれた目。


「両手塞がってるから、さっきみたいにして」


「!」


たまには自分も・・なんて思ったのが間違いだった。


すっかり逆襲されてしまっている。


あわあわする桜の前髪を撫でて昴が視線で促す。


「別のも欲しいな」


「ど・・どれ!!」


「コレ」


言うなり桜の唇にキスが落ちてきた。


溶けてしまうような甘い甘いキス。


髪を撫でる手は相変わらず優しいのに触れた唇だけは異様に熱い。


溺れそうで怖い。


咄嗟に昴の背中に腕を回す。


そうなることは予想していたらしい。


昴が桜の背中をしっかり抱きしめた。


何とか唇を離した桜が言い返す。


「チョコどころじゃなくなるから!」


けれど、昴は桜の反撃をしたり顔で聞き流した。


そして最後に爆弾投下。


”他に甘い物なんて何も欲しくない”



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