第74話 来年も  

「さーくーらー」


屋根裏部屋の階段から2階の廊下に向かっ呼び掛ける。


ついさっきまで、廊下で片付けをしていたはずの彼女の姿がいつのまにか消えていた。


まーたなんか懐かしいもの発見したか?


クリスマスが終わった翌日。


ツリーやらイルミネーションのライトやらを片づける為に屋根裏に登ることにした。


ちなみに、京極の家の屋根裏に上がるのはこれが初めてだ。


俺たちが一緒に暮らすにあたって1、2階はある程度家具の整理や処分を行った。


が、なにぶん急に計画した”同棲”だったので屋根裏まで手が行き届かなかったのだ。


(もちろん、桜の両親が亡くなってからまだ1年しか経っていなかったので、抵抗を感じていたところもある)


毎年クリスマス時期には屋根裏から下ろしていたというツリーを引っ張り出してきたのは桜だ。


家族との思い出が詰まっている品を自分の手で取り出せるくらいに回復したことに心底ほっとして、同時に少し不安でもあった。



楽しいイベントの後は、ただでさえ寂しくなるものなのに。京極の家で過ごした思い出が蘇ってその、反動で落ち込んだり、泣いたりするんではないかと思ったのだ。


が、驚くほど桜は落ち着いていた。


俺の心配は杞憂だったようだ。


アルバムや、写真を見つけては楽しそうに眺める桜は、大切な思い出を確かめているようで時折はしゃいだ笑い声が聴こえてくる。


ま・・・心配くらい、いくらでもしてやるけど・・・




★★★★★★★★★★★★★




「今度はなに見つけたんだ?」


2階の和室でアルバムを広げる桜を見つけた。


ここは、両親の遺品がしまわれている部屋でもある。


「お母さんの小さいころの写真ー、モノクロよ、モノクロ」


彼女が指差すモノクロの写真を覗き込む。


庭先でワンピースを着た少女が佇んでいる。


あどけない微笑み。


目元の感じや全体の雰囲気が・・・


「へー・・・・お前、やっぱり母親似だよなぁ」


「そう?」


「うん。なんとなく、印象がかぶる」


俺の言葉に嬉しそうに頷いた桜の髪をくしゃりと撫でた。


「それはそうと、ツリーの箱どこに置いとけばいいんだ?」


「季節ものの棚。えっとねー雛人形のー・・・・って分かんないよね。あたしも一緒に屋根裏上がるわ」


「そうしてくれ」


立ち上がった桜を連れて、元来た道を戻る。


屋根裏に続く階段は、梯子型の折りたたみ式になっている。


必要な時は電動の階段を下ろさなくてはならないのだ。


急な段を上り切ると、4畳ほどの屋根裏が広がっている。


衣装ケースや段ボール、ベニヤ板で作られたいかにも手作りな棚。


それらをずらっと眺めて桜が小さく息を吐いた。


「その角っこの、棚ね。これが、季節ものの棚なの。春は雛人形、夏は風鈴とすだれ、秋はハロウィンの人形、冬はツリー・・・」


「じゃあ、ここでいいんだな?」


持ち上げた段ボールを、指示された棚に収める。


確かに、棚には季節ごとに“春””夏”というテープが張られていた。


その隣りに、昔のアニメのキャラクターのシールが張ってることに気づいた。


「あ・・・・懐かしい・・・残ってたんだ・・」


「やっぱりお前が貼ったんだな」


「うん。お菓子のおまけでねー・・お母さんの目を盗んで貼って・・・見つかって叱られて剥したはずだったのに。忘れちゃってたのかなぁ・・・見て・・・変な角度になってるし」


動物の顔のシールが右上がりの斜めに貼ってある。


なんども指でこすったような後も見つけた。


小さい桜が、必死になって貼りつけた様子が目に浮かぶ。


「・・・・・」


惹かれるようにシールに指を這わせた桜が目を細めてから、一瞬だけ泣きそうな顔をした。


それから、口元に笑みを浮かべる。


「ほんと・・・懐かしい」


”懐かしい”の裏にある”寂しい”。


桜が見せないように必死に虚勢を張る心の奥の小さな歪み。


そういう僅かな変化にも気づくようになった。


呟いた桜の肩を抱き寄せる。


髪を撫でたら、桜が目を伏せてふっと肩の力を抜いた。


「・・・だいじょうぶ」


自分に言い聞かせる言葉だ。


閉じた唇に指で触れる。


顔を上げた桜の視線を捕えた。


「言わなくていい」


短く呟いて長い髪に頬を寄せる。


一瞬ぎゅっと肩に額を押しあてた桜の背中を撫でる。


「年明けたら、どこ初詣行きたい?」


「・・・去年行った神社」


「よし」


「・・・神社以外も行きたいとこいっぱいあるの」


「いいよ。どこでも連れてってやる。来年も再来年も、ずっとな」



年は明けはもうしばらく先なのだが、ちょっと早い決意表明ということで。

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